台風の影響で、朝から気温はぐんぐん上がり、都心では最高気温32度であったとのこと。でも、風がややあったので、歩きやすかったようだ。
他人事のように申すのは、小生一昨日まで、風邪気味で休んでいたため、とても日本橋までの約10㎞を歩く自信がなかったので、石塚事務局長が参加者の着替えや飲み物を運搬するために借りたレンターカーに便乗させてもらった。歩いている皆さんには大変申し訳なく、お許しください。
なお、1週間ほど前には、首都圏の会副会長らが第1区、第2区同様代官衣装をまとう予定となっていたが、佐渡の会並びに新潟の会から大勢の方がウォークに参加くださるとのことだったので、今年の世界遺産国内推薦を得るためには、佐渡を世界遺産にする3民間団体が一致団結して広報活動している姿をお見せしようとお願いしたところ、新潟の会池田会長、佐渡の会萩野広報副部長が進んで代官役を引き受けてくださった。 その結果、ウォーキング参加者は、今までにない80余名(10日石塚事務局長の発表では90名を超えていたとのこと)。 代官姿 3名、金荷を背負う人夫姿 今までになく大勢 17名。
道路の片側を歩いている長い行列を見て、「何だろう」と聞かれる方が多くみられたとのこと。
佐渡を世界遺産にする会、佐渡を世界遺産にする新潟の会並びに同首都圏の会が団結してウォーキングを成功させたことは、必ず良い結果をもたらすものと信じています。
以下、今日のウォーキングの状況を写真を中心にご紹介します。
板橋区役所平和祈念像隣りの広場に午前10時50分集合。
出発前の体ほぐしの体操をする参加者たち。
出発前の記念写真。
出発前、今日のウォークにあたっての注意事項等が司会者から述べられた。特に今日は暑くなる予報ですので自己管理を怠らないよう!!
主催者の各会会長が挨拶に立つ。
主催者首都圏の会坂田会長の挨拶。
主催者同新潟の会池田会長の挨拶。
佐渡の会萩野さんによる“出発”の合図で、板橋区役所前を出発。
板橋区役所を出発する金荷を背負う人たち。
JR板橋駅前の踏切を渡る一行。
中山道通りに接する大正大学脇の広場には、同大学地域創生学部の関係者並びに生徒さんが冷たい飲み物を用意していた。暑い中を歩いてきたので、冷たいお茶は、たいへん気持ち良い。しばらく休憩。
同大学地域構想研究所中村係長が挨拶。
大塚学長(佐渡市出身)、副学長、事務局長並びに臼木準教授(佐渡を世界遺産にする首都圏の会理事)は、臼木先生の母親の佐渡島内での葬儀出席のため不在だった。
しばらく休憩。
参加者が巣鴨地蔵通りで佐渡のチラシを配布している姿。
とげぬき地蔵のある「高岩寺」で昼食・休憩をとる。
午後1時30分、高岩寺を出発。
とげぬき地蔵「高岩寺」を出発しようとしている3団体代表の代官姿。
巣鴨地蔵通りの歩行者天国を歩き出した参加者のリックには、“佐渡を世界遺産に”。
JR巣鴨駅近くで後続を待つ、先頭の一行。
東大農学部の校庭で一服。戸田首都圏の会理事が、門の左手に在る忠犬ハチ公と上野先生の銅像の謂れを説明。
東大農学部を出発。暑いせいか、予定よりだいぶ遅れている。
神田明神前での記念写真。 後ろの門の左手にあった宮田文化庁長官(佐渡出身)のイルカ像は、隣りの会館建築のため、囲いされていて見ることができなかった。
(向かって左手にマスクをしている人がいるが、失礼だぞ。“すみません。外すのを忘れてしまいました”)
一行は、当時の江戸幕府の要であった日本橋の現日銀に立ち寄り、金荷を納めた当時に想いを寄せ、最終地点のお江戸日本橋脇に向かった。
「金銀20箱を御確認の上お納め頂きたく・・・」と証文を読み上げる首都圏の会坂田会長。それを受ける奉行役の伊藤佐渡市副市長。
最後まで歩きとおした代官役、金荷を背負う人夫役の皆々さん。
金荷の引き渡し式を終え、午後4時過ぎ、今日の予定はすべて終了、解散した。
事故もなくお江戸日本橋まで歩き終え、皆満足そう。更に参加者約50名は、懇親会へ向かった。
大宮からの3区間とも天候に恵まれ、また多くの方の参加を得て、今回30年度の金の道ウォークが完了したことは、大変うれしく、沿道の方々の声援や支援くださった皆様に厚く御礼申し上げます。
このうえは、7月末の世界遺産国内推薦が得られますことを祈念するばかりです。
(追記)
新潟日報社の記者が2名ほどこの金の道ウォークに参加くださいました。近日中に記事になるものと思いますので見落としのないよう・・・。
新潟日報モアには、11日正午ごろ掲載されました。 新聞には10日に載っていたとの情報がありましたが、モアでは遅れて・・・。
http://www.niigata-nippo.co.jp/news/local/20180611399027.html
(地域)に載っています。 2018/06/11 11:58
他人事のように申すのは、小生一昨日まで、風邪気味で休んでいたため、とても日本橋までの約10㎞を歩く自信がなかったので、石塚事務局長が参加者の着替えや飲み物を運搬するために借りたレンターカーに便乗させてもらった。歩いている皆さんには大変申し訳なく、お許しください。
なお、1週間ほど前には、首都圏の会副会長らが第1区、第2区同様代官衣装をまとう予定となっていたが、佐渡の会並びに新潟の会から大勢の方がウォークに参加くださるとのことだったので、今年の世界遺産国内推薦を得るためには、佐渡を世界遺産にする3民間団体が一致団結して広報活動している姿をお見せしようとお願いしたところ、新潟の会池田会長、佐渡の会萩野広報副部長が進んで代官役を引き受けてくださった。 その結果、ウォーキング参加者は、今までにない80余名(10日石塚事務局長の発表では90名を超えていたとのこと)。 代官姿 3名、金荷を背負う人夫姿 今までになく大勢 17名。
道路の片側を歩いている長い行列を見て、「何だろう」と聞かれる方が多くみられたとのこと。
佐渡を世界遺産にする会、佐渡を世界遺産にする新潟の会並びに同首都圏の会が団結してウォーキングを成功させたことは、必ず良い結果をもたらすものと信じています。
以下、今日のウォーキングの状況を写真を中心にご紹介します。
板橋区役所平和祈念像隣りの広場に午前10時50分集合。
出発前の体ほぐしの体操をする参加者たち。
出発前の記念写真。
出発前、今日のウォークにあたっての注意事項等が司会者から述べられた。特に今日は暑くなる予報ですので自己管理を怠らないよう!!
主催者の各会会長が挨拶に立つ。
主催者首都圏の会坂田会長の挨拶。
主催者同新潟の会池田会長の挨拶。
佐渡の会萩野さんによる“出発”の合図で、板橋区役所前を出発。
板橋区役所を出発する金荷を背負う人たち。
JR板橋駅前の踏切を渡る一行。
中山道通りに接する大正大学脇の広場には、同大学地域創生学部の関係者並びに生徒さんが冷たい飲み物を用意していた。暑い中を歩いてきたので、冷たいお茶は、たいへん気持ち良い。しばらく休憩。
同大学地域構想研究所中村係長が挨拶。
大塚学長(佐渡市出身)、副学長、事務局長並びに臼木準教授(佐渡を世界遺産にする首都圏の会理事)は、臼木先生の母親の佐渡島内での葬儀出席のため不在だった。
しばらく休憩。
参加者が巣鴨地蔵通りで佐渡のチラシを配布している姿。
とげぬき地蔵のある「高岩寺」で昼食・休憩をとる。
午後1時30分、高岩寺を出発。
とげぬき地蔵「高岩寺」を出発しようとしている3団体代表の代官姿。
巣鴨地蔵通りの歩行者天国を歩き出した参加者のリックには、“佐渡を世界遺産に”。
JR巣鴨駅近くで後続を待つ、先頭の一行。
東大農学部の校庭で一服。戸田首都圏の会理事が、門の左手に在る忠犬ハチ公と上野先生の銅像の謂れを説明。
東大農学部を出発。暑いせいか、予定よりだいぶ遅れている。
神田明神前での記念写真。 後ろの門の左手にあった宮田文化庁長官(佐渡出身)のイルカ像は、隣りの会館建築のため、囲いされていて見ることができなかった。
(向かって左手にマスクをしている人がいるが、失礼だぞ。“すみません。外すのを忘れてしまいました”)
一行は、当時の江戸幕府の要であった日本橋の現日銀に立ち寄り、金荷を納めた当時に想いを寄せ、最終地点のお江戸日本橋脇に向かった。
「金銀20箱を御確認の上お納め頂きたく・・・」と証文を読み上げる首都圏の会坂田会長。それを受ける奉行役の伊藤佐渡市副市長。
最後まで歩きとおした代官役、金荷を背負う人夫役の皆々さん。
金荷の引き渡し式を終え、午後4時過ぎ、今日の予定はすべて終了、解散した。
事故もなくお江戸日本橋まで歩き終え、皆満足そう。更に参加者約50名は、懇親会へ向かった。
大宮からの3区間とも天候に恵まれ、また多くの方の参加を得て、今回30年度の金の道ウォークが完了したことは、大変うれしく、沿道の方々の声援や支援くださった皆様に厚く御礼申し上げます。
このうえは、7月末の世界遺産国内推薦が得られますことを祈念するばかりです。
(追記)
新潟日報社の記者が2名ほどこの金の道ウォークに参加くださいました。近日中に記事になるものと思いますので見落としのないよう・・・。
新潟日報モアには、11日正午ごろ掲載されました。 新聞には10日に載っていたとの情報がありましたが、モアでは遅れて・・・。
http://www.niigata-nippo.co.jp/news/local/20180611399027.html
(地域)に載っています。 2018/06/11 11:58