シンシナティの話だ。廉価で腹いっぱい食べられるバフェイは一昔前の人気メニューだった。が今は健康志向と共に先細りの状態になろうとしている。そもそも中華料理は油たっぷりの加熱料理、食材の冷凍・冷蔵技術がなかった頃が全盛期の料理だ。フカヒレや海燕の巣のスープが美味しいといっても、それが提供できるのはごく一部で、大半はクタクタと煮たり、油ゴテゴテで炒めた料理ゆえ、新鮮さもなくヴィタミン類も破壊されている。中華料理店の経営者は人々の味覚と健康志向が変わった現代、中華の陳列台に寿司を導入して値上げし、変化をつけてきた。今の中華バフェイは一様に寿司が主体、その場で握ってお客の要望に応えている。寿司種の種類が増えるほどお値段が比例するようだ。ダイエット人気で騒がれて登場した寿司も市民権を経て国際的となった。だがアメリカ人の舌はちと違って酢のけがないか少ない。マヨネーズをやたらに飾り付けている。日本人から見れば見掛けのみの寿司だがこの寿司込みバフェイは今好評のようだ。少々高くても人が一杯入っている。(自悠人)
「事実は小説より奇なり」と言われるが古希を過ぎた夫婦が同じ日に亡くなられた記事を読んだ。偶然と思うか夫婦の取り持つ奇縁と取るか。日本人的な美談には相違ない。同じ病院に、しかも同じ病名である癌で入院、発病や入院時期のずれはあったが生活習慣が同じことによる発病以外考えられない。夫婦の絆が奇しき運命をもたらしたと解釈すべきだろう。人生は奇縁、奇運、奇遇の積み重ねであり、刺激を受けて生活に変化をつけるきっかけにもなる。そのお陰で予期しない喜怒哀楽を体験するのであろう。
日本からアメリカン・エアラインのダラス行きに乗って奇遇が発生した。飛び立って5時間後、係員が空いている隣の窓際に客が来てもよいかと問うた。数分後、日本人らしき若い女性が席を替って来た。何となく話しかけてるうちに彼女が私たちが親しく付きあっているオハイオ州はシンシナティのご近所のイーナおばさんの下宿人であったことがわかった。一昨年の彼女の日本での結婚式に、イーナが参列したのだが、今会話している女性のおおよその過去は聞かされていた。直接、本人に会うのは初めてだが、同じオハイオの、同じシンシナティ市、しかも車で3分のご近所に住んでいた人に出会ったとは、奇遇以外の何ものでもない。イーナに話したら驚くだろう。
それにしても奇遇は誰しも経験されていることだと思う。南米のパラグアイで国立市のご近所の方に会ったのも予期せぬ出来事だった。世間は広いようで狭いとはこのことだろう。(自悠人)