あけぼの

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北村西望の彫刻群が与えてくれた感動、共鳴、鼓舞、余韻

2014-03-31 12:22:32 | アート・文化

Photo  Photo_2 昨日、傘も折れよと吹きつけ、叩きつける強風と雨の中、井の頭公園に出かけた。お目当ては桜ではなく西望アトリエ、だが、前日とは打って変わっての荒天の中、花見客はほぼ皆無ゆえ、9分咲きの桜も楽しみつつ井の頭自然文化園へ。ブロンズの「天女の舞」が出迎えてくれ、雑木林の中に点々と配置された彼の彫刻を鑑賞しながら彫刻園へ。西望は長崎県に生まれ1920歳で彫刻を志し、建畑大夢、朝倉文夫と友人になったが、他の2人と異なり彼は遅咲きの花、苦悩の日々が長かった。32才、「これでもう彫刻を止めよう」と思った時の文展出品「怒涛」が最高賞受賞、100才越えても現役で平和と自由を理想としてきた。絵も勿論温かい筆致、書は力強い達筆だ。1987102才で死去したが事前に作品全てを東京都に寄贈していた。東京都名誉都民、長崎県名誉県民、武蔵野市名誉市民だ。

何と数多くの彫像たちがアピールしてくることか。「平和と自由」を。それを犯すものへの闘魂や防衛を。「猫-防衛」、「光に打たれる悪魔」等。「笑う少女」も「若き母」も何と微笑ましいことか。永久平和の象徴、平和祈念像の原型はここにある。日本の平和と自由が危なっかしくなってきた今こそ多くの人にここに来て鼓舞されて欲しい。(彩の渦輪)        

平和記念像作者の言葉

あの悪夢のような戦争 身の毛もよだつ凄絶悲惨 肉親を人の子を

かえり見るさえ堪えがたい真情 誰か平和を祈らずにいられよう

茲に全世界平和運動の先駆として この平和祈念像が誕生した

山の如き聖哲 それは逞しい男性の健康美

全長三十二尺余 右手は原爆を示し左は平和を

顔は戦争犠牲者の冥福を祈る 是人種を超越した人間 時に仏時に神

長崎始まって最大の英断と情熱 今や人類最高の

希望の象徴

昭和三十年春日  西望塑人

キャプション①若き日の母②「怒涛」③聖観世音菩薩Photo_4

    


愛しの琴ちゃん、ああ、さようなら!

2014-03-30 10:09:12 | アート・文化

Tky200805260147 Photo琴欧洲が好きだった。故に相撲を観た。思い入れは特別、ご縁もあると自認してきた。アメリカの大学で日本文化を教えたが、国技の相撲を教える時、パワーポイントにはいつも琴欧洲の写真を使った。長身で均整のとれた見事な体型とCoolなマスクの力士だった。気が小さい(そう見えた)のが玉に傷だったが。先代親方さんの琴桜は鳥取県出身、彼が琴欧洲を愛し、死ぬまで口癖にしていた言葉が「奴には化粧廻しが良く似合う」だった。筆者も同感、彼の綱取りと化粧まわしが楽しみで、絶対に横綱になると信じてきたのに突然の引退とは!もっと粘ってほしかった!

6年前ブルガリアに行き、琴欧洲のお父さんに会った。ブルガリア大使が鳥取県出身だった時、鳥取県からブルガリア訪問団が結成され、ソフィアで一大交流会があったが、筆者は単独でアメリカから飛び、現地で合流した。ブルガリア側は著名人が勢揃い。その中に琴欧州のお父様がおられ、筆者はリュックに背負って持参した娘製作のちぎり絵をプレゼント、お父様からはサインを頂いた。大スクリーンで琴欧洲や佐渡が嶽部屋の相撲風景が映写された。ソフィアはもとより、リラの僧院への行程等、白いマロニエの花盛りで美しい国だった。その後筆者はまた単独でルーマニアを歩いたが、全てが懐かしい思い出だ。

琴光喜、琴欧州、琴奨菊を「琴3兄弟頑張れ!」と当Blogに紹介したことがあるが、現親方が琴の若だった頃から佐渡が嶽部屋-しこ名に琴がつくので琴部屋と呼んだ-を応援した。琴光喜が去り今また琴欧州が去り、残るは琴奨菊のみ。琴奨菊も先場所で横綱を倒し、終盤戦を面白くしてくれたけど、琴欧州がいないとやっぱり寂しいなあ!(彩の渦輪)

Tky200805250100キャプション①琴欧洲優勝時の写真。asahi.comより②琴欧洲のお父さんと。娘製作のちぎり絵とお父さんのサインをそれぞれが手にして。③琴欧洲優勝時の素敵な笑顔。asahi.comより


旅を我が筆で絵にすれば

2014-03-26 11:56:08 | アニメ・コミック・ゲーム

Dscn1031 Dscn1028筆者自悠人は旅で撮った写真を絵画にして壁に飾る趣味がある。それを見るだけでその時の旅に関連した出来ごとや情景がありありと追想出来るからだ。旅を続けて40年。異文化の環境や人々を知ることは自らの人生にプラスだと思ってやってきた。記録を残す方法は以前はアルバムだった。近年はデジカメからPCに保存し、簡単に見られると人は言うが写真を取り出すのは大変だ。iPadも利用しているが、国名、地名が混乱、奇怪な事件に遭遇した場所だけが記憶から引き出せる昨今になった。ある時期からこの現象に気付き対策を得た。写真を絵にしてそれを飾る。その絵を目にする度に個々の旅の情景が記憶に蘇ってくるのだ。今後の人生のヒントにもなり日々の豊かさも増幅される。旅の写真を見て絵画に集中することは生き甲斐になる。絵になる写真の対称は珍奇な遺跡、動的な滝や川等迫力ある大自然、人間や動物の表情等だ。旅先の風景が我が手で目の前に再現され、1つのドラマ、人との絆を蘇らせる。これらの絵は旅の体験共々我が人生の財産だ。放浪を続けて印象に残った国、場所等、筆者の描いた絵を一部紹介することにした。皆さまにも旅と多文化絵画はお勧めだ。

 エンジェル・フォール:ヴェネズエラにあるがドーンとひと飛びには行けない。落差1000m、オリノコ川を小舟で遡上し、キャンプを往復で2泊、ハンモックだ。ジャングルを歩いて登り、滝を正面から鑑賞、滝壺に降りたら泳げた。ジャンングル内のカナイマ村が起点、ノルウェーの青年知り合い、後にオスロー郊外の彼の両親の別荘にも遊びに行った。数万年前の氷河の大爆発:アルゼンチンのカラファテ。高さ60mの氷河が湖に押し出されて亀裂が入り、轟音を立てて崩れていく瞬間だ。大自然の驚異が眼前に広がる。氷河の中を散策し青く輝くアイスホールを飛び越え、数万年経た氷河のオンザロックを飲んだが、その味は生涯忘れ得ないだろう。

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川そのものが温泉のタバコン・リゾート:南米はコスタリカのアレナル火山国立公園。自然に流れる川自体が温泉で60mに渡りどこでも入浴出来る、まさに熱帯の楽園だ。山頂を染める活火山が呼び物で、妻はロシアからの夫婦と一緒に乗馬とジャングル歩きを楽しんだ。

カジキ釣り:メキシコはバハ・カルフォルニアの突端のサンルーカス。$600の小舟をチャーターして釣り上げたカジキとの格闘は表現し難い痛快ドラマだった。カジキが引いたところで担当を代わってもらい興奮して見とれているだけだった。アマンタニ島の民宿の女主人:南米ボルビアのチチカカ湖に浮かぶアマンタニ島に行った。家族は小さい畑を耕作し、鶏やヤギを飼って生活、船で本土に買い出しに行き、島内の家まで担ぎ上げる。民宿代は3食付で20ドル、風呂はない。便器は自らの手で洗い流しだ。

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始めの5枚は中南米、最後の2枚は、左、悲劇の橋スターリーモスト(ボスニア)右、プラハ(チェコ)自悠人)

 


日米美麗架け橋、Kaszubski Familyと

2014-03-22 09:22:42 | アート・文化

Kaszbuski_family_photo_a_march_12_2  Kaszubuski_family_photo_b_chester_m シンシナティで20年間お隣さん且つ23年間友人であるSusanPaul一家は大の日本贔屓、娘のJodiは中学生の時交換留学で神戸へ。NYの大学卒業後、こんどは長崎県の高校に英語を教えに行き、帰国してからはオレゴン州の大学で修士号取得(Master of Science)、病院で働いているが空手の黒帯保持者。息子のDrewは筆者の郷里鳥取県に英会話を教えに行き、県内の高校を訪問、得意のサッカー指導で人気者となり、彼の写真は『日本海新聞』を飾った。Paulは写真のプロ、カメラは常にニコンの最高級品、Susanは日本語を習い空手の有段者、両親、息子、娘の全員が日本車に乗っている。今回滞米中にJ-Angle(シカゴ発、日系新聞情報誌)の期限が来たが、持参したiPadでは写真の送信が上手くいかず、SusanのLapTopから送信、その日はSusanのご馳走付き。筆者の健康に良いからと手作りしてくれたrye breadのサンドイッチの美味しかったこと。彼女は日本産の毛糸で編み物もする。筆者夫婦への23年間変わらぬヘルプと日米の架け橋有難う!(彩の渦輪)

写真1. Susan&Paulを中心に日本贔屓の一家。Drewは後ろ真ん中。2.犬Mizumi,猫Chester


“靴を脱いで!”“I’m seventy-six years young!”:アメリカの空港にて

2014-03-20 13:44:38 | アート・文化

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9日からほんの10日間弱オハイオ州シンシナティへ。Green Cardや車の免許証の更新が主目的だった。乗り換え空港のシカゴでは滑走路以外は雪が凍りついていた。帰路のシカゴ空港も同様だった。シンシナティでは着いた翌日から23日好天で、我々が晴れを齎したと喜ばれたが、帰る前日からまたflurry(風花/雪を伴なった疾風)で震えた。聞けば今冬のシンシナティやシカゴは寒波が特にひどく、シカゴでは180cmの大雪の日があったとか。郵便が届かない日も多かったそうだ。

さて、空港のセキュリティーの話。日本では靴を脱がなくてもいいがアメリカでは靴を脱がされる。ところが昨年友人のEnaに「75歳以上は靴を脱ぐ必要が無くなった」と聞いた。で、昨年秋、Cincinnati やシカゴ空港で靴を履いたまま通過を試み、「ShoesShoes!」と促され、「I’m Seventy- five years old」と弁明、検査官は驚いてにっこり笑い、「I’m sorry, you look so young!」だった。今回も「Take off your shoes!」「ShoesShoes!」とうるさかったが、「I’m Seventy- six years young!」と堂々と応酬。皆さん驚いた顔で(ウフフ)微笑んでくれた。夫の方にも「I’m eighty years young!」と返事するよう提案しておいたが、「10歳以上若く見える!」と検査官にお世辞を言われたそうだ。今回期間中期限の来たJ-Angleの原稿書きのため2日間、レンタカーでケンタッキーをドライヴし回って1300Km、残雪のStatepark/Resortpark を満喫した。82歳の夫がInter State(高速ドウロ)運転の勘を取り戻し、筆者は無事原稿を送信し、若夫婦や昔英語でお世話になった友人等、会うべき人には会い、大変有意義な訪米だった。日本に帰ったらまだ寒くて驚いたが、久々にラジオ深夜便でキャンディーズが艶やかに歌っていた:「もうすぐは~る(春)ですよ!」。我が家の梅の枝にも巨大な鳥が春を告げに来ていた。(彩の渦輪)

 Dscn0979Cumberlandfall_003 Cumberlandfall_009_2     Dscn1020 Cumberlandfall_001
写真1Cumberland Falls in Kentucky2Natural Bridge in Kentucky 3.
University of Kentucky 4.レンタカー、日産Altimaと。5&6お招き頂いた石宇さんご夫妻や田中さんご夫妻と。石宇さんはMiami大学教授(数学)、奥様はUCBA日本文化クラスで茶道のご指導2回。7.修士課程時代から英語でお世話になったり、長い付き合いのJoanne。娘と同じお年です。8.BlueJayそっくりの色で大きさは3倍、30cmもある鳥、我が家の梅が気に入って