
霧が濃淡を変えつつゆっくりと流れていく。16年間ずっと眺めてきた目の前の風景ながら、今朝はそれに見入っている。ちょうど囲い罠の仕切りと、今は背後の白樺よりもコナシの花が目立つ雑木の林を区切るように、霧の独演が続いている。
あっ、急に霧が晴れたと思ったら、今度はそれまでの遠慮がちな行動がより大胆になって、目の前の景色を殆ど見えなくしてしまった。
それにしても、コナシの花の咲く風景が、これほどまでに霧との相性がいいとは知らなかった。訴えるように、念を押すかのように、その白い花の中を淡い霧がたゆたっていく。見飽きない。
鳥の声がしきりとするが、それらが今朝の静けさを破るわけではない。カッコウ、ホトトギス、オオルリ、それに歌い方が大分上達したウグイスの声も聞こえてくる。
いまだ囚われの身の1頭の鹿が、囲いに沿って歩く姿が見える。昨日は、囲いの外にも、1頭の鹿が来ていた。偶然だったのか、そうでないのか、多分仲間が心配して来たのだろう。
ああいう姿を見ていると、もう逃がしてやってもいいと思うのだが、重い扉を一人で上げることの億劫さに加え、きょう上がってくる牛たちと同居する様子も見ておきたいという気がして、何もしないでいる。囲いの中の暮らしにも慣れたように見えるし、牛が来ればもっと安心するだろう。偶蹄類などと、人間が勝手に分類しただけのはずだが、仲の良い姿は以前から見て知っている。

囚われの鹿に同情する優しい人が大勢いると思う。上の写真は山桜の木が折れて、牧柵に引っ掛かった写真で、昨日その補修をしている時に見付けた。有刺鉄線はこのくらい強い。にもかかわらず、鹿たちはこれを切る、まるで糸でも切るように。
もし鹿がこういうことをしなければ、昨日のように1万歩以上も歩いて牧柵の修理などしないでも済んだ。牧草の被害もない。今では牧場の仕事の半分は鹿対策に費やされる、と言っても言い過ぎではないと知っていただきたい。
何とか天気は保ちそう。そろそろ牛が来るだろう。A吉さん、通信有難く、愉快な日々を懐かしんでいます。また、避暑を兼ねて是非お出掛けください。
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本日はこの辺で。