わたしのものであり続けたことがない。わがいのちでさえも。割れて砕けて裂けて散る波のよう。一個の波だったためしがない。もともとが全体なのだ。全体の変容なのだ。個を主張したところで個であり続けたためしがないのだ。わたしをわたしのものとするな。わたしのものをわたしのものとするな。それをわたしのものとしてもただ恐れを抱くにすぎない。わたしが愛するものすらも長くわたしのものであったためしがない。全体のものをわたしのものとしてはならない。仏さまのはたらきという全体をわたしのはたらきにすりかえてはならない。ただただゆだねていていいものをわたしのものとしてはならない。
声をかける勇気も持ち合わせなかった。だらしない男だ、さぶろうは。寂しさも癒やしてあげられないのか。隣の席の人にも。
窓も扉もない家に住んでいた。まる一日。空気の入れ替えもなかった。ひとりが吐く炭酸ガスの臭いが充満して窒息ぎみだった。
時間を遅らせたら空いていた。あたたまるだけにした。一人部屋の狭いベッドにこれから冬眠する。冬眠の熊になる。熊のように毛むくじゃらで、逞しくはないけど。
二等Bの一人べッド船室は狭い。窒息しそう。窓もない。一晩ここで過ごす。レストランは19時から。風呂は20時30分から。修学旅行生が優先のよう。たくさんの中学生が乗りこんでいる。本を読むよりほかに、することがない。大型船だから揺れない。エンジンの振動音が伝わって来る。音が大きい。暖房が効いていなくて寒い。夜の航行だから灯りが窓から洩れないようにしてあるようだ。風景も見えない。
待ち時間が長い。これだけのトラック、乗用車を積載するフェリーってやっぱり大きいなあ。一晩寝たら明朝は北九州。高齢者の旅は疲れる。
海風が強くて寒い。アウトレットが立ち列ぶところだ。さぶろうは買い物には興を示さない。家族やカップルばかりなのに、ひとりでコーヒショップのテーブルに座している。なんとなくぎこちない。時間が潰せない。阪九フェリーの出航は夕方6時半。まだ4時間ある。それではるばる明石の海までドライブして来たのである。本でも読むとするか。寒い。ひとりが寒い。あたためてくれる人がほしくなる。
ロートレックの絵を見て回った。酔いどれの、食通の、娼婦街に住む画家は37才で亡くなっている。独特の芸術に飲まれた。ここでしばらくゆっくりした。
朱塗りの堂々とし神でした。宮司さんらが落ち葉を掃いておられました。これから市内循環観光バスに乗ります。1日これで遊びます。