「街道を行く」の最初は、気の強い郷土史研究家にえばられて散々の目にあい、天下の司馬遼太郎があたふた・おろおろ、ほんのちょと知っているシロウトほどタチの悪い連中はいない、
「おめえ 作家なのに こんなことも知らねえのかい」
そういう当人は、それだけしか知らない、東京を遠く離れた地方都市で井の中のカワズ、バカのひとつ覚え・コケの一念で、ちょっとしたことを調べてきた、20年30年・・・それしかノウがない。
やがて、「街道を行く」は調子が出てくる、それは、こういった郷土史家を利用するコツをつかんだからだ、そう京大のえらいセンセーに口をきいてもらう、東大の権威に紹介してもらう、県の教育長に頼む、この国の「タテ型構造を」利用する、この辺から、立場が逆転したんだろう。
だから、コツコツ集めてきた貴重な情報を召し上げることに成功する、価値ある知識や記憶が、一介の作家のもとに流入していく、なぜ、こんなことを書くかというと、彼の手法は普通の研究家にはできないことだからだ、東北の陸前高田の町立資料館で質問をすると。
「一回が二回来たくらいじゃあ そんなことは教えられないね」
「最低でも 五回は来てくれないとなあー」
地方には、こういった連中が多い、未だに東大がどうのこうのと言っている、中央の権力や権威が有効なのだ、そして、この資料館、このあいだの津波でどうなったのか、だから、あの時、倉庫を見せてもらっておけばと思うことがある。