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石川化石木のその後 2014.12.12.

2014年12月28日 | 石川化石木・足跡化石

【富田林市石川流域における自然史遺跡】 2014.8.26.作成

<地図をクリックすると画像が大きくなります。>

今回ご案内の「石川化石木」については、「ウ」地点がそれに該当します。

 


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 「ウ」の地点を拡大しました。

<地図をクリックすると画像が大きくなります。>

化石木については、2014年12月12日の時点で、ポイントB、Dが消失しております。


 【A地点】

 

 2014.12.12. 16:38 富田林市錦織東2丁目 石川河川敷左岸 高橋下流部200m地点

その後、最新の情報ではこの針葉樹は根の張り方が板根状に広がっており、メタセコイアの可能性が高いことが判明したそうです。以前の標本判定では、針葉樹と特定できましたが、100万年も経過しているので木の種類の特定まで至りませんでした。先日12月26日、四天王寺大学講師 森山氏と大阪市立自然史博物館の塚腰氏が現地調査をし、現場近くの針葉樹の葉っぱを含む地層をサンプリングしておられるので、この針葉樹の葉っぱがメタセコイアであればこの立木化石がメタセコイアである有力な状況証拠になるそうです。現在調査中です!

 

 

 2013.6.5.最初に発見した時のA。この化石木群最大の150×100cmの直立樹幹の化石木です。

 


 

 

 A地点とその周りの大阪層群粘土層の露出

水位が下がり、周辺に堆積していた砂がほとんど流されています。このポイントAの立木化石の保存状態は良く、標本としての価値は高いそうで、劣化する前に(すでに劣化して表面のはがれが見られますが、)何らかの保全が必要かと思われます。現時点においては、野洲川や愛知川の琵琶湖周辺で発見された立木化石より、幹の内部がしっかりと詰まっていて良好な状態であるそうです。

 

2014.1.23. 

今年1月深溝井堰が満水になると、上流部のこの地点は水面が上昇、頭を出すだけになっていました。これは最も水位が上昇した時の写真。逆に水に浸かっていた方が保存状態はいいとの専門家の判断です。

 


 

 

 流失前はA地点の右側5mのところにBポイントがありましたが、増水時に流され消失しました。

 

 2014.1.23. 流される前のB地点 逆の東側から西側を望む。奥がAポイントです。

この立木化石2つが現地保存できていたらどんなに素晴らしいことでしょうか。もう過去のお話になりました。

 

2013.6.5. 最初に化石木を発見した当時、A・BポイントとDポイントの間に、立木の見える中洲がありましたが、2014.9.18.の台風18号の時の増水で消失しました。

 


 【C地点】

 2014.12.12. 16:25 上流よりC群を写す。

 ここも表層の土砂が流され大阪層群の露出度は高くなっています。

ここはチャコール色をした炭化層で、木片や木の根っこがたくさん混じっています。

 

 2014.1.23. 上流部より下流部を写す。手前にもう一つ、小さな化石木が見えます。(C-2)

 


 

 2014.12.12. 16:24 C地点の倒木化石(流木かもしれない。)板目のはがれが激しくあたりに破片がいっぱい落ちてます。組織が締まっていて重いので、水に沈み周りの川底からも破片が採取できます。

発見当時よりすこしやせているようにも見えます。

 

 2013.10.11. 「最初のA・Bポイントの発見より遅れて4か月、2013.10.11.に初めて林(アブラコウモリH)が発見しました。長さが1mを越える流木(倒木)化石と思われます。」

この時点ではまだ半分が砂に埋まっており、全容が見えませんでした。この発見以前はほとんど水に浸かって枯れ枝や笹が引っかかっており、確認されていませんでした。

 


 

 2014.12.12.16:30 C-4地点 輪郭がきわめてはっきりしている立木化石 中が空洞( 室 むろ )になっています。土砂が流され、以前に比べ見やすくなっています。

 

2014.7.18. 森山氏が発見したC-4ポイント

C-1ポイントの約40m下流部で発見されました。1mを越える楕円形の直立樹幹で、中が空洞になり外周のみが残っています。

当時はこんなに隠れていて、私は発見できませんでした。

 


 

 2014.12.12. 16:29 現在のC-4ポイント(別アングル)

この木も根を5m四方に張り出しているのが確認できました。

 

 2014.12.12. 16:23 C群

 

204.12.12. 16:26 C群 

 

 2014.12.12. 16:28 C群と炭化層 たくさんの木片が混じっています。

 

 2014.12.12. 16:25 C地点炭化層

ウ地点での炭化層が確認できるのはC地点だけです。

他、富田林高校裏の上天溝井堰下でも確認できます。

 


 【流失したポイントB】

 2014.1.23. 消失前のBポイント

大阪層群の粘土層の上に根を張った立木化石のようです。なんともインパクトの強い化石です。

  

 2014.6.4. 最初の発見時 Bポイントに草や枝が引っかかり、外観がよく解りません。

 

 2013.12.25. ポイントA・B(奥がB)

西側(左岸)より東側を写しました。井堰は満水状態です。

 


 

  【流失したポイントD】

2014.1.23.最初の発見 それまで水面下でしたので、発見が遅れました。

おもしろい形をしている化石木です。なにか恐竜が首をもたげているような、石川化石林を象徴するような化石木です。 

これも写真でしか見れない、消失した化石です。

 

 2014.1.23. 立木化石でしょうか。、45~60°西に傾いています。最初から曲がっていたものか、水流で曲がったものかは解りません。この写真は、上流部(南)より、下流部(北)を写しています。写真上部(下流部)は大阪層群の露頭です。

 

 2014.6.4. 増水するとこのようになります。もちろんDポイントは水没。最初のA・Bポイントの発見からは、2度大きな増水がありました。

 

2014.2.26. 写真は深溝井堰 

昨年秋の台風18号の大増水で新北橋が損傷を受けるは、あちこちのゴム引布製起伏堰が破損するわ、護岸が損傷を受けるわで、大きな被害を受けました。下流の深溝井堰も破損した後、うまく起伏堰がふくらまなかったりして、今年の田植え前まで調子が悪かったです。満水状態にならなかったので、結果、上流の化石林の調査は進みました。

 

 2014.5.2.大阪層群の状態を調査しているところ。専門家の四天王寺大学講師 森山先生(左)と樹木化石同定専門家 文化財調査コンサルタント 渡邉博士(右) 同 奥中氏(中)

 

 2014.8.20. ポイントAを調査しているところ 

市の文化財課の方も含めての専門家による調査 化石の大きさがよくわかりますね。

 

これらの自然史遺跡が、市民の皆様に安心していつでも見れる日が訪れることを願って止みません。

 関連記事もご覧ください。

おもしろい川の浸食  2014.12.22.

石川化石木・足跡化石 (15)

2014.12月28日 ( HN:アブラコウモリH )

 

 

 

 


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2 コメント

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ご確認ください (Kazu)
2021-01-20 15:04:38
古い記事なので、既にどなたかが指摘されているかもしれませんが・・・。

写真の説明文
「2014.2.26. 写真は深溝井堰」

のところで 

「~損傷を受けるは、あちこちのゴム引布製起伏堰が破損するは~」

とありますが
「~わ、~わ」
が正しい日本語です。

参考
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/4079469.html
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ありがとうございました。 (アブラコウモリH)
2021-01-21 22:22:42
訂正しました。ご指摘ありがとうございました。私の文章でした。
返信する

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