司馬の「街道を行く」の中に「オホーツク街道」がある、北海道の北のハテに縄文でも弥生でもないダイナミックで骨太なオホーツク文化があった。
司馬一行は昼食を摂るのだが、魚が出た、「氷下魚(こまい)」、その時、
「そういえば コマイという学者がいたな」
コマイという学者とは、駒井和愛(かずちか)博士、オホーツク文化研究の第一人者で功労者、それを、「そういえば コマイという学者・・・」、これはどういう意味か、知ってか知らずか、これには、どんな事情があるのだろう。
司馬はこのオホーツク街道では、アマチュアの郷土史家を紹介し、タイヘンな苦労と努力でオホーツク文化の調査をしてきた、そんなチョーシ、だが、シロウトはシロウト、一流の学者と比べるなんておこがましい、第一、失礼ではないか。
長い期間、その事情が分からなかった。