先日、ヤエノムテキが亡くなった。
ヤエノムテキの写真と馬の詩を掲載しようと思ったが、
写真がどこに仕舞っているのか分からないので、
どうしようかと迷っていたら、探している時に出て来た
エッセイに目が止まった。
ならばということで、ヤエノムテキとは無関係なエッセイに変更したわけである。
「 別れ 」 引退式は一流馬の証
毎年この時期になると、あちこちで別れのシーンを目にする。
新たなる出発 ( たびだち ) を別れで飾る若者たちにとって、
「 一大決心 」なる心の選択は確かなものだと思う。
別れの日、駅のホームで涙ぐむ恋人たち。
あるいは単身赴任で旅立つ夫もまた、ひとときの別れである。
三月サヨナラ別れの季節。明日があるから別れがある、
別れがあるからまた、出会いもある。
人生は出会い、そして別れの繰り返しである。
卒業の季節、三月。
私たちが所属する日本競輪選手会にも「 代謝制度 」があり、
一期間 ( 四ヵ月 )ごとに得点の下位から順に
35人の選手が辞めて行くシステムになっている。
たまたま、その最後のレースに居合わせると、なんとも感慨深い思いが込み上げ、
涙があふれてくる。
競輪選手としての最終レースをゴールインし、
無事、敢闘門へ引き上げて来た選手に花束が贈られる。
その光景に胸がキュンと詰まったように感動でいっぱいになる。
拍手のなか顔じゅう涙でクシャクシャにした選手を見て、思わずもらい泣きをする。
言葉は、ただ「 お疲れさん」としか言えない。
多くを語れば声をあげて泣き出すのが怖くて拍手を送るだけ・・・ 。
私たち選手は、競輪開催中は4日間缶詰状態だから、
この共同生活が「 別れ 」に対する思いをことのほか大きくしているように思える。
馬の場合はどうだろう。競馬の引退式はハイセイコー、タケホープから始まり、
今では一流馬の証(あかし)であり、種牡馬へのパスポートになっている。
ターフビジョンに思い出のレースが流れるなか、
ゆかりのゼッケン番号をつけた馬が単走で駆けて来る。
『 ワーッ 』 という歓声の中、泣いている人、馬の名前を連呼する人・・・。
東京競馬場で、そぼ降る雨のなか、傘も差さずに女の人が引退する馬を見送ったのは
有名な話である。
引退式をしてもらえる馬は最高にしあわせ者である。
名も売れていない未勝利の馬などは、いつ走って、いつ去っていったのか分からない。
競走馬の末路は寂しく、あわれなものだと思う。
無事引退できれば善しとせねばなるまい。
ターフでこの世を去って行った馬たち。
いつもこの馬たちの別れのシーンを思い出す。
遠い昔は、ハマノパレード、キシュウローレル、テンポイント ・・・。
ふと、歌の一節を思い出した。
『 さよならは別れの言葉じゃなくて、ふたたび会うための遠い約束 』 と ・・・
ヤエノムテキの写真と馬の詩を掲載しようと思ったが、
写真がどこに仕舞っているのか分からないので、
どうしようかと迷っていたら、探している時に出て来た
エッセイに目が止まった。
ならばということで、ヤエノムテキとは無関係なエッセイに変更したわけである。
「 別れ 」 引退式は一流馬の証
毎年この時期になると、あちこちで別れのシーンを目にする。
新たなる出発 ( たびだち ) を別れで飾る若者たちにとって、
「 一大決心 」なる心の選択は確かなものだと思う。
別れの日、駅のホームで涙ぐむ恋人たち。
あるいは単身赴任で旅立つ夫もまた、ひとときの別れである。
三月サヨナラ別れの季節。明日があるから別れがある、
別れがあるからまた、出会いもある。
人生は出会い、そして別れの繰り返しである。
卒業の季節、三月。
私たちが所属する日本競輪選手会にも「 代謝制度 」があり、
一期間 ( 四ヵ月 )ごとに得点の下位から順に
35人の選手が辞めて行くシステムになっている。
たまたま、その最後のレースに居合わせると、なんとも感慨深い思いが込み上げ、
涙があふれてくる。
競輪選手としての最終レースをゴールインし、
無事、敢闘門へ引き上げて来た選手に花束が贈られる。
その光景に胸がキュンと詰まったように感動でいっぱいになる。
拍手のなか顔じゅう涙でクシャクシャにした選手を見て、思わずもらい泣きをする。
言葉は、ただ「 お疲れさん」としか言えない。
多くを語れば声をあげて泣き出すのが怖くて拍手を送るだけ・・・ 。
私たち選手は、競輪開催中は4日間缶詰状態だから、
この共同生活が「 別れ 」に対する思いをことのほか大きくしているように思える。
馬の場合はどうだろう。競馬の引退式はハイセイコー、タケホープから始まり、
今では一流馬の証(あかし)であり、種牡馬へのパスポートになっている。
ターフビジョンに思い出のレースが流れるなか、
ゆかりのゼッケン番号をつけた馬が単走で駆けて来る。
『 ワーッ 』 という歓声の中、泣いている人、馬の名前を連呼する人・・・。
東京競馬場で、そぼ降る雨のなか、傘も差さずに女の人が引退する馬を見送ったのは
有名な話である。
引退式をしてもらえる馬は最高にしあわせ者である。
名も売れていない未勝利の馬などは、いつ走って、いつ去っていったのか分からない。
競走馬の末路は寂しく、あわれなものだと思う。
無事引退できれば善しとせねばなるまい。
ターフでこの世を去って行った馬たち。
いつもこの馬たちの別れのシーンを思い出す。
遠い昔は、ハマノパレード、キシュウローレル、テンポイント ・・・。
ふと、歌の一節を思い出した。
『 さよならは別れの言葉じゃなくて、ふたたび会うための遠い約束 』 と ・・・