宿の二日目。夕食が終わった。だだっ広い部屋に一人。これから夜中。朝が来るまで、どうしていようか。寝る前にもう一度湯を浴びる。暖房が効いていてとろとろ眠い。だらしなく眠い。昼間、外出した。車に乗って海岸線を南へ南へ走った。青い海に吸い込まれそうだった。夕方戻ってきて大相撲春場所をテレビ観戦した。新横綱稀勢の里と関脇高安はともに勝ち越した。さ、しばらくは読書をしよう。
朝ご飯の後、浴衣姿でふうらりふうらり散歩をした。温泉街の裏通りを。長い長い細道の一本道だった。帰り道、海辺へ出てみた。青い海に魅了された。結局、一時間以上も歩いた。ふうらりふうらり。いい気なもんだ。戻ってからはまた湯を浴びた。浴びる度に、いい湯を実感する。麻痺の左足先がじんじんする。ただし、熱い湯なので長湯はできない。部屋に戻って本を開いてしばらくして睡魔に襲われた。とおろりとろり、とおろりとろり。現世のこんな極楽往生。無為。社会無貢献を責めることなかれ。
夜中の3時半過ぎ。目覚め。眠ったり目覚めたりを繰り返している。朝が来るまでの長い夜だ。でもこれでいい。
背中が痒い。指先が届かない。孫の手がない。搔けない。もどかしい。痒さがますます強くなる。困ったことはこれくらい。
我が家では禁酒令が出回っているので我慢を重ねているけど、旅先ではこれが自動排除される。生ビールがおいしかった。久しぶりだった。何事も禁を破るのは快感を伴うものだ。
我が家を出るときに仏壇の写真の弟にも声を掛けてきたので、同道しているはずである。「これから旅に出る」「どうだ、いっしょに来ないか」そう声を掛けてきたので、弟は「うん来る来る」と二つ返事でついてきているはずである。弟も旅をするのがすきだったから。重たい肉体がない分、そこら辺は自由気ままであろう。ここの宿の温泉はいい。気持ちがいい。彼も楽しんだだろう。生ビールにも目がなかった。これもごくんごくん楽しんだだろう。無料で。
6時から朝湯ができる。もうあと二時間を待てばいい。湯を出たら、海辺をしばらく歩き回ってみよう。浴衣姿では寒いかもしれない。この温泉場には湯けむりがあちこちに上がっている。