電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

シューマン「子供の情景」を聞く

2005年09月29日 20時30分57秒 | -独奏曲
若い頃から、シューマンのピアノ音楽が好きだった。NHK-FMの「大作曲家の時間」でローベルト・シューマンを取り上げたことがある。手紙や評論の文章や様々なエピソードとともに、年代を追って作品を紹介する構成だった。あの番組を監修したのは、たぶん吉田秀和氏ではなかったか。同番組の冒頭、「交響的練習曲」の出だしの部分が実に印象的で、毎週欠かさず聞いたものだった。今、もう一度聞けるなら、ぜひ聞いてみたいラジオ番組のトップに位置する名番組だったと思う。

シューマンのピアノ作品の中では、「謝肉祭」「幻想曲」「交響的練習曲」「ピアノソナタ第1番」「クライスレリアーナ」など、比較的大きめの構成を持つ作品を好んで聞いているが、また一方で「幻想小曲集」や「子供の情景」などの作品もお気に入りだ。

1838年、シューマンは、クララに対し、12曲の小曲を選び(後に1曲を追加)、子供の情景という小曲集ができたことを知らせている。現代ならば、ロマン派を代表する作曲家シューマンが、その妻となる女性に曲集について知らせていることに何の不思議もない。

だが、若いといってもすでに28歳に達していた音楽評論誌主宰者が、19歳の有名な女性ピアニストの父親に対し、結婚のための法廷闘争を展開しているという状況は、現代にあっても世間の耳目を引く事態に変わりはなかろう。ましてや、軍隊に志願しても、右手の人差指と中指が不自由で、銃の引き金を引くことができずに不採用となる(*)ようでは、父親の怒りはとどまることはなかっただろう。さらにその原因が、若い頃の不行跡による梅毒の水銀療法の副作用となると、脳梅毒に侵され狂死する結末が見えているだけに、娘の無謀な恋愛を妨げるしかなかったのだ、とも言える。哀れな父親の絶望的な戦い。いちがいに頑迷で愚かな父親とばかりは言えないような気がする。

(*):アラン・ウォーカー著『シューマン』、東京音楽社、p.51

シューマンも、まだこの頃は、病気の進行を感じていなかったのだろう。若さが未来を希望に変えていたともいえる。優しく、幸福な音楽である。

「子供の情景」は、現在、ヤン・パネンカとクラウディオ・アラウの演奏が手元にある。やや速目のテンポでリズムの冴えが決然とした印象を与えるヤン・パネンカの演奏(DENON OX-7002-ND, GES-9252)と、ゆったりと(時にはたどたどしさを装いながら)おだやかな気分で演奏されるアラウの録音(Philips UCCP-7052)とを、時に応じて取り出して聞く。
ヤン・パネンカの演奏は、1974年3月、青山タワーホールにてデジタル録音されたもので、ピアノの低音部が実にクリアーにとらえられたもの。アラウの演奏は、1974年3月の録音で、アナログ録音全盛期のものだ。
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