(最近のコミック?)
那覇市でも若者たちのコスプレなどのお祭り(イベント)があると聞いた。いっしょに行っていいの?と聞くと彼は「まいちゃうよ。XXさんが来たらこっちの精神がまいってしまう」と言った。それで参加するのをあきらめた。
着替え用の小さな旅行カバンなどをもって次々と女の子たちが駆け上っていく階段を見上げながら帰路についた。
昨年Performing Arts の国際学会の場で日本のコスプレについてミュンヘンの博士課程の学生が研究発表をしたり、またパネルセッションでも新しい若者文化としてそのPerformaceが注目されていた。このコスプレとかオタク文化系の流れはタイでもベトナムでも盛んだと聞いたことはあるが、ここ沖縄でも自分たちのコミックを展示したり、そのコミックから抜け出たような女の子や男の子たちが闊歩しているということが興味深いと思った。しかし決してメジャーではなくやはり趣味の範囲でお互いに集って祭りを催すということは面白いと思った。
研究発表では、確か街で主体として演じる若者のPerformanceを新たな現象として捉えていたと記憶しているが、その舞台表象とは異なる街を切り取る集団のアクションとなると、やはり画期的でそれは文化・政治現象として一つの主張になるしそこから新たな解放区のような面白さも出てくるのだろうが、その文化はどこまで進んでいるのだろうか?よく見えないが、身近にいる若者たちがその世界に足を踏み入れながらバイトをしたり大学生であるということに関心はいく。
しかし若者たちの文化現象の一端に触れたいと思ったのだが、拒否されてしまった。ゲームやコミック・漫画・アニメ・その系列のビジュアルアートや音楽、小説などなど、その潮流に乗れない者たちは傍らで見ているだけの存在だが、彼らの共有空間が意義深いことを念じよう。
仲間と疑似的空間を創っていくのもいいね。
ネット時代の潮流だと思うが、今新しいメディアがあって新たな共生(感)空間で何が誕生しているのだろうか?
コミックや漫画に関心があるのらしい若者たちの傾向にはあまりついていけないが、コミックや漫画、またその系列の小説がよく読まれているのも若者たちが独自に買ってくる小説を見ると「なるほど」と思う。世界や日本の名作とは異なる潮流の作品が並んでいる。これが今時の感性なのだろうか?若者の感性はどこに向かっているのだろうか?
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ネットを検索すると詳しい情報があった。
ウィキペたんのコスプレ
欧米諸国を始め、東アジア諸国では韓国、中国、台湾、香港、東南アジア諸国等でコスプレを行なう層が増えている。
世界コスプレサミットなどにおける各国での予選会場でも、日本人には想像もつかないほどの盛り上がりとなっている。それには、日本人のコスプレに対するイメージが「オタクがやるもの」に対して、日本国外のコスプレに対するイメージが「何かになりきってみんなで騒ぐのは最高」という、コスプレに対するイメージの違いが大きいとする意見がある[19]
欧米では「日本発の新たな文化」と見られるが、流血等の表現が問題視されることもある。また、発祥が日本という事で、外国の異文化に対する差別思想の対象となることもある。各種のアニメコンベンションではアメリカン・コミックスや『スター・トレック』、『スター・ウォーズ』のような自国の作品のみならず、日本発祥の作品のコスプレも行なわれる。こうしたコンベンションでは扮装を行うだけでなく、「マスカレード」と呼ばれる寸劇によるコスプレコンテストも実施される。
中国では、日本の漫画やアニメを愛好する者によるコスプレ(角色扮演)が行が行われる。中国政府は危機意識やビジネスチャンスなどを踏まえた上で、国家事業としてコスプレイベントの全国大会である角色扮演嘉年華(コスプレカーニバル)を毎年主催している[2] 。中国には様々な題材で仮装して劇を行う文化があり、角色扮演は同好会を作って数人でキャラクターに扮し、寸劇を行うことを意味している。台湾や韓国等でも同人誌即売会やイベントが開催され、日本作品のコスプレも行われている。
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フィクションをリアルにするという衝動があるのだろうか?リアルな現実から生まれる象徴・シンボルのような表象があり、その表象をまたリアルに持ち込む。双方性の想像・創造空間の面白さがあるということなのか、どこか今時の空気に思える。遠くから見ているが意外と身近にありえそうだ。
(これは女の子の好きなコミックだろうか?)
那覇市でも若者たちのコスプレなどのお祭り(イベント)があると聞いた。いっしょに行っていいの?と聞くと彼は「まいちゃうよ。XXさんが来たらこっちの精神がまいってしまう」と言った。それで参加するのをあきらめた。
着替え用の小さな旅行カバンなどをもって次々と女の子たちが駆け上っていく階段を見上げながら帰路についた。
昨年Performing Arts の国際学会の場で日本のコスプレについてミュンヘンの博士課程の学生が研究発表をしたり、またパネルセッションでも新しい若者文化としてそのPerformaceが注目されていた。このコスプレとかオタク文化系の流れはタイでもベトナムでも盛んだと聞いたことはあるが、ここ沖縄でも自分たちのコミックを展示したり、そのコミックから抜け出たような女の子や男の子たちが闊歩しているということが興味深いと思った。しかし決してメジャーではなくやはり趣味の範囲でお互いに集って祭りを催すということは面白いと思った。
研究発表では、確か街で主体として演じる若者のPerformanceを新たな現象として捉えていたと記憶しているが、その舞台表象とは異なる街を切り取る集団のアクションとなると、やはり画期的でそれは文化・政治現象として一つの主張になるしそこから新たな解放区のような面白さも出てくるのだろうが、その文化はどこまで進んでいるのだろうか?よく見えないが、身近にいる若者たちがその世界に足を踏み入れながらバイトをしたり大学生であるということに関心はいく。
しかし若者たちの文化現象の一端に触れたいと思ったのだが、拒否されてしまった。ゲームやコミック・漫画・アニメ・その系列のビジュアルアートや音楽、小説などなど、その潮流に乗れない者たちは傍らで見ているだけの存在だが、彼らの共有空間が意義深いことを念じよう。
仲間と疑似的空間を創っていくのもいいね。
ネット時代の潮流だと思うが、今新しいメディアがあって新たな共生(感)空間で何が誕生しているのだろうか?
コミックや漫画に関心があるのらしい若者たちの傾向にはあまりついていけないが、コミックや漫画、またその系列の小説がよく読まれているのも若者たちが独自に買ってくる小説を見ると「なるほど」と思う。世界や日本の名作とは異なる潮流の作品が並んでいる。これが今時の感性なのだろうか?若者の感性はどこに向かっているのだろうか?
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ネットを検索すると詳しい情報があった。
ウィキペたんのコスプレ
欧米諸国を始め、東アジア諸国では韓国、中国、台湾、香港、東南アジア諸国等でコスプレを行なう層が増えている。
世界コスプレサミットなどにおける各国での予選会場でも、日本人には想像もつかないほどの盛り上がりとなっている。それには、日本人のコスプレに対するイメージが「オタクがやるもの」に対して、日本国外のコスプレに対するイメージが「何かになりきってみんなで騒ぐのは最高」という、コスプレに対するイメージの違いが大きいとする意見がある[19]
欧米では「日本発の新たな文化」と見られるが、流血等の表現が問題視されることもある。また、発祥が日本という事で、外国の異文化に対する差別思想の対象となることもある。各種のアニメコンベンションではアメリカン・コミックスや『スター・トレック』、『スター・ウォーズ』のような自国の作品のみならず、日本発祥の作品のコスプレも行なわれる。こうしたコンベンションでは扮装を行うだけでなく、「マスカレード」と呼ばれる寸劇によるコスプレコンテストも実施される。
中国では、日本の漫画やアニメを愛好する者によるコスプレ(角色扮演)が行が行われる。中国政府は危機意識やビジネスチャンスなどを踏まえた上で、国家事業としてコスプレイベントの全国大会である角色扮演嘉年華(コスプレカーニバル)を毎年主催している[2] 。中国には様々な題材で仮装して劇を行う文化があり、角色扮演は同好会を作って数人でキャラクターに扮し、寸劇を行うことを意味している。台湾や韓国等でも同人誌即売会やイベントが開催され、日本作品のコスプレも行われている。
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フィクションをリアルにするという衝動があるのだろうか?リアルな現実から生まれる象徴・シンボルのような表象があり、その表象をまたリアルに持ち込む。双方性の想像・創造空間の面白さがあるということなのか、どこか今時の空気に思える。遠くから見ているが意外と身近にありえそうだ。
(これは女の子の好きなコミックだろうか?)