山本飛鳥の“頑張れコリドラス!”

とりあえず、いろんなことにチャレンジしたいと思います。
と思っていたけど、もうそんな年齢じゃなくなってきた。

出会い その4女

2008-06-17 20:30:34 | 日記
女ってのはどうなのかな?自分が女だと、女にはあんまり関心がないというのが、正直なところかな。
今どこに住んでるの?お子さんは?なんていうことしか、話さないかな。
女とは、いやじゃないタイプの人とはすでに高校の時に友達になっていることが多いから、それで言葉を交わさない人っていうのは、自分があんまり関わりたいと思わないようなタイプであることも多いかもしれない。
高校の時に、虫が好かなかった女と、今になって仲良くなれるモンだろうか?今になって、急に気が合うなんてことはおそらくないだろうね。
別にキライでもなかったけど、特に話す機会もなかったという理由で交流が途絶えていたような人とは、同窓会で言葉を交わすことがある。でも、元気ですか?とか、やっぱり無難なことを簡単に話すのみで、それ以上の関心はない。
親しい友人は何人かいて、そういう人とはいろいろと話すけどね。

今まで本当に知らなかった人で、自分とタイプが合いそうな人とは知り合いになってもいいと思うけど、やはりそういう人と初めて言葉を交わすよりも、もともと親しい人といっしょに話すことが多いから、やはり、同窓会で新しい女の知り合いを作る可能性は少ないように思う。

ま、男も女も、「自分には合わないタイプだな」と瞬時に外見で判断したら、もうかかわりを持とうとは思わないよね。
それで、それはお互い様で、私が話してみたいともけっして思わないようなタイプの男が、私に向って話しかけてくることもないと言えるだろう。

でも、学生時代に交流がなかったけど、男女を問わず、本当は気が合うような人も存在するはずだよね。


コメント

顔じゃないよね

2008-06-17 19:13:53 | 日記
今思うに、高校くらいのときは、異性を外見で判断していたと思う。
私は特に面食いだった。あんまりスポーツマンには興味がなかったし、人柄とかもどうでもよかった。
私はもともとクラスの男子なんかと交流を持つ気がなかったから、人柄がいいということで女子から人気のある男子にも、ほとんど関心がなく、用も無いのに関わることもなかった。
ただ自分が、容姿が気に入って好きだった男子は、きっと心もきれいに違いないと思いこんでいた。だから、遠くから眺めていてあこがれていた男子とは、機会あれば話などしてみたいと思いつつも、そういうチャンスはなく片思いのままだったし、ましてやその他の男子には、もともと何ら関心も持っていなかったのだ。

でも、今になってみると、それはずいぶんと貧しい人間関係だったし、見る目もなかったなと思う。
もっと内面を見たら魅力的な人や理解し合える人がいろいろいたんだろうと思う。
ふつうにいろいろなやり取りをして、この人いい人だなとか、面白いな、とか気が合うなと思える人が、本当は存在していたんだろうと思う。
また、外見で好きになった人に対しても、まずは容姿で、その人柄にはたいして触れようともしなかったということは、その人の中身を見ようともしていなかったことで、結局それも失礼な話だったと思う。

同窓会で、「あの人きれいだったよね」という話は、男女限らず良く出てくる。
同じ苗字が2人いて、一方は「ハンサムなやつ」とか、「あっちの美人のほうのAさん」などという区別をしているものだ。
そして、確かに、「ハンサムなやつ」や「美人のほう」はみんなの記憶によく残っているが、もう一方の普通のほうはあまり記憶には残っていない。
やはり、人間はきれいなものが好きなことに違いはない。
でも、こうやって中年になってみると、きれいで覚えていたからって、それはそれだけのことだった。
そして、今となっては、見苦しくなく歳をとっている人や、話をしてみて感じのいい人なんかが「いいなあ」と思う対象である。
ハンサムなやつや美人の人が出席してなくて、当時存在感のなかった人が出席していて、そして初めてその人に焦点を当ててみると、「このひとなかなか味があるじゃない」と思ったりすることがあるもんだ。



コメント (2)

出会い その3

2008-06-17 18:44:26 | 日記
これは、出会いとは言えないのかも知れない。「後でわかった」ことである。
同窓会会場には意外と早く着いてしまったのだが、そのとき、見たこともないような男性が一人到着していた。そのほかにも数人、同窓生がいたわけだが、その人たちの話では、その男性は高校時代から全然変わっていないそうである。
確かに、太ってもいないし、禿げてもいないから、若い頃と様相が変わってはいないだろうと思える。にもかかわらず見覚えがないとすれば、それはもともと知らない人だということである。
その人も、自営業のおっさん風ではなく、会社員風であり、なんとなく目が留まる状況だった。しかし、なんらとっかかりもないので、名前くらいは確認したものの、それで終わっていた。

そして、そのまま帰宅したわけだが、それからしばらくして、「あれっ?待てよ」と思った。もしかして、中学のときのあの人でしょうか???
私は女子体操部だったのだが、体育館の中で、その横に並んで活動していた男子体操部の中に、たしかに、そんな名前で、そんな顔をした男子がいたようなのだ。
しかし、私はその男子が同じ高校に行ったことさえ知らなかった。いや、確かにその人なのである。

そして、自宅にあった数年前の同窓会会員名簿を開いてみると、なななななんと、その人の勤め先が書いてあったのだが、それが、私が勤めている会社と深い関連のある会社だった。私はその関係の書類のチェックなどもよくしているし、仕事でその人の会社のホームページの内容まで定期的に確認しているのである。そして、私の会社からは社員たちが頻繁にその人の勤めるところに出張に行っているのだった。
私の職場の人は、その人を知っている可能性が高いわけだった。

にもかかわらず、同窓会の時点では、何の接点も無く、まったく知らない同窓生だと思っていたのだった。
そのひとは、理系のクラスだったので、私は高校でその人を見かけたこともあまりなかったのだと思う。
過去の名簿を見てみると、今のように個人情報がどうのこうのとうるさくない時代であり、出身大学から勤め先まで載っているのである。そのひとは理系の大学に進み、電気系の会社に就職し、その会社が、私が勤めている会社と関連しているというわけだった。

これが、会場でわかっていれば、いろいろ話ができたのにな~と思う。
私がその人を知らない人だと思ったくらいなので、そっちも同じように思っているだろう。
もし、次回の同窓会で会ったら、聞いてみようかな。

コメント

出会い その2

2008-06-17 01:09:30 | 日記
いっぺんに書こうと思ったら、長くなりすぎるので、ばらばらに書くことにした。

もう1人は、本当に知らない人だった。
しかし、この人はなかなかステキだった。
中年オヤジになっている男子が多い中で、この人は、どことなく品があるし、人柄もよさそうな感じだった。
話していると、東京近郊に住み、東京に勤めていることがわかった。

これは、やはりどうしても感じてしまうことだが、あきらかに故郷に住み続けている人間と、東京や横浜あたりに住んでる人間とは雰囲気が違うのである。地元の人間は地元の人間の色とにおいがある。まあ、服装なども全くの普段着でぷらぷらやってくるというのもあるだろうが、本当に緊張感がなく、ナアナアな感じだ。
一方、遠くから帰省する人は、カジュアルではあっても、どこか垢抜けしている。髪型なんかも違う。
それから、地元で独身で、だらけちゃってる人は最悪である。そこにいくと、妻帯者で子供もいるような人のほうがきちんとしていたりする。
というわけで、この人は、ちょっと都会的な雰囲気があり、家庭をもっていて、会社員であり、人当たりも自然で、非常に好感が持てた。
田舎を出て東京に進学し、そこで就職し所帯を持ち、普通の会社に勤めている・・・というところで、男と女の違いはあるにしても私と境遇が似ているといえるだろう。
奥さんも仕事を持っているということで、専業主婦の妻を持っている男性より話しやすい。

こんな人、高校時代に存在を知っていたら、やはり好感をもっていたかな?などとも想像するが、きっと高校時代は、高校生の女の子たちが特にあこがれるような存在ではなかったはずだ。高校時代に多くの女性から人気があるような人ならば、たぶん顔くらいは知っていただろうし、同窓会でも周囲に女性が群がるだろう。そういう気配がないところを見ると、今現在もこういうタイプが好きなのは、多くの女性ではないと思う。まあね、私はこういうタイプが好きだよね。
しかし、はっきり言って、とてもステキな人だったので、私の話し相手になってもらうには申しわけないような気がしてしまいました。ただ、思うに、こういうタイプは、私が勤めている会社の社員に近いかもしれない。ってことは、私はこういうタイプの人間に接するのは慣れているのである。
もしかしたら、地元で主婦をやっている人は、ちょっと敬遠するのかもしれない。また、地元で自営業をやっている男子もちょっと肌合いが違うのかもしれない。

それで、偶然近くにいたと言っても、何か必然的に会話が続く境遇だったのかもしれないな、と思う。



コメント (4)

出会い

2008-06-17 00:27:18 | 日記

同窓会とは面白いもので、昔の友達に会えるばかりではなく、新しい出会いもあるのだ。
今回、今まで知らなかった人と、話をしてみて、へえ~こんな人が同級生にいたんだな~、感じのいい人だな~と思う人がいた。また、友達のようになった人もいた。

なぜか、いずれも男性だったのだが、
まず、A君は、ほとんど記憶がなかった。ひょんなことから、帰りに少人数で一緒にお茶を飲んだとき、直ぐ近くに座っていたので話したのだが、なななななんと、同じクラスだったことがあったと、初めて気がついた。
顔も覚えていないし、名前もわからない。最初は全く記憶がなかったが、だんだん記憶がよみがえってきて、そういえばそんな人がいたなあと思いだした。A君は、あまり目立つ存在ではなかったのだ。特別ブサイクでもなく、ハンサムでもなく、本当にめだった特徴がないように思えた。そういう人というのは、大勢の中にいるとまるで個性が見えてこないし、特に用件も無ければ話す機会もないのだった。
それはそっちも同じことで、私のほうもなんのへんてつもない女子生徒だったので、向こうも顔だけは知ってたというくらいで、お互いに同じクラスだったことにおどろいていた。私はだいたい女性からモテる男はキライなので、こういう普通の人は違和感がなかった。そのひとは高校時代オチケン(落語研究部)だった。話しているうち、今になって、その人のひととなりみたいなものが見えてきて、そういうものが高校のときはぜんぜん見えなかったし、見ようともしていなかったことに気がついた。
めだたない野の花をじっとみると、どれもとてもきれいだったりするわけで、もっとひとりひとりをしっかり把握すればよかったなと思う。

でも、こういう同窓会で、卒業してから何十年もたって言葉を交わし、知り合いになるのはいいもんだなと思った。

コメント