三連休の最終日、次男と「神代植物公園グリーンギャラリー」へ。野川支流の小川にフタをした曲がりくねる小径を抜けてカニ山キャンプ場下の野草園へ。カタクリはまだ養生中。中央高速をくぐって雪の残る深大寺自然広場を抜けたら国分寺崖線の上の大地へひと登り。深大寺を横目に見て、神代植物園の梅林の北の道を進みます。竹やぶ越しに見る梅園は、まだ咲き始め。幼子がたくさん遊ぶ自由広場を横目に見て、先週はひと気の無かった「神代植物公園グリーンギャラリー」へ。三連休のせいか、地味な公園なのに珍しくかなりの人出でした。
マンサク、ロウバイ、カンツバキが咲いていました。信濃の国の元は、科野の国ですが、その語源になったのではないかといわれるシナノキがありました。江戸時代の国学者・賀茂真淵(かものまぶち)は『冠辞考』で「名義は山国にて級坂(しなさか)のある故の名なり」と書いています。確かに北信には、更級・埴科を初め、倉科・保科・仁科・蓼科など科のつく地名が多いのです。古語において科や級とは、段差のことであり、信州の古代人々が住んだ扇状地や河岸段丘は、坂や段差が多いところです。
また、賀茂真淵は「一説には志那と云木あり、・・・ここ科野という国の名も、この木より出たるなり。」とも書いています。谷川士清(たにがわことすが)の『日本書紀通證』には「科の木この国に出ず」とあります。シナとは、アイヌ語で結ぶとか縛るの意味です。柔らかく撓(しな)ればこそ結べます。シナノ木は、丈夫でよく撓ります。信濃に多く、古来樹皮を加工してロープや古代織物の科布として使われました。それが、このシナノキなのです。
信州には、「ずく」という言葉があります。「ずくなし」とか、「ずくを出せ」とか、「ずくを止む」とか、「小ずくがあるな」とかいいます。標準語で適当に言い換えられる言葉がないのですが、面倒くさがらずにやるとか、気力を出してやるとかいう意味です。この「ずく」の語源ですが、銑(ずく)のことではないかと思うのです。信濃の枕詞は、「みすず刈る」ですが、すずとは葦や茅の根元に付着している褐鉄鉱のことだといいます。みは葦や茅の生える水の意か。または、御すずか。すずは鈴であり、水中に含有される鉄分が沈澱し、鉄バクテリア(沼などに石油を流したように漂うもの)が自己増殖して細胞分裂を行い、固い外殻を作ったもので、振るとカラカラ音がするものがあるそうです。鍛鉄は、薄くするとよく撓る。とすればシナノとは、鉄出(いずる)野という意味でしょうか。
古代の製鉄、たたらは、渡来人のもたらしたものといわれていますが、相当に高度で手間のかかる面倒くさい作業だったといいます。そこから大変な想いをして「ずくをだす」という言葉が生まれたのではないかと思うのです。信州には、「うんこをまる」とか、古事記に記載されるような古い表現が残っています。一考の価値はあるのではないでしょうか。
冬芽を撮影していると、近くの地面に黄金色に光る物がありました。福寿草です。残雪の間から芽吹き、パラボラアンテナのように花を広げ陽光をいっぱいに浴びていました。人も植物もみな春が待ち遠しい今日この頃です。
マンサク、ロウバイ、カンツバキが咲いていました。信濃の国の元は、科野の国ですが、その語源になったのではないかといわれるシナノキがありました。江戸時代の国学者・賀茂真淵(かものまぶち)は『冠辞考』で「名義は山国にて級坂(しなさか)のある故の名なり」と書いています。確かに北信には、更級・埴科を初め、倉科・保科・仁科・蓼科など科のつく地名が多いのです。古語において科や級とは、段差のことであり、信州の古代人々が住んだ扇状地や河岸段丘は、坂や段差が多いところです。
また、賀茂真淵は「一説には志那と云木あり、・・・ここ科野という国の名も、この木より出たるなり。」とも書いています。谷川士清(たにがわことすが)の『日本書紀通證』には「科の木この国に出ず」とあります。シナとは、アイヌ語で結ぶとか縛るの意味です。柔らかく撓(しな)ればこそ結べます。シナノ木は、丈夫でよく撓ります。信濃に多く、古来樹皮を加工してロープや古代織物の科布として使われました。それが、このシナノキなのです。
信州には、「ずく」という言葉があります。「ずくなし」とか、「ずくを出せ」とか、「ずくを止む」とか、「小ずくがあるな」とかいいます。標準語で適当に言い換えられる言葉がないのですが、面倒くさがらずにやるとか、気力を出してやるとかいう意味です。この「ずく」の語源ですが、銑(ずく)のことではないかと思うのです。信濃の枕詞は、「みすず刈る」ですが、すずとは葦や茅の根元に付着している褐鉄鉱のことだといいます。みは葦や茅の生える水の意か。または、御すずか。すずは鈴であり、水中に含有される鉄分が沈澱し、鉄バクテリア(沼などに石油を流したように漂うもの)が自己増殖して細胞分裂を行い、固い外殻を作ったもので、振るとカラカラ音がするものがあるそうです。鍛鉄は、薄くするとよく撓る。とすればシナノとは、鉄出(いずる)野という意味でしょうか。
古代の製鉄、たたらは、渡来人のもたらしたものといわれていますが、相当に高度で手間のかかる面倒くさい作業だったといいます。そこから大変な想いをして「ずくをだす」という言葉が生まれたのではないかと思うのです。信州には、「うんこをまる」とか、古事記に記載されるような古い表現が残っています。一考の価値はあるのではないでしょうか。
冬芽を撮影していると、近くの地面に黄金色に光る物がありました。福寿草です。残雪の間から芽吹き、パラボラアンテナのように花を広げ陽光をいっぱいに浴びていました。人も植物もみな春が待ち遠しい今日この頃です。
かなり古い言葉だと思うんですよ。普通は、たいてい語源が分かりますからね。
銑(ずく)説は、かなり前からそうではないかと思っていたことなんですが、確証はありません。でも、古代まで遡るなんて浪漫がある推理だと思うのですが……。
例の「北信流」も、他から見ると奇異に見えるかもしれません。
でも、あれはいい伝統だと思いますけど。
長男の産立てを思い出します。
あと、万歳三唱が好きですよね。
それと運動会や遠足の開催が花火で知らせるというのも信州だけだと思います。