山本飛鳥の“頑張れコリドラス!”

とりあえず、いろんなことにチャレンジしたいと思います。
と思っていたけど、もうそんな年齢じゃなくなってきた。

ザ・ピーナッツ

2016-07-12 22:51:16 | 日記
5月18日に、ザ・ピーナッツの妹のほうの伊藤ユミさんが75歳で亡くなったそうだ。そのニュースが伝えられたのは、7月11日で、永六輔さんの訃報が伝えられたのとほとんど同じだった。

つい最近、昭和の歌を調べていたときに、そういえば、ザ・ピーナッツって今どうしてるのかな?と思い、調べたばかりだった。
その時、姉の伊藤エミさんが、2012年6月に71歳で亡くなっていたことを確認した。妹さんのほうは、ご存命なんだなと思った。

そして、どっちがどっちだっけ?と思って調べたのだけど、先に亡くなった伊藤エミさんのほうが、沢田研二と結婚した人で、男のお子さんを生んでいるとのことだ。
その後離婚し、沢田研二は田中裕子と再婚したんだっけと、思いだした。

伊藤ユミさんのほうは、結婚はしなかったのか?芸能界引退後は、ファッションデザイナーをしていたそうだ。

ザ・ピーナッツの記憶は、子供のころ、「恋のバカンス」等を歌っていたのは覚えている。
怪獣映画で「モスラーやっ モスラー」と歌っていたのも記憶にある。

そして、これは個人的な記憶なのだが、子供の時に、伊豆スカイラインという道を車で走ったことがあるのだが、そこ(そこに行く途中?)にザ・ピーナッツの別荘と言われるものがあった。
その道は、伊豆の東海岸、伊東市宇佐美の海のほうから登っていって、亀石峠という亀の形をした石のある峠を越え、現在の伊豆の国市のほうに行く有料道路であった。
その宇佐美の平らなところから、だんだん坂を上がり始めるあたりで、右方向を見ると、そこに同じ形の白い建物が2つ並んで建っていた。2階部分が景色のよい方向に出っ張った形をしているように見えた。双子だから同じ形の建物に1人ずつ入って使うんだなと単純に思った。今になってみると、独身の双子姉妹が一緒に滞在するんだったら、建物が別れていたら不便な気がする。実際は共有部分があったのかもしれない。

車で走ったときに、「あれが、ザ・ピーナッツの別荘だよ」と教えられたのだった。
その後走ったときも、白い別荘を探した。

あの別荘は、どのくらいの期間使われたものなのだろう。今は何になっているんだろう。

Wikiで調べたら、ザ・ピーナッツは、名古屋の出身だそうだ。本名は、姉エミさんが日出子、妹ユミさんが月子というそうだ。

宇佐美の別荘に関しては、インターネットで探しても、どこにも記録はないんだけど、地元の人は覚えているのかな?

もしかしたら、あの建物は、ザ・ピーナッツとは何ら関係なく、デマだったりして。

すでにお二人とも亡くなってしまい、今後話題になることもないと思うので、記憶のために、ここに書いておくことにしました。
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永六輔さん亡くなる

2016-07-12 22:22:49 | 日記
永六輔さんが7月7日に亡くなったそうだ。
年齢は83歳。私の母より1歳若い。近年はパーキンソン病を患っていたという。

永六輔さんについては、子供のころに父と喧嘩をした思い出がある。
父は今生きていたら92歳であるから、永六輔さんより10歳近く年上であった。
父と私が喧嘩をしたのは、私が中学か高校のころだった。永六輔さんはまだまだ40代半ばくらいで若い人だった。

永六輔さんは、何かテレビ番組(「遠くへ行きたい」等)に出ていたかもしれないし、「せきこえのどに浅田飴」というCMをやっていたように思う。

私は永六輔さんの舌足らずのような発音の話し方が嫌いだったので、テレビを見ながら「この人嫌いだ」と言った。
そうしたら、父が「人をそういうことで判断するものではない。この人は有名な人なんだぞ」と言った。
「なんで、有名だからって高く評価するの?人間は有名とか有名じゃないとかで判断するものじゃないでしょ」と私は口答えした。
「有名だから」というだけで、「尊敬しろ」とか、「好きになれ」とか、納得できない、と反発したのだった。

今思えば、父が「有名な人なんだぞ」と言ったのは、永六輔さんが、それだけ世間からも認められており、すなわち、実際に中身のある人なのだ、と言いたかったに違いない。その人の中身を見ないで、発音の仕方がどうのというだけのことで、人を判断するなということだ。
当時の私も父の言わんとしたことは、わかっているはずであるが、その場では、父の言葉だけを取り上げて、反抗したのだ。

あのころは、反抗期だったのだろう。
父がクチャクチャ音を立てて物を食べるのも気に入らなくて、食事をしながら耳をふさいだりしたこともあった。

父は真面目な人だった。人を外見で判断してはいけないとよく言っていた。だから、私が不細工でも、けっしてブスだなんて言わなかったし、父はかわいい子だけをかわいがるような人ではなかった。簡単に人を好きだとか嫌いだとか決めてはいけないと言っていた。

そのくせ、なぜか父は秋川リサが嫌いだと言った。バカみたいな女だと言っていたと思う。秋川リサは深夜番組に出て、バカみたいなことをペラペラしゃべっていたようだ。
一方、当時の女優では、風吹ジュンや岸本加世子なんかは、バラエティー番組に飾りのように出演していて、何をしゃべるわけでもなく、バカみたいに見えたが、今ではこの3人は、いい感じの中年女性になっている。若い時に、中身が空っぽのように見える人でも、年月を経て深みを増す。

話がそれたけど、そういう点では、永六輔さんは、若いころから、中身のある人だったんだろう。

私は永六輔さんが具体的に何をしていたのかよく知らないのだが、主にラジオ番組のパーソナリティをしていたようで、元は放送作家だったそうである。そして、坂本九の「上を向いて歩こう」の作詞者だそうだ。
随筆も書いているようで、1994年に刊行された「大往生」というエッセイは、世間でも話題になったので、題名だけは記憶してる。

今になって1つくらい著書を読んでみようかと思っている。
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