電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

剣岳の山岳救助隊

2005年09月19日 09時59分28秒 | Weblog
先日、連休なので珍しくテレビを見た。富山県の上市警察署に置かれた剣岳を中心とする山岳救助隊の活動を紹介したドキュメンタリーだ。
最近は空前の中高年登山ブームなのだという。登山者の目標の一つが、富山県剣岳に置かれることは予想できる。新田次郎の『剣岳・点の記』(*)に見るように、登頂の困難さが登山者の意欲をかきたてる存在だからだ。
しかし、東北の山々の優しい山容とは異なり、剣岳は全山嶮しい岩の山である。一定の技術と、何よりも体力が求められる。登頂で体力を使い果たし、下山時に何の変哲もない沢で転落死する例が後をたたない。このドキュメンタリーでも、単独行らしい62歳の女性がなくなっている。
番組では、新人隊員の成長を軸にして、山岳救助隊の使命と活躍を描いていたが、いくら成長して鉄人になっても、剣岳に殺到する中高年登山者の数が多ければ、一定の確率で事故は起こるだろう。かつて穂高や剣岳を経験した同じ中高年の一人として、技術と体力の不足しがちな中高年登山者は、岩場の連続する峻険な北アルプスの岩峰よりも、森林限界の低い東北の山々の、展望の良い尾根歩きなどにもっと目を向けてはどうかと思う。中高年はどうしてもがんばりすぎる傾向があるから、もっとゆったりとした登山の楽しみ方をしてもよいのではないかと思ってしまうのである。

(*): 【物語案内】より新田次郎著『剣岳・点の記』
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娘と孫と乳母車で散歩

2005年09月18日 15時32分51秒 | 散歩外出ドライブ
昨日から娘と「ほにょリータ(孫)」が来て泊まっていった。昼すぎ、「ほにょリータ」を乳母車に乗せて、娘と散歩に出かけた。風が涼しく、たいへん快適。少し歩くと、もうぐっすり寝てしまったので、陽射しを避けて歩いたので、ずいぶん遠回りになってしまった。左右の田んぼとリンゴ畑を見ながら歩いたが、マツマエギクにキアゲハがずいぶん飛んでいる。田んぼでは、稲刈りが始まったところもある。アキアカネも里に下りて来ている頃だろう。帰宅しても「ほにょリータ」は全くぐずることなく熟睡。新米ママは大助りだ。
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カーポートを作ることに

2005年09月18日 15時21分42秒 | Weblog
数年来の懸案だった、カーポートを作ることにした。夏場はそれほどでもないが、冬場の積雪・凍結を防ぐためのものだ。老父の強い要望もあり、農業用トラックまで収容できるよう、かなり大型のものになりそうだ。業者が来て下見をして行ったが、どんな具合になるか、楽しみである。
近所でカーポートを作ったお宅があり、近所のつきあいで聞いてみたところ、業者と経費の概要を知ることができた。こんなとき、田舎のつきあいネットワークは便利だ。
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和梨とリンゴの季節

2005年09月18日 09時22分55秒 | 週末農業・定年農業
連休の中日、早朝から草刈りをしてお腹がすいた。和梨を食べたが、みずみずしく大変おいしい。和梨は、長十郎系統と二十世紀系統があるようだ(*1)が、今わが家で食べられるのは、幸水(こうすい)という品種。
リンゴもようやく食べられるようになった。9月の主力は「つがる」という品種。晩秋の「ふじ」のような保存性や香りはないが、9月に食べられるリンゴとしてありがたい存在だ。真っ赤になるともう味噌のような状態に近付くので、青リンゴが少し色づいたくらいでちょうどいい。また、保存性はあまりよくないので、すぐ食べるのがよい。紅玉ほどではないが、ジュースにしたり加工したりするにもまずまずだろう。
私はアップルパイが好きなので、家人におねだりして作ってもらう(*2)ことが多い。紅茶とアップルパイはよく合う。
もう少しすると、ラフランスなど洋梨の適期になるが、梨とリンゴの時期は、過ごしやすく気候も良く、嬉しい季節だ。

(*1): 和梨のはなし
(*2): アップルパイの作り方
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ブラームスのヴァイオリン協奏曲を聞く

2005年09月17日 22時05分24秒 | -協奏曲
ブラームスのヴァイオリン協奏曲は、若い頃も好きだったが、中年以降に特に親しみ深く感じられるようになった。独奏者の技巧の冴えやオーケストラの華麗で色彩的な音響を誇示する種類の音楽ではないのだが、充実した中にもしみじみとした味わいがある。

LPの時代から好んで聞いているのは、ダヴィッド・オイストラフ(Vn)とジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団による演奏、1969年のEMI録音(EAA-106)、解説は渡辺學而氏。第1楽章アレグロ・ノン・トロッポ、ニ長調。オーケストラの重厚な響きで始まり、独奏ヴァイオリンが堂々と主題を歌う。協奏曲を聞く醍醐味を感じるところだ。ここでは、作曲と初演に深く関わり、献呈を受けたヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒム作のカデンツァが用いられている。第2楽章アダージョは、前奏に続くオーボエの美しいメロディのあと、オイストラフがゆったりと、大きくて優しい演奏を展開する。第3楽章では、軽快で切れの良いリズムを刻むオーケストラをバックに、独奏ヴァイオリンが技巧を駆使して活気に満ちた演奏を繰り広げ、胸がすっとするところだ。

実は、オイストラフは1967年の10月に、クリーヴランド管弦楽団の定期に登場している。このときは、ウェーバーの「オイリュアンテ」序曲の後にブラームスのヴァイオリン協奏曲があり、ソロをつとめたオイストラフが、後半ショスタコーヴィチの交響曲第10番を指揮している。セルは、60年代のクリーヴランド管弦楽団のソヴィエト楽旅に際し、多くのソ連の演奏家と接する機会を得たのかもしれない。セルがなぜかショスタコーヴィチを振ろうとしないこともさることながら、セルとの共演が、オイストラフ側のアプローチによるものらしいということも興味深い。テンポはやや速いがほとんど同じスタイルの1967年のブラームスの協奏曲が、セル最晩年のこのLPに結実したことを思うと、このEMI録音は実に得がたい記録だと思う。

CDでは、レオニード・コーガン(Vn)とキリル・コンドラシン指揮モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏を聞いている。これもまた、ややタイプは異なるが、実に力に満ちた堂々たる演奏だ。第1楽章のカデンツァは、やはりヨアヒム作のものである。

参考までに、演奏データを示す。
■オイストラフ(Vn)セル/クリーヴランド管(EMI録音)
I=22'25" II=9'33" III=8'26"
■コーガン(Vn)コンドラシン/モスクワ・フィル
I=21'34" II=9'00" III=7'47"

なお、オイストラフ(Vn)セル/クリーヴランド管(1967定期)では、意外に速い。
I=21'19" II=9'20" III=7'55 となっている。
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ヴィヴァルディは女学校音楽部の顧問の先生

2005年09月17日 10時41分10秒 | -協奏曲
週末の爽やかな朝、ここ数日通勤の音楽として聞いて楽しんできたヴィヴァルディの協奏曲集「和声と創意への試み」作品8の全曲を、自室で通して聞いた。演奏はイタリア合奏団で、デンオンのCOCO-70722-3という型番を持つ、2枚組1500円というありがたいものだ。1986年7月、イタリア、コンタリーニ宮でのデジタル録音。

最初に取り出したCDの2枚目、二部に分かれて出版されたうちの後半、第2集冒頭にあたる協奏曲第7番、第1楽章の弦楽合奏の鮮烈な開始に思わず息を飲む。通勤用のカーステレオの音とは一線を画す、華麗で迫力のある音と豊かな残響に魅了される。イタリア合奏団のこの録音では、基本的にはヴァイオリン協奏曲集の形態を取っているが、そのうち2曲だけ、第9番と第12番はオーボエ独奏を含む印象的なオーボエ協奏曲のスタイルを取っている。
続いて1枚目を聞くと、やはりこの曲集のうち、親しみやすさでははじめの4曲、春夏秋冬の四季が抜群に印象的だとあらためて思う。あまり標題にとらわれるつもりもないが、印刷出版された楽譜に短いソネットを付けたくなる気持ちが理解できる。実際に聖ピエタ教会での演奏の際も、誰かがソネットを朗読し、それぞれの曲を演奏する、というスタイルを取ったのかもしれない。現代の聴衆もわかりやすい標題を好むのだから、18世紀ベネツィアの貴族や市民たちもまた、四季の標題を喜んだのはたぶん間違いないだろう。

以前放送されたNHKの番組「シャルル・デュトワの音楽都市めぐり(1)イタリア」の中で、ヴィヴァルディについてこんなふうに紹介している。
ヴィヴァルディは、聖ピエタ教会の裏で生まれ、この教会の司祭兼聖ピエタ養育館の少女達の音楽教師として生活し、少女達のオーケストラが毎週演奏するために膨大な曲を作曲した。有能な少女のためにソロパートを書き、弦楽合奏や管楽器がかけあいをする形式、つまり協奏曲を発明した。
そう考えると、12曲の協奏曲集は、12人の有能な奏者が次々に立ち、交代でソロを演奏すると考えると、よく理解できる。現代風に言えば、女学校で音楽部の演奏会で上級生が交互に立ち上り、スタンドプレイを演奏し拍手を受ける、そういう風景だ。おそらくヴィヴァルディは、女学生に信頼され愛された、才能豊かな顧問教師のようなものだったのだろう。

このCDのメインは一枚目の「四季」であり、ついでに全曲を聞いてみたい、というのが主な購入動機なのだろうが、コンタリーニ宮での録音の良さと、イタリア合奏団の演奏水準の高さから、繰り返し聞いて楽しむことのできる、素晴らしいCDだと思う。
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平岩弓枝『御宿かわせみ16・八丁堀の湯屋』を読む

2005年09月16日 22時00分41秒 | -平岩弓技
医者の天野宗太郎が登場するようになり、毒がらみの事件の回数が増えるだろうと予測したが、やはり出ました、第1話「ひゆたらり」。砒素の毒性はそんな簡単には抜けません。第2話もハッカのうがい薬で大もうけをする長崎屋で、誤って神聖水と称する(たぶん)フェノールかクレゾールと思われるものを売ってしまうからさあ大変。続けて宗太郎の知恵を借りる話。切子のグラスでお酒を飲んだら、さぞやうまいでしょう。ましてや相手が美人のるいさんでは。
第3話「黒船稲荷の狐」。悪女が捕らえられ、化け方の見事さに感嘆。しかし、見た目はだませても、電話の声なら年齢をごまかすのは難しかろう。第4話「吉野屋の女房」も悪女の話。雛箪笥の中に入れた恋文が小細工だったとは。第5話「花御堂の決闘」も実は女の逆怨みの話。
第6話「煙草屋小町」。煙草を全くたしなまない私には、花屋の煙草のどこがいいのかさっぱりわからないけれど、第7話「八丁堀の湯屋」の娘がとった行動は理解できる。第8話「春やまぼろし」、別れた女房の娘らしい女は、「小さな親切・大きな下心」だった。

昔、田舎の小学校には鳥や獣の剥製が飾ってあった。その下にはなにやら白い粉が落ちていることがあり、あれは毒だから触るな、と教えられたものだ。今考えると、防腐剤として剥製の内部に塗った亜砒酸ナトリウム等だったのだろう。ガラスケースの中だったので、触ってなめてみる者はさすがにいなかったが、ガラスの目玉もリアルで、日暮れ時などちょっと不気味な空間だった記憶がある。

写真は、花に止まるキアゲハ。なんとも秋を感じる。
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もうじき稲刈りのシーズン

2005年09月15日 21時31分59秒 | Weblog
通勤路の途中の田んぼが黄金色の実りをつけている。もうじき稲刈りのシーズンだ。
札幌からの帰路、飛行機で山形盆地に降りるとき、整然と区画された水田の緑のあざやかさに目を奪われる思いがした。今ならば、黄金色のじゅうたんを見る思いがするのではないか。特に、晴天の夕方、太陽が西に傾いた時分に、光が横からさすとき、稲田の色がいっそう金色に輝く。この美しさは、自然の美とも言えないし、人工の美とも言えない。人工と自然とが織りなす見事さだ。

通勤の音楽は、ヴィヴァルディの「和声と創意への試み」、イタリア合奏団の演奏。簡単に言うと、「四季」四曲が含まれている全曲集。標題にこだわらず、バックグラウンドミュージックにして運転すると、窓から入る風も涼しく、実に快適。
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藤沢周平『刺客~用心棒日月抄』を読む

2005年09月14日 22時05分08秒 | -藤沢周平
この言葉、今年ずいぶん話題になった。ニュースでもずいぶん出てきたので、読み方もずいぶんポピュラーになったのではないか。
藤沢周平の『刺客』は、用心棒日月抄の第三部である。第二部で活躍した江戸屋敷の陰の女たちに対し、お家乗っ取りを策する黒幕のもとから、五人の刺客が放たれる。自ら身を挺して危難を救ってくれた頭領の佐知をはじめ、「嗅足組」と呼ばれる非違を探る集団を救い、黒幕の陰謀を断つべく、青江又八郎は再び脱藩して江戸に赴く。用心棒稼業を続けながら、細谷源太夫、口入れ屋吉蔵、長屋の人々と旧交を温め、探索を続けるが、驚くべき事実が浮かびあがる。

前作では、庄内地方の料理の話がたくさん出てきて、思わず懐かしく、食べたくなったものだが、今回はそれほど食物の蘊蓄は出てこない。そのかわり、佐知の存在が一段と大きくなる。まるで、このシリーズの初めからのヒロインであるかのようだ。実は、第一作の末尾にちょこっと登場する脇役に過ぎなかったのだが。
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映画「蝉しぐれ」の秋、国際ドキュメンタリー映画祭の秋

2005年09月13日 20時51分39秒 | Weblog
山形新聞に連載された藤沢周平原作の美しく哀切な物語「蝉しぐれ」が映画化され、この秋、10月1日から全国で上映される。舞台となった東北の小藩「海坂藩」は、藤沢周平の故郷・鶴岡市を中心とする庄内藩をモデルにしたものと言われている。先年、写真のように、羽黒町に組み上げられたオープンセットを見学し、その風情あるリアルさを堪能してきたが、いよいよ映画が一般公開される時が近付き、今から楽しみだ。全国共通の前売チケット(1,000円)が発売中とのことで、明日、早速入手しておきたい。

山形の秋と言えば、隔年で開催されている「山形国際ドキュメンタリー映画祭」。これもこの10月7日(金)~13日(木)の1週間、山形市で開催される。
公式サイトは(*1)のとおりだが、他に今から10年前、インターネット初期の1995年の記録サイト(*2)もある。画面はシンプルだが内容の濃いサイトで、今見てもたいへんに新鮮だ。
(*1): 山形国際ドキュメンタリー映画祭2005
(*2): 山形国際ドキュメンタリー映画祭'95レポート

実は、今までこの映画祭に興味を持ちながら、何かと野暮用が重なり、参加するチャンスがなかった。今年こそ、この映画祭に参加できるようにしたい。今から楽しみにしている。
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ハイドンの弦楽四重奏曲「ひばり」を聞く

2005年09月12日 21時37分10秒 | -室内楽
週明けの月曜日、いろいろと仕事が重なり、早出・遲帰りとなってしまった。それほど疲労感はないものの、今週の後半に響きそうだ。こんな時は、風呂に入り、ゆっくり音楽でも聞き、早く寝るに限る。

今日は、ハイドンの弦楽四重奏曲集から、お気に入りの一枚を取り出した。「第三トスト四重奏曲・第2集」と副題のついた、コダーイ・カルテットの演奏(NAXOS 8.550674)。作品64は全部で六曲からなるとのことだが、このCDには後半の第4番から第6番までが収録されている。第4番の出だしから、明るく快活なハイドンの音楽を楽しむことができるが、とりわけ第5番の「ひばり」は大好きな音楽だ。
第1楽章、アレグロ・モデラート。第1ヴァイオリンの伸びやかな旋律が、ほんとうに晴れ晴れとした気持ちにさせてくれる。第2楽章、アダージョ・カンタービレ。ゆったりした中で第1ヴァイオリンがじっくりと腕前を披露する。響きがとても印象的。第3楽章、軽やかなメヌエット。第4楽章、フィナーレはヴィヴァーチェで、細かく動き続ける音楽。
聞き終えた後、幸せな気分で眠れる音楽は、意外に少ない。自分の不幸を訴えるのに夢中な音楽家は、他人の幸福に思いを寄せることはできないのかもしれない。ハイドン58歳の音楽は、エステルハージ侯爵家における長い楽長生活に終止符を打ち、ようやく自由な身分となった時代の充実した作品だ。自分の意志と忍耐でかちとった自由。一見すると屈託のないハイドンの明るさの背後には、忍耐を知る人の意志的な眼差しがあるように思う。

コダーイ・クヮルテットの演奏でなじんだ音楽だが、いつのまにかいろいろな演奏が手元に集まってしまった。それぞれ特徴はあるが、いずれの演奏でも、ハイドンの音楽の快活な明るさ、意志的な明澄さがよく現れていると思う。
ベルリン弦楽四重奏団の演奏は、デンオンの "My Classic Gallery" という全集もののうちの一枚(GES-9242)で、同じハイドンの弦楽四重奏曲第17番「セレナード」(演奏はフィルハーモニア・クヮルテット・ベルリン)とモーツァルトの弦楽四重奏曲第17番「狩」(演奏はパノハ四重奏団)などが併録されたもの。もう一枚はPMGのなんだか怪しそうなCD(演奏はカスパール・ダ・サロ・クヮルテット)だが、演奏はじゅうぶん楽しめる。

参考までに、演奏データを示す。
■コダーイ・クヮルテット
I=6'32" II=6'41" III=3'24" IV=2'11"
■ベルリン弦楽四重奏団
I=6'00" II=5'53" III=3'52" IV=2'08"
■カスパール・ダ・サロ・クヮルテット
I=6'26" II=6'17" III=3'30" IV=2'15"
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最後の桃を食べました

2005年09月11日 20時34分56秒 | 週末農業・定年農業
今年のシーズン最後の桃を食べた。「川中島」といって、みずみずしい大玉の品種。最後の桃を食べると、夏が終わったと実感する。今年も実にたくさん桃を食べた。後は、多くの実を付けた桃の木が「体力」を回復できるよう、ざっと根回りの草取り。
このページ(*)によれば、山形県が桃の実質的な北限だという。ウェスト1cmにつき7個~8個というから、さしずめ私の胴回りなら ン百個(?) はいきそうだ。ウェストとはもちろん幹周りのこと。幹周り60cmの桃の木なら、420個~480個の実を付けるという計算らしい。幹周り60cmというと直径がほぼ20cmくらい。もし全部が16玉の良品なら、25~30箱くらいの計算になるが、実際は虫や鳥が食べてキズ物になるものも多い。桃栗3年柿8年というが、1本の桃の木がどのくらいの恵みと喜びを与えてくれるものかと思う。
(*): 北限(?)の桃はなぜ甘い
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最上川に釣り人が繰り出し

2005年09月11日 19時47分03秒 | 散歩外出ドライブ
月山と朝日連峰を水源とする寒河江川と吾妻連峰を水源とする最上川が合流するあたりは、年間を通して水量も豊富で、格好の釣り場となっているらしい。車を止めて最上川を見ると、休日を利用し、釣り人が水の中で糸をたれている。
あいにく釣りの知識はないが、今の時期はアユ釣りでもやっているのだろうか。長い釣竿を持ち、数名の釣り人が一定の間隔で並んでいるところをみると、縄張り行動を利用した友釣りでもしているのかと想像する。釣れた魚を塩焼きにして、涼しい秋の夜長を楽しむのも悪くない。それも田舎暮らしの楽しみの一つだろう。
もっとも、私は涼しい川岸で音楽を聞きながら散歩をしたり、木陰で文庫本を開いたりするほうが性に合っているのだけれど。
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とうふ工房「清流庵」を訪ねる

2005年09月11日 19時28分55秒 | 散歩外出ドライブ
午前中、投票を済ませ、寒河江市の「とうふ工房・清流庵」(*)を訪ねた。住吉屋の工場に隣接したとうふ専門のショップで、いろいろなとうふ製品があり、試食もできる。とうふを味噌漬にした「醸し豆腐」は、お酒のつまみによさそうだ。「秘伝」という枝豆が人気だが、これを使ったとうふもある。今回は、各種のがんも等を購入、今晩はお酒のお湯割りでゆっくりいただきましょう。
(*): 「とうふ工房・清流庵」のWEBサイト
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ガソリン価格が130円台に

2005年09月11日 07時32分34秒 | Weblog
ガソリン価格の上昇が続いている。先日、全国平均が十数年ぶりに130円台を突破したという報道があった。しばらく100円台を保っていたので、ずいぶん上昇したような気がする。ガソリンを一回満タンに給油したとき、支払いで千円札が1枚か2枚増えたと感じている人が多いのではないか。
記憶では、昭和60年代にガソリン価格が高騰した。このときは、1リッターあたり160円台まで上昇したような記憶がある。
(*): 参考ページ 石油価格の推移
その頃は、通勤距離が往復で80km程度あり、当時の車(1600cc)ではガソリン代が月に2万5千円以上かかっていた。価格が上昇傾向にあったことと、ちょうど車の更新時期が重なり、思い切ってディーゼル車(1700cc)に替えたため、一気に3分の1になった。浮いた経費で、高価なオペラのLDを購入して楽しむことができた、という記憶がある。
さて、今度はガソリン価格はどのように推移するのでしょうか。また、北国では切実な問題、灯油価格はどうなるでしょうか。どうもジリ高傾向が定着しそうな気がするのですが。
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