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法雲禅寺のつつじ2022

2022年04月30日 | つつじ・さつき

2022年4月28日 16:32 堺市美原区今井192 大寶山 法雲禅寺

 

禅宗の黄檗宗(おうばくしゅう)の中本山格の寺院です。建物が何か中国っぽいような気がします。

 

晴天の中、つつじが満開と言いたいところですが、2日ほどピークは過ぎているようです。

 

それでも見事で華やかに晴天の青空に映えます。

 

黄檗宗は日本三禅宗のひとつで、江戸のはじめに隠元隆琦により伝えられました。ほか道元禅師の曹洞宗、栄西禅師の臨済宗があります。

隠元さんはインゲン豆が有名ですが、他に西瓜・蓮根・孟宗竹も伝えたそうです。知らなかった。

 

江戸の初めに一番遅れて伝わった黄檗宗は、現在も建物や儀式作法やお経などに中国の影響を色濃く残しているそうです。

 

以前にご住職にお話をお聞きした時に、特にお経は独特で、唐音とよばれる中国語を基本とする読みをするということです。

 

堺の観光ボランティアの方がおられ、お話をお聞きしました。

本尊は中央に釈迦如来、左に阿弥陀如来、右に薬師如来が安置され、さらにそれぞれ1111体、計3333体の三千仏がおられるそうです。

 

右側面には十六羅漢 お釈迦様のお弟子さんやそうです。

何やら難しいお名前ですが、布袋さんや賓頭盧(びんずる)尊者さんもおられました。

今年は本堂にあたる大雄宝殿(だいおうほうでん)も開けていただき、久しぶりに本堂内部で参拝させていただきました。

 

中国的?なでっかい木魚が左右に2つ。たたくとさぞ低い音がすると思われますが、罰(ばち)が当たるのでできませんでした。

 

これ結構気になっているのですが、富田林の龍雲寺にもありました。何て言うのかな?

 

年季の入った開梛(かいぱん)

時を報ずるための魚板です。

 

黄金色に輝く10mもある厄除大観音菩薩。

境内のほぼどこからでも見えます。

曹洞宗の僧「宗月」が霊夢により掘り出した秘仏「掘出観音」の徳を讃え、建立されたそうです。

 

どこからでも見える厄除け大観音菩薩。

 

ここからはどどっと、つつじ。

 

西向きはよく日が当たるのか、葉っぱが見えないくらいのつつじ。

 

大輪のヒラドツツジ...

 

ツツジ...

 

ツツジ...

 

ツツジ...

 

すこし窮屈そうな...

 

法雲禅寺のつつじでした。

言い忘れましたが、法雲禅寺は、黄檗三傑の一人、慧極道明(えごくどうみょう)禅師によって、寛文12年(1672)に開山された禅宗の黄檗宗の中本山格の寺です。1万坪の境内には山門・天王殿・大殿(だいでん)・開山堂・耀先殿(ようせんでん)・方丈・鐘楼などがあり、建築当初の伽藍構成を今に残しています。

もともとこの地には空海開基といわれるの神福山長安寺という真言宗の大寺院がありましたが、元和6年(1620)に、狭山池の堤防が決壊し、その下流の付近を流れる西除川の洪水により、お寺が流失したそうです。

その後、明暦年間(1655-1657)頃に、曹洞宗の僧・宗月が、長安寺の寺地を今井村中から譲り受け、寛文11年(1671)に地中より観音像を掘り出し、草庵に安置して再興したと云われています。

そして翌、寛文12年(1672)に、宗月は宇治・黄檗山万福寺の開祖の隠元禅師の弟子である慧極道明禅師に寺地と寺を譲り、寛文13年(1673)に慧極は幕府の許可を受け、寺号を大寶山 法雲寺と改め、黄檗宗の寺となったということです。

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法雲禅寺のつつじ2021 2021.4.26.撮影:4月24日

法雲禅寺のつつじ 2020.5.6.撮影:4/30、5/4

法雲禅寺のつつじ 2019.5.8.撮影:5月7日

写真撮影:2022年4月28日

2022年4月30日(HN:アブラコウモリH )

 

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