季節柄、くどいですが、サクラのお話です。ちょっと前にはまだまだって書いた記憶がありますが、既にピークを過ぎ、葉桜状態のものも多く、間違いなく入学式の時は桜には期待出来ないでしょう。近隣の今日のサクラです。
先日、奥様とチョ・ナンボウがプチ旅行へ行ったようです。
伊豆の民宿、名前も場所も定かではありませんが、
そこで、折角伊豆に行くのであれば、
と言うことで、お土産を頼みました。
以前にも紹介した本格的キムチのお店。
そう元同僚のご実家。
キムさんもイケメンで、映画スターの様な素敵な方ですが、
お母様もとっても素敵な方だったようです。
この母にしてこの息子あり!と言うことでしょうか?
相変わらず美味しいキムチやチャンジャやタコの塩辛。
最高です!
ありがとうございました。
櫻は日本人にとって特別な花ですよね。
各国々には国花(こっか)があり、アメリカはたしかバラだったような。
日本は法律で制定してませんが、櫻と皇族で有名な菊この2つが国花だそうです。菊はパスポートにも刻印されてますからね。
日本人に「花と言ったら?」「花見と言ったら?」と質問したらほぼ100%櫻と言うでしょう。
近年だと外国の方も『cherry blossom(桜の木や花の事)よりもSAKURA』で櫻=日本で通じるくらいになってきてます。
書物を調べていくと我々日本人は古来より花を愛して来ましたが、そもそも花見といったら大昔は『梅』だったそうです。と言うのも梅は中国原産の花で当時の日本の貴族たちは中国=ステイタスだったので梅を愛する事こそ中国に通ずるみたいな感覚であったそうです。(奈良時代あたり)
中国の衰退と時代が平安時代になると都市が区画されて行き高さ制限等が出来たそうです、そこで高さが高かった梅より高さの低い桜(当時の桜は今ほど高くなかったそうです)の植林が進められたのを切っ掛けに昔から平民農民は桜を好んでいた、のに相まって桜が定着していったみたいです。
櫻の花見で絶対に逃がせないのが暴れん坊将軍で有名な徳川8代将軍「徳川吉宗」の損害が欠かせませんね。1736年享保の改革で色々な改革に伴い庶民も含め制約や締め付け(年貢UPなど)がある中、将軍吉宗が庶民のガス抜きで始めたのが花見と言われてます。吉宗が天才的なのはこの「花見」がただの庶民のガス抜きにとどまらず、①経済効果UP・・・桜の花見スポットが江戸城から少し郊外に言った場所に多く(江戸庶民の足で
1日がかり)、花見の際庶民が出店などを利用し経済効果があったそうです。
②隅田川周辺の土手地に櫻が植林されており、花見の見物客が往来する事により地盤が固められ工事費を大幅に削減できた。
③また吉宗は話題性のある郊外に新名所を作り江戸城周辺に人口が集まり過ぎたのを分散させる試みもあったそうです。
1736年辺りから国民の年間行事が定着し300年経った今でもこの国民行事が続けれられているのは素晴らしいですね。
昨年、今年と新型コロナの影響で花見が出来ませんが来年は出来ると良いですね。
アイスタに観戦する時、あの桜満開が格別なんですよね。