懐かしのメロディシリーズ
大好きだった「ふきのとう」とは本当は言えないか。
この「やさしさとして思い出として」しか知らないから。
さらに、なぜこの曲が好きだったかも、
今となっては思い出せない。
ふきのとう
出典:フリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)より
・1972年 北海学園大学にて山木康世と細坪基佳らがマッド・スライド・スリムを結成。
・1972年 山木康世と細坪基佳の二人でふきのとうの前身である、メロディーを結成。
・1972年 NHK札幌放送局TV出演、ふきのとうと名乗る。
・1973年 コンテストに多数出場し、ヤマハ・ポピュラーソング・コンテストにて
♪夕暮れの街 で北海道大会入賞。1974年に♪白い冬 でデビュー。
以後 ♪初夏 ♪風来坊 ♪思い出通り雨 ♪流星ワルツ ♪春雷
♪やさしさとして想い出として などがヒット。
・全国コンサートツアーをコンスタントに続け、1978年には年間250本のコンサートを行った。
・二人共に作詞・作曲をしリードボーカルもとるが、
シングルでは山木が作った歌を細坪が歌うパターンが多い。
特徴的なのはそのハーモニーで、細坪が歌う高音の主旋律に、
山木が6度下の低音のハーモニーをつけるというもの。
声質も似てはおらず音階に開きがあるので、かなり不思議なハーモニーに聞こえるが、
これは本来3度上になるはずのハーモニーを1オクターブ下げたもので、間違いではない。
このようなハモりになった理由は、両者の声域の違い(細坪は極端に高く、山木は低い)
によるものと思われる。
これは、他のグループには見られないふきのとう独自のスタイルになっていた。
・1970年-80年代は、「フォークソング」と「ニューミュージック」が混在していた時期。
その中で「ふきのとう」は、数少ない「情景派」として着実に成長を遂げる。
山木が曲を作り、細坪が歌い上げ、山木がハーモニーで味付けをするというのは、
解散まで(特に山木が)こだわったデュオとしてのスタイルだ。
・♪白い冬 以降、ヒットが出ないことで一時は解散の危機がささやかれ、
アルバム「水車」の頃には遂に♪美しく燃えて という曲がシングルカット
(細坪作曲の曲を細坪が歌いシングルカットされた)。
しかし細坪は後日、音楽雑誌のインタビューで当時を
「山木さんの方がいい曲を書いていると納得した」と語り、解散の危機を脱する。
「いい曲を作り、いいレコードを作り、それを聞いてくれる人のところで歌いたい」
という彼らの思いはそこで再び結束を増し、
♪風来坊 ♪春雷という大ヒット曲を生むまでに至る。
・イントロが流れるだけで、リスナーを曲の世界に引きずり込んでしまう細坪。
それに対して仕事や散歩の合間にちょっとしたいいことがあったときに
ついつい口に出てしまう山木の楽曲は、アルバム制作を重ねる中で進化と融合を繰り返し、
♪風来坊 ♪想い出通り雨 ♪人生・春・横断 がグループの大きなピークとなった。
そうか、
これを読むまで、ふきのとうがポプコン関係と忘れていました。
大好きだった「ふきのとう」とは本当は言えないか。
この「やさしさとして思い出として」しか知らないから。
さらに、なぜこの曲が好きだったかも、
今となっては思い出せない。
ふきのとう
出典:フリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)より
・1972年 北海学園大学にて山木康世と細坪基佳らがマッド・スライド・スリムを結成。
・1972年 山木康世と細坪基佳の二人でふきのとうの前身である、メロディーを結成。
・1972年 NHK札幌放送局TV出演、ふきのとうと名乗る。
・1973年 コンテストに多数出場し、ヤマハ・ポピュラーソング・コンテストにて
♪夕暮れの街 で北海道大会入賞。1974年に♪白い冬 でデビュー。
以後 ♪初夏 ♪風来坊 ♪思い出通り雨 ♪流星ワルツ ♪春雷
♪やさしさとして想い出として などがヒット。
・全国コンサートツアーをコンスタントに続け、1978年には年間250本のコンサートを行った。
・二人共に作詞・作曲をしリードボーカルもとるが、
シングルでは山木が作った歌を細坪が歌うパターンが多い。
特徴的なのはそのハーモニーで、細坪が歌う高音の主旋律に、
山木が6度下の低音のハーモニーをつけるというもの。
声質も似てはおらず音階に開きがあるので、かなり不思議なハーモニーに聞こえるが、
これは本来3度上になるはずのハーモニーを1オクターブ下げたもので、間違いではない。
このようなハモりになった理由は、両者の声域の違い(細坪は極端に高く、山木は低い)
によるものと思われる。
これは、他のグループには見られないふきのとう独自のスタイルになっていた。
・1970年-80年代は、「フォークソング」と「ニューミュージック」が混在していた時期。
その中で「ふきのとう」は、数少ない「情景派」として着実に成長を遂げる。
山木が曲を作り、細坪が歌い上げ、山木がハーモニーで味付けをするというのは、
解散まで(特に山木が)こだわったデュオとしてのスタイルだ。
・♪白い冬 以降、ヒットが出ないことで一時は解散の危機がささやかれ、
アルバム「水車」の頃には遂に♪美しく燃えて という曲がシングルカット
(細坪作曲の曲を細坪が歌いシングルカットされた)。
しかし細坪は後日、音楽雑誌のインタビューで当時を
「山木さんの方がいい曲を書いていると納得した」と語り、解散の危機を脱する。
「いい曲を作り、いいレコードを作り、それを聞いてくれる人のところで歌いたい」
という彼らの思いはそこで再び結束を増し、
♪風来坊 ♪春雷という大ヒット曲を生むまでに至る。
・イントロが流れるだけで、リスナーを曲の世界に引きずり込んでしまう細坪。
それに対して仕事や散歩の合間にちょっとしたいいことがあったときに
ついつい口に出てしまう山木の楽曲は、アルバム制作を重ねる中で進化と融合を繰り返し、
♪風来坊 ♪想い出通り雨 ♪人生・春・横断 がグループの大きなピークとなった。
そうか、
これを読むまで、ふきのとうがポプコン関係と忘れていました。