電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

多和田葉子『容疑者の夜行列車』を読む

2019年11月29日 06時05分26秒 | 読書
青土社から2002年に刊行された単行本で、多和田葉子著『容疑者の夜行列車』を読みました。谷崎純一郎賞受賞作品とのことですが、作者は1960年生まれで現在はドイツ在住、ドイツ語と日本語で作品を発表している作家とのこと。著者の本は、先ごろ岩波新書で『言葉と歩く日記』を読み終えたばかりです。

全部で13篇の話が載っていますが、それが第1輪「パリへ」から第13輪「どこでもない町へ」まで、「第○話」ではなく「第○輪」となっているのが駄洒落っぽい。思わず伝統的駄洒落保存会への入会をおすすめしたくなるところですが、中身はそういう軟弱なものではありません。「あなた」と呼ばれる主人公は女性のダンサーのようで、列車で国外旅行、しかも夜行列車での旅なのです。出発前の高揚感はどこへやら、母国語の通じない、国情も不安定な国をも通過しなければなりません。心細く、不安で、少しのことにも緊張してしまいます。

実際、ザグレブに向かう途中に乗り込んできた乗客からコーヒー豆を預かる話などは、密輸の片棒を担がされた容疑者として検挙されるのではないかという緊張感とは裏腹に、外国人旅行者はお構いなしの特別扱い=自国民への圧政を示唆しており、庶民の生活の実態が想像されます。

もっとも、そういった社会的・政治的レポートの面はごく少なく、むしろイルクーツクへ向かう列車から降り立った駅で、朝四時のシベリアの外気に触れたときの様子が;

外気に触れた途端、肌がばりっと音をたてて、樹皮に変わった。あなたもいつか白樺になっているのかもしれない。

という具合に、独特の幻想性を持った新鮮な表現を楽しむことができます。

ストーリーの展開の面白さといったものにはあまり拘泥せず、あちこちに言葉遊びのような要素をちりばめながら、非母国語圏へ単独行で越境する女性の、夜旅の不安感や頼りなさを感じさせる、一種独特の雰囲気を持った作品です。



ん? もしかしたら「容疑者」は「夜汽車」の駄洒落? やっぱり伝統的駄洒落保存会に…モゴモゴ(^o^)/


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