昨日は、観音崎の近くに在る「走水神社」に行きました。
神社の高台に座って、海の向こうに房総半島を臨み、友人と
おむすびを食べました。
空は高く、季節が移りゆくこと感じさせてくれ、海はどこまでも
穏やかで、午後から漁に出るのだろうか、ゆっくりと沖に向かう
漁船が、目の前の風景をより長閑なものにしていました。
海からの風に吹かれ、おむすびを食べている…
唯、それだけで充分満たされ幸せを感じるのです。
洪水のように溢れる情報の中で生活していると、こういう
素朴な幸せを置き去りにしている自分がいます。
生きるという事は、本当はシンプルな事なんだと、思えて
来るのです。
そして、必要なものはちゃんと与えられていると…
そんなことを思っていたら、黄色い蝶々が飛んできました。
あっ創の黄色い蝶々と思ったら、空の高みでとんびの
鳴き声がして、あー初女先生の息子さんの芳信さんだと
思い、すべてが繋がっている気がしました。
目の前の海には、房総へ続く海の道が見えて来るようでした。
大丈夫だよという声が、天から降りてきた気がしました。
そして、何があっても変わらない、初女先生の慎ましい
生活が、胸に押し寄せてきました。
大丈夫に包まれている生活が…
神社の高台に座って、海の向こうに房総半島を臨み、友人と
おむすびを食べました。
空は高く、季節が移りゆくこと感じさせてくれ、海はどこまでも
穏やかで、午後から漁に出るのだろうか、ゆっくりと沖に向かう
漁船が、目の前の風景をより長閑なものにしていました。
海からの風に吹かれ、おむすびを食べている…
唯、それだけで充分満たされ幸せを感じるのです。
洪水のように溢れる情報の中で生活していると、こういう
素朴な幸せを置き去りにしている自分がいます。
生きるという事は、本当はシンプルな事なんだと、思えて
来るのです。
そして、必要なものはちゃんと与えられていると…
そんなことを思っていたら、黄色い蝶々が飛んできました。
あっ創の黄色い蝶々と思ったら、空の高みでとんびの
鳴き声がして、あー初女先生の息子さんの芳信さんだと
思い、すべてが繋がっている気がしました。
目の前の海には、房総へ続く海の道が見えて来るようでした。
大丈夫だよという声が、天から降りてきた気がしました。
そして、何があっても変わらない、初女先生の慎ましい
生活が、胸に押し寄せてきました。
大丈夫に包まれている生活が…