電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

武田楠雄『維新と科学』を読む~41年ぶりの再読

2013年09月05日 06時05分25秒 | -ノンフィクション
先日、縁側の書棚を補修整理した際に、岩波新書で武田楠雄著『維新と科学』を見つけました。1972年3月25日に第1刷発行と奥付にあり、さらに「1972.6.7読了」と記してあります。このたび、本書を再読し41年ぶりに読了し、コンパクトな本ではありますが、あらためて名著であると感銘を受けました。




本書は、小倉金之助氏への私信として書かれたものだそうで、次のような構成になっています。

第1話 黒船~汽走艦隊の出現~
第2話 蒸気船をわれらの手で~大船建造始まる~
第3話 出島のオランダ海軍士官
第4話 咸臨丸の太平洋横断~横断までのみち~
第5話 日本最初の重工業~長崎造船所~
第6話 イギリス艦隊鹿児島を襲う
第7話 蕃書調所覚書
第8話 汽船ブーム~文明は蒸気から~
第9話 勝海舟と坂本龍馬~神戸海軍伝習所を中心に~
第10話 新任フランス公使ロセス~横須賀の誕生~
第11話 大福帳から銃剣へ~幕末日本数学の変貌~
第12話 維新の洋学者たち
第13話 二つの兵学校(沼津と築地)
第14話 アジアの変革と文明開化

ひとつひとつの話が実に興味深く、しかも実習実技を伴わない独学の限界を指摘し、長崎や神戸における実地の海軍伝習の高い水準を評価します。このあたり、薩長史観で書かれた本とはまるで違う、冷静な記述です。例えば、長崎海軍伝習所で教えられていた航海術の講義を、ピラールの航海書というテキストと伝習生の講義ノートの両方から推測するあたりに、よくあらわれています。

ピラールの航海書というのは、上巻が理論編で547頁あり、下巻は対数表などの数表で476頁におよぶものだそうです。上巻の内容構成は、

第1編 数学
第2編 経緯度、コンパスなど(地球・地図)
第3編 天文と天測法
第4編 時刻・子午線など
第5編 各種計測法

となっており、数学、天文学、地理学の初歩を概説してから航海に必要な知識を述べるという標準的なものだそうです。数学には122頁を費やし、算術、代数、対数、幾何、平面及び球面三角法を説く内容とのこと。具体的には、例えば三角法における伝習生のノートには、こんな内容があるそうです。



うーむ。半年前までほとんど基礎知識もなかった青年がこれを理解しようとしている事態を考えると、たいへんな困難が予想できます。もし、自分がその立場に置かれたらと考えると、いささかどころか、背中がゾッとします(^o^;)>poripori

また、著者の専攻分野である数学史の観点からは、単に西洋数学の無条件導入であったわけではなくて、和算の伝統を踏まえて、初等算術は大丈夫だったけれど、航海術など実地の裏付けのなかった球面三角法や対数などの分野では、西洋数学の導入によらざるを得なかったことなど、やはり実地の実践を重視する立場を貫いています。このあたりも、一貫した著者の立場に好感を持ちました。

当時は1冊150円だった岩波新書ですが、今では絶版になってしまったのでしょうか、Amazonで調べてみると古書でのみ購入できるようです。できれば再刊・復刊してほしい本の一つです。

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