世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

稲舟⑧

2017-10-01 04:13:18 | 風紋


その言葉通り、アシメックは夕方近くになるまで、スライの仕事を手伝った。スライは喜んだ。彼もアシメックのことはとても好きだったからだ。いい体をしたいい男が、自分の言うことを聞いて仕事を手伝ってくれる。それだけで、オラブにとられた魚のことなどすっかり忘れてしまった。

仕事が一段落すると、スライは嬉しそうに言った。
「あと十日もすれば、稲刈りが始まるだろう。十分に舟はできている。今年の稲はどんな感じだね」
アシメックは答えた。
「オロソ沼の見張り役によると、上々だそうだ。この秋もいい米がたくさんとれるだろう」
「またうまい米がいっぱい食えるな」
「そうとも」

夕方、アシメックが帰る頃になると、スライは天幕の中に入って土器の壺に手を入れ、栗を十個ほども出してきた。そしてそれを皮袋に入れながら言った。

「今日の礼だよ。手伝ってくれて助かった。少しだけど持ってってくれ」
「いいのか」
「いいとも、いいとも」

スライが嬉しそうに言うので、アシメックは栗を快く受け取った。皮袋はまた返しに来なければならない。

家路をもどりながら、アシメックはもらった栗をさわりつつ、オラブのことを思った。山に住んでいるというが、どんな暮らしをしているのか。山で木の実でも拾って食っているのだろうか。誰にも相手にされず、さみしくはないのか。

いずれ山に行って、探してやらねばなるまい。

アシメックはそう思った。そして自分の家が見えるころ、アシメックは気付いた。米の匂いがする。おお、今日は米を食う日だ。ソミナが青菜と一緒に米を煮ているのだ。

そう思うと、急に腹が鳴った。米ほどうまいものはない。おれに食わせるため、時間をかけて米をついてくれたのだろう。ソミナはいい女だ。おれのために面倒なことはなんでもやってくれる。大切にしてやらねばならない。

アシメックが自分の家の入口の覆いに触れるころ、東の空には夜の気配が漂い始めていた。



この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 稲舟⑦ | トップ | イメージ・ギャラリー③ »
最新の画像もっと見る

風紋」カテゴリの最新記事