志情(しなさき)の海へ

かなたとこなた、どこにいてもつながりあう21世紀!世界は劇場、この島も心も劇場!貴方も私も劇場の主人公!

深夜1時半頃、庭の前の方からタイワンクツワムシの鳴き声が聞こえてきた。庭の後ろ、菜園に響いた音楽会とは異なる!

2023-02-25 09:32:39 | 日々の記録・備忘録
パソコンの前に居て聞こえてきた。ギューイッ、ギューイッ、ギューイッを繰り返して、それからギュルルルルルルルーと繰り返す。アリアケカズラやブーゲンの茂みから聞こえてくる。彼らが越冬するということは本当なのかもしれない。もう少し耳を澄ましてみよう。夏の終わりからまだ鳴いている。ほぼ六ヶ月になる!

いつが最期の音楽会になるのだろうか。まだまだ元気だ!

ところで、熱心に合奏して目の前で長い後ろ足がもぎ取られて果なくなるタイワンクツワムシを2度目撃したことがある。それを詩にした。必死に羽をすり合わせてたくましい音楽を披露していたクツワムシが、片足が欠けたままで外灯の下に飛んできた姿に打たれた。死の間際まで羽がボロボロになるまで甲高い音をだしていた。それを鳴くという。

身体年齢は高くなっても、二度目の博士論文に挑戦する80代になったばかりの学者がおられる。身体の老化と意識や精神の老化は必ずしも比例しない。一度お会いしたが、若々しかった。年齢にそぐわない方々がおられる。

「博士後期課程は後期高齢者に開放せよ」というのが氏のスローガンである。人生百年時代!80代はまだ若いということになる。年齢で大学側が入学を拒絶するのはおかしいという時代かな~?氏はすでに博士号を東大から授与され、国際的な法的機関でも重要なお仕事をされた方である。一つのテーマに向かうパッションの凄さに瞠目させられる。

生涯、死の間際まで人間の意識は覚醒していると言える。身近な家族の死に際に、耳は聞こえていて反応した。母は最期は昏睡状態で永眠したが、その前の段階まで意識があった。

80代で英語と日本語で一冊の本にできる博士論文に挑戦される著名な研究者の心意気は励みになる。意識に年齢は関係ないのかもしれない。

10代、20代でディストピアな世界観を持ち、人生を悲観する若者たちがいる。一方でM先生のように、新たな課題(テーマ)に真摯に取り組もうとする80代がおられる。論文に意義があるの?と問う人々がいる。論文や書籍は社会への貢献であり、歴史の新たな開拓であり、真実の探究に他ならない。それは詩や小説、エッセイ、評論(批評)にしても同じ。世界の、歴史の、現在の事象のエキスがこめられている。日々の移ろいを、それぞれの時代を結晶化したものとも言えよう。

タイワンクツワムシは越冬のさなかに頑張って音楽を奏でている。君の、君たちの音楽に最期まで耳を澄ましたい。ありがとう!

「老人は集団自殺しろ」という高みの眼差しで、比喩的に人口削減を推進する側の大学エリートのことばが、今ネットTVで人気、炎上しているが、M先生の情熱は「老人=老害」にそぐわない。また90代でキャリアウーマンの役者がいる。テレビにも映画にも出演する。彼らのパッションを感じながらそれぞれの生の炎を燃やしている方々が多いのではなかろうか。私はその一人
~。


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