<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

憎しみをひっくり返せば愛になる

2015年11月16日 07時33分10秒 | Weblog

パリが危ない。フランスが危機的状況になっている。テロが起こった。テロが全土を恐怖に陥れている。破滅をよろこぶ集団が声明を出した。やったのはおれたちだ、と。これがおれたちの正義だと居丈高になって。G20がトルコに集結した。全土に戒厳令を敷いたフランスの大統領は欠席をした。5年後に、オリンピック、パラリンピックを控えている東京都の桝添知事も声明を発表して、厳重警戒策を練り直す。敵を作り敵を作り、不安に怯え恐怖に怯えて、いくたびも戦争が繰り返される。無差別攻撃の連鎖が続いている。憎しみはあらたな憎しみしか生み出さない。憎しみに蹂躙された世界が危ない。文明が高度に発達をして百倍も千倍も住みやすくなってきた世界であるけれども、どうしたわけか、恐怖も不安も去らない。愛はすぐに裏返って憎しみになる。だったら、憎しみだってすぐにひっくり返せるはずなのに。

 

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嬉しい方へ嬉しい方へずんずん進んで行っても

2015年11月16日 07時15分27秒 | Weblog

どうにでも考えていい。そうだったんだ。嬉しい方へ嬉しい方へずんずん進んで行ってもよかったんだ。苦しい方へも悲しい方へも進んで行っていいけれども、嬉しい方へ、こころ弾む方へ進んで行っても違反行為ではなかったんだ。ひとりの森に来ている。森に小さな湖があって湛えられている水が透明に澄んでいる。そこへ顔を映す。すると顔が映る。嬉しい顔をしている。この森にはこんな顔の平和があったんだ。もしも人混みのする街中でこんな平和な、嬉しそうな顔をしていたら、まちがいなく狂人扱いをされてしまうのがおちだろうが、ここではそれが許される。ひとりでいるからだ。外の事象に合わせるようにしてものを考えることに慣れているが、そうでなくてもいいのだった。内なる事象を創造してそれに従うという手法もあったのだった。森は緑色をしてこの内なる事象に広がっている。嬉しい方へ嬉しい方へずんずん進んでいくとさぶろうに爆発が起こった。古いさぶろうが死んで新しいさぶろうが輝くばかりの光になって立っていた。

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わが庭に狂い咲きのクレマチスがあでやかに二輪

2015年11月16日 06時59分21秒 | Weblog

クレマチスは春先から夏場にかけて咲くもののはず。それがこの時期に咲いている。霜が降りる頃に。あでやかに二輪。庭の隅に。ピンクの色に染めている頬。そのやさしい顔をこちらに向けてさぶろうを見入っているので、さぶろうも見返す。何か訳があって? と考える。そうだったのか、さぶろうのしょんぼりを立て直すために使者になって仏界から派遣されてきたんだな。そんな答えも浮かんでくる。そして、その答がもしも当たっているとしたら、どうしようと思う。しょんぼりしたままでいては申し訳がないのではないか。粘土細工のようにそのしょんぼりの顔を捏ね回してにっこりにしてみる。これでよかったのだな、これで。狂い咲きしたクレマチスが、「ご名答」という目をする。さぶろうは、「ああ、すまなかった」「そんなにまでしてさぶろうの慰撫をしてもらっていたんだ」と明るい顔の花の前で頭が下がる。

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