
だがオラブはその汚れの中に生きているのだ。神の教えにも先祖の教えにも歯向かって生きているのだ。苦しくはないのか。誰も友達はいないのに、神にさえ逆らって、どうして生きて行けるのか。
オラブの気持ちを思うと、アシメックは暗黒を見るような思いがした。
オラブに声をかけようとしたが、今はそれもできなかった。何度でもやってやらねばならないという気持ちが、なぜか今は起きなかった。それは何か、どこか、山に不穏な気が流れていたからだ。
そんなことをしてはならないと、誰かがアシメックに聞こえない声で言っているような気がした。
そういう時は、その声に従った方がよい。それはアシメックの方針だった。なんとなくしないほうがいいという感じがするときは、やらないほうがいいのだ。そのほうが後にいいことになることが多かった。
アシメックは境界の岩のそばから山奥の闇を長いこと見ていたが、しばらくすると思い切るように大きくため息をついた。そして山を下りて行った。
アルカ山を下り、イタカに出ると、高い空に鷲が舞っていた。アシメックは目を細めて見上げた。
何かが起こるような気がする。ふとそんなことを思った。そしてそれはおそらく、オラブと関係のないことではないのだ。何とかしなければならない。いつまでもこれは放っておける問題ではないのだ。イタカの野を歩きながら、アシメックの思いは見えない何かの中に這いこんでいた。何かをしなければならないという不穏なあせりが、心臓をあぶっていた。