山本飛鳥の“頑張れコリドラス!”

とりあえず、いろんなことにチャレンジしたいと思います。
と思っていたけど、もうそんな年齢じゃなくなってきた。

私の理想

2007-12-18 00:34:20 | 未分類過去
先週は、閲覧数7472、アクセス124という驚く数字でしたが、昨日は同じ日曜日でありながら、閲覧176、アクセス78という少なさ。

日曜日だから多いというわけではなく、興味を引く題名なのか、文中にキーワードがあるのか、ということで、影響するのかもしれません。

いずれにしろ、何かのきっかけでせっかく増えた数も、このように激減するということは、書いている内容があんまり面白くないからだろうな~と内省しているところです。

しかし、何か面白い話題はないかな~と思っても、特にないんだな。

このごろ印象に残っている言葉が、みのもんたさんが、タマホームという家のCMの中で言っていることばですが、
「普通の人が普通に働いて普通に買える家」だったかな?
そんなようなことを言っています。

これは本当に理想の世界ですよ。これが現実だったらいいな、と素直に思います。

このCMやタマホームや、みのもんたさんについては、賛否両論あるようですが、ブログなどでもたくさん取り上げられているところを見ると、あのCMはかなりの人々の印象に残り、CMとしては成功しているといえるでしょう。
私は、あのCMのみのさんは好きです。

タマホームが本当に普通の人にも買えるような値段で、しかもすごく良い家なのかどうかは、私にとっては関係ありません。
現代のこの世の中で、特に都会では、家が普通に働いて普通に買えるものではないことは確かだからです。
厳密に言えば、建物は確かに買える値段だと思いますが、土地が買えないというのが正しいところでしょう。マンションにしたってその土地所有分が買えないわけでしょう。

だから、都会で家を買いたい、あるいは借家でもいい、まともな家に住みたいと思ったら、それに見合うだけの仕事を自分がして、収入を得なきゃいけないと思うのであり、
まともな家に住むことに見合うだけの働きが、自分にあったらいいなというのが、私の憧れです。

昨日見た山本有三さんの三鷹の家。それは山本有三の人格に合っているなあと思いました。
南向きのテラス、お子さんが3人いて、家族団らんのできる家。2階には洋室と和室の2つの書斎があり、そこで着実に仕事をされたことでしょう。

そこまで立派じゃなくてもいいですが、私の理想は、やはり普通に働いて普通の家に家族で楽しく暮らしたいということです。

それで、今日の結論ですが、
ブログのアクセスと閲覧が増えることと、人並みの家に住むことのできる程度の収入を得ることが、現在の私の希望っていうところでしょうか。
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平穏な休日

2007-12-16 23:58:41 | 未分類過去
昨日と今日は特別な用事がなく、ゆったりとした気分で過ごしました。
勉強ではない読書をしたり、気の向くままに散歩をしたり・・・。

こういう日が2日続いてあれば、5日間連続して働いても大丈夫そうな気がします。
逆に、土日に一日中の放送大学やシンポジウムなどの用事を入れてしまうと、かなりきついかなあと思います。

ちなみに今日は、夫と一緒に三鷹から吉祥寺まで歩き、途中にある山本有三記念館を見学しました。
とても素敵な家でした。
山本有三は、長生きした人で、有意義な人生を送り寿命を全うした人だなあと思います。
この家には10年ほど住んだそうですが、戦後に進駐軍に接収され、その後別のところに住み、老後は神奈川県に住んでいたようです。

その前に、この三鷹の家を東京都に寄付して、子どもたちが図書館のように利用する施設として提供してくれたようです。
心の温かい人だなあと思いました。

時間があれば、山本有三の小説や随筆なども読んでみたいものですが、今の私には文学にかかわっている時間はなかなかありません。
でも、文学の世界が懐かしいなあと思ったしだいです。

学生時代は戦前の作品でも、それほど違和感無く読んでいましたが、さすがに最近は時代の隔たりを感じるのではないかと思います。
でも、昭和40年代まで生きておられた方なので、古くないものもあるのでしょう。尊敬できそうな人なので、時を見て読んでみようかと思います。

今日は、カメラを娘に貸していて、自分のカメラがなかったので、赴くままに写真を撮る楽しみがありませんでした。
また、春にでも行ってみようと思います。

近くの多摩川上水は両岸に木々がぼうぼうに茂っていました。流れる水が澄んでいてとてもきれいで、大きな鯉が泳いでいるところもありました。
太宰治が入水した場所は見逃してしまいました。

それから井の頭公園の中を通って吉祥寺に出ましたが、三鷹から井の頭公園に続くこのあたりは、静かで自然が残っていてとても環境のいいところですね。

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アタミステリー紀行

2007-12-15 16:53:45 | 未分類過去
以前このブログにコメントをいただいた方のブログを今朝読んだところ、「アタミステリー」のことが紹介されていたので、興味深く思い、今年の作品「恋人たちの聖地」を読んでみました。
これは、熱海に住む森村誠一さんが熱海との企画で、毎年書き下ろしているミステリー小説であり、今年ですでに5回目になるそうです。
その作品を読んで、そこで出題されている謎を解き、熱海に設置してあるスタンプを押して応募すると、いろいろなものが当たるというものです。
作品はパソコンで読むことができますが、その謎を解くためには、実際に熱海に行ってみるのが、一番いいでしょう。
これは、熱海の観光のため、土地起こしのために、すごくしゃれた企画だな~と感心しました。
しかし、せっかくのすばらしい企画なのに、あまり世に知られていません。ぜひぜひ皆さんに読んでいただき、熱海に足を運んでいただきたいと思います。
熱海でロケをして、テレビドラマにしても面白そうなんだけどな~

私は熱海が知らない土地でもないので、今年の作品「恋人たちの聖地」を読んでいて、あれあれ?と思うところがありました。そうしたら、ちょうどそれが「眺めた海の光景に明らかな誤りがあります。それを指摘してください。」という出題になっていました。
そのほかの問題も、観光コースや梅園については、ネットで調べたら正解がわかりました。

応募の締め切りは21日です。応募したいところですが、現地のスタンプがないので、できません。この間、MOA美術館に行ったときに知っていれば、親水公園まで行って、スタンプを押して来ることもできたんですが・・・。来年は忘れずに作品を読んでから行って来ようと思います。

そんなわけで、熱海を懐かしく思い、11月に行ったMOA美術館から見下ろした熱海港の写真を載せておきます。
この写真では、遠くの島は写っていませんが、熱海から一番近い初島、それよりは遠いけどそう遠くはない伊豆大島など、近々行ってみたいな~と思いました。

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この「ていたらく」

2007-12-15 13:24:54 | 未分類過去
「ていたらく」というのは、堕落したようなひどいさまを言うのかと思っていたら特にそういうわけではないらしい。
現在では悪い意味に使われることが多いが、もともとは、ある物事の様子をいうときに、「体(てい)たり」(そのような体である)というふうに言ったらしい。その「く」語法とかいうことだが、文法はよくわからん。
この「ていたらく」という言葉、パソコンで漢字語に変換されないし、漢字でどう書くんだ?と思った。結果としては「体たらく」となる。
最初、「てい」はもしかしたら「低」?、「らく」は「落」か「楽」?、なんだか楽な方に低い方に行っちゃってる状況に思えた。
辞書を引いてみて判明したことは、「てい」は「体」だが、あとは助動詞(?)であるのでひらがなということである。

前置きが長くなったが、昨夜から今日にかけて、私の生活はひどい「ていたらく」なのである。
休みの日に「腑抜け」になるのはいつものことだが、昨夜は夫が夜勤で次女が旅行、長女はバイトで夕飯を食べに来るわけでもない、ということで、珍しく1人暮らしの状況になった。

「もし家族がいなかったら、私は会社の帰りに1人でラーメンでも食べて帰りたいところだ」と思うこともあったのだが、昨日の場合、残業もなく4時すぎに会社を出ると、まだ時間も早いし、1人でレストランやラーメン屋に入るのも面倒だし、おもしろくもないような気になり、いつものスーパーで適当な食材とインスタント食品を買って帰宅した。
何か作ろうかと思っていたものの、まず腹ごしらえに「カップ天ぷらそば」を食べた。本物のてんぷらそばは私の大好物だが、インスタントにしても「きつねうどん」や「ラーメン」より「天ぷらそば」を選ぶことが多い。
その後、今度は、電子レンジで温めて食べる「パイ包みクリームシチュー」を食べた。缶ビールも飲んだ。これでだいたい満腹になったが、またしばらく後にご飯に納豆を載せて食べた。
結局、何にも作ってない。そして、テーブルの上には、カップ麺やシチューの容器やビールの空き缶などが散乱し、まるで1人暮らしの独身男の家のテーブルのようになってしまった。

風呂を沸かそうと思ったが、たった一人はいるために水を入れて沸かすのももったいないように思い、面倒くささも手伝って風呂は休みにした。

1人だから、テレビもゆっくり見られるし、放送大学の勉強もできるとは思ったのだが、テレビはたいしたドラマもやっていないし、勉強もする気にはなれない。
DVDでも借りてこようかと思ったが、それも面倒だ。
結局、何をみるともなくごろごろしているうちに、うたた寝をしただけで、その後、ブログを読んだり書いたりして一日を終えた。

家族がいないと、自由を謳歌するどころではなく、限りなく堕落の道に進むということが判明したしだいである。

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第3号被保険者

2007-12-13 22:28:19 | 未分類過去
来年からパートの勤務日を増やそうと考えているのだが、そうなると、自分で厚生年金に加入する可能性が高い。
年収130万円を少し超えたくらいで、厚生年金や健康保険を自分で払うようになると、逆に収入が減るのではないかと思うくらいである。
うちの場合、夫の給料に、配偶者扶養手当というのはないから、その分が減るというおそれはないが、私が扶養控除からはずれることにより、夫の所得税が上がることは確かである。
そして、夫の厚生年金の引き落とし額は変わらないのだそうだ。
そういえば、「第3号被保険者」ってのは、夫がまとめて保険料を払っているわけでもないのに、基礎年金を払っている取り扱いになり、老後に基礎年金をもらえるというのはどういうことなのだろうか?と疑問に思った。
そこで、社会保険事務所に聞いてみると、本当に妻の分を夫や会社が払い込んでいるわけでもないとのことだった。
それはずいぶんと優遇されすぎではないかと、どうも腑に落ちないので、ネットで調べてみた。
そうしたら、会社員の夫や会社員の夫の会社などが、個々に加入者の妻の分を払ったりはしていないが、厚生年金や共済年金の制度全体でその分を負担しているのだそうだ。
それならば、「第3号は実際には何も払っていない」などと、皮肉を言われる筋合いではないだろう。
とは言え、国民年金を自分で払うと1万円以上もするのだから、妻の分の全額を厚生年金制度から出せるのかなあ?と不思議に思う。いったい制度全体で負担している額がどの程度の割合なのかはわからないままだ。

全く、年金というのはわけのわからないものだ。

今まで、サラリーマンの妻として優遇されてきたのは喜ぶべきことかもしれないが、いざ、そこから外れるとなると、なんだか不公平な制度だなあと思う。
結婚していない独身の人や、結婚していても自営業の人の妻の場合は、自分で払わなきゃいけないのだから、どうしてサラリーマンの妻だけが・・・と思うわけだ。
今度は私が自分で負担するのに、相変らず夫から引かれる額は変わらないというのも苦しい話だ。うちの夫の払ったお金が、回り回ってよその奥さんの年金に支給されるのかと思ってしまうし、私が払い込んだ金額の一部もよその奥さんの老後に支給されることになるのだろうか?

仕事時間を増やして収入が増えると、いったいどうなるのか、逆に損しちゃうのか、全然わからないが、週に4日働き3日休みというのも中途半端だし、やはり普通に働いてみようかと思っている。
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カラスの勝手でしょ

2007-12-12 21:37:39 | 未分類過去
とは言うものの、このごろのカラスは変だ。
夜中に昼間のように飛び回っているの。
カアカア鳴いてみたり、楽しげに活動しているのだ。
何か緊急事態で、警戒して目をさましたっていうんじゃなくて、
日常茶飯事、夜間に元気に動きまわっているのです。
つまり、夜行性になったのです。
鳥目ではないのです。
昔は、夜空を飛ぶのはコウモリくらいだったと思うが、
今では、あの大きなカラスが飛び回っているのです。
街灯や集合住宅の外廊下の電気なんかが、明るいからなんでしょうか?

それで、カラスはいつ寝るんだろうなと思った。
カラスも昼寝をするのだろうか?
人間の生活習慣に合わせて、カラスの生活習慣も変わったんですね。

カラスの勝手じゃなくて、人間の勝手で、カラスが変わったのかもしれない。
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配偶者手当?

2007-12-11 23:40:36 | 未分類過去
そんなの関係な~い! 我が家

同僚が103万円の壁にこだわるのは、所得税の配偶者控除の関係ではなく、夫の会社の配偶者手当の関係であることがわかった。
妻の給料が103万円を超えると夫が毎月もらっている給料の配偶者手当がなくなってしまうのだそうだ。
妻の給料が103万プラス100円にでもなろうものなら、夫の給料に毎月ついていた3万円の配偶者手当がなくなるという。
つまり、妻の年収が100円増えただけでも、夫の年収が36万円も減るってわけか?
それじゃあ、なんとしても103万の壁を守ろうと考えるはずだ。

それで、うちの給料はどうなってるの?と調べてみると、配偶者手当だとか子供の扶養手当だとか全くないのだそうだ。もちろん住宅手当などすべての手当てがない。夫の場合、単純に給料額の決まっている1年かぎりの契約社員である。だからボーナスや退職金も当然無い。厚生年金・健康保険・雇用保険はあるが・・・。

というわけで、私の収入が増えたところで、所得税が変わるだけで、夫の給料が減ることはないのだった。

この配偶者手当について調べてみると、だいたい月に1万円から3万円くらいついている会社が多いようである。
しかし、たとえば東芝などは、一流企業であるものの、配偶者手当を廃止したそうだ。なぜならば、共稼ぎの夫婦が多くなったからであり、その代わりに子供のいる人に扶養手当を充実させることにしたらしい。
これは、納得できる。子供もいないのに働かないで家でぶらぶらしている妻のために、会社が余計なお金を出すのは理に合わないだろう。

ところで、お金をもらうと困っちゃうという主婦が同僚にいるっていうのはちょっと複雑だ。パートタイマーがもらえる微々たるボーナスがあるが、私の場合、夫のボーナスもないので、できるだけ多いほうがいいな~と思っていた。
昨年より少しは上がるかな?とちょっと期待していたが、昨年と同じだった。パートの場合は査定ではなく、勤務年数によると聞いたが、いつになったら額が上がるのだろうか?それとも上がらないのだろうか?
しかし、所得が超過してしまう恐れのある主婦は、金額が増えると自分の年収計算が合わなくなるわけだから、いっぱいもらうとこまるわけだ。
収入を制限するために有給休暇もつかわずに、無給の休暇にしてどっと休んでいたくらいだから、会社も気を遣ってボーナス額を抑えてくれたとかいう話だ。

それは、勝手にしてくんさいと思うが、ところがそうはいかない。
もしかして、その人の意向に合わせて他の人のボーナスまで抑えてるんじゃないだろうか?あるいは、時給がこれ以上アップしないっていうのも、そういう人に合わせて他の人の時給まで抑えてるんじゃないでしょうね。

世の中には、そんな悠長な奥さんばかりではないのだ。
配偶者手当の関係ない主婦に給料をくれ~


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7472PV

2007-12-10 17:57:35 | 未分類過去
どうなっちゃってるのよ

昨日の閲覧数が突然こんなにいっぱいあった。
アクセスは124で、いつもよりは多いものの、驚くほどではない。
昨日は日曜なのでアクセスは多少多いのもあたりまえだ。
しかし、そんなことで、普段200くらいの閲覧が、7000にもなるとは異常である。
恐るべきは、誰か特定の人が、いままでの蓄積されている私のブログ記事を読み飛ばしたか、読まなくとも開いたかということだ。
そのようなことになるケースというのは、誰か知らない人が私のブログに関心をもってくれたのかもしれないが、もしかしたら知人が私のブログを見つけたとも考えられるのだ。
それはとても恥ずかしいことなので、恐ろしいのだ。
突然、閲覧数だけが増えるのは要注意であり、場合によってはブログを閉鎖したほうがいいかもしれないのだ。
どこかに、ヤバイことが書いてあるかもしれないのだ。

まあ、もう少し様子を見よう。。。
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先日見た夢

2007-12-10 00:54:52 | 未分類過去
高校時代あこがれていた「美」が、私に会いに来て近くまで来ているという。
「美」というのは、そのあこがれていた人について仲間内で話すときの呼び名である。

私はかなり面食いだった。私の高校時代の卒業アルバムをうちの子供が見ていて、私が何も言わないのに、「この人ジャニーズ系だね」と「美」の写真を指差していた。
今で言ったらどこか滝沢くんのような要素があり、昔では、どこかマークレスターの少年時代にも似ていたような気がする。

夢の中では、私は独身であり、場所は故郷である。
その日、「美」と会う約束をしてあって、約束どおり「美」が電車に乗ってやってきたのであり、もう着いたという電話連絡だった。
今どこにいるのかと聞くと、駅だという。
駅は遠い。私の家はもっと海の近くなんだから、こっちまできてくれなきゃだめだ。

そのように伝えるとこっちに向って来るということになった。駅から家までは20分くらいかかる。
しばらくすると、家のそばまで来たとの電話があった。
えっ、もう来たの?
私はまだ、やることがいっぱいあって出かけられないし、着替えもしてないし、まだまだ時間がかかるのよ。

それで、「美」を延々と待たせることになった。

なぜ、大切な憧れの「美」を待たせているのか、全く理解できない夢だ。

そんなに好きな人が来るのがわかっているならば、前々から会う準備をしているはずだし、いざ、最寄り駅まで来たとなれば、待たせないように、何をおいても私の方からすっとんでいくはずだ。

ところが、夢の中の私は、自分は動かず、「美」に家まで来いと命令し、来たら来たで、「美」を待たせ、今すぐしなくてもいいような掃除をしたり、テレビを見たり、どうでもいいことを延々とやっていて、一向に「美」に会いに行く準備が進まないのだった。そして、「もう少し待ってて」などと言いながら、もう何時間も待たせてしまっているのだった。

なんで、気持ちに行動が伴わないのか、全く不可解な夢だ。
そして、一方では、こんなに待たせてしまってもう取り返しがつかない・・・とあせっている自分がいた。

それで、思い出したことがあるが、以前やっていたテレビドラマ「ホタルノヒカリ」でホタルが好きな恋人との約束をコロッと忘れ、家に帰って缶ビールを飲んでいたことがあった。
どうして、そんなに楽しみにしていたデートをコロッと忘れてしまうのだろうか?

でも、そんなことはありえないことでもない。
どんなに望んでいても、コロッとはずしてしまうようなことは、本当は望んでいないことなのかもしれない。あるいは、自分にはマッチしない行動なのかもしれない。

かくして、夢の中でも、「美」が私の家のすぐそばまで来て待っていてくれたのにもかかわらず、私が延々と時間を延ばし続けたゆえに、会わずじまいになってしまった。

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どことなく精神病

2007-12-09 16:08:22 | 未分類過去
昨日、駅のホームに上がっていくと、携帯の相手と話している60代くらいのおじさんがいた。
「なんていったかな~今はやりの病気」
誰かが休んだかどうかしたらしいのだが、その原因は何かという話しをしているらしい。
“今はやりの病気”って何だ?と思った。
インフルエンザ?
ノロウィルスは今年ははやっていないみたいだし・・・。
それとも、そんな風邪ごときではなく、何かもっと大変な伝染病でもあるかな?
そう思って歩いていくと
「あれ、何だっけ、あっウツ病だ。ウツ病で休んでるんだよ」とおじさん。
“はやりの病気”ってウツ病なの?
確かに、現代社会はウツ病の人が多いようだが、「今はやり」という表現はちょっと抵抗がある。伝染病じゃあるまいし・・・。
しかし、そんなに軽々といわれるほど今やありふれた病気になっているということか。

そういえば、20~30年くらい前は、ウツ病っていうのはほとんど聞いたことがなかった。その当時よくあったのは「自立神経失調症」だった。
当時、身近なところでは、職場に自立神経失調症の先輩が転勤してきた。別の部署で休みが多かったので、会社の配慮で職種を変えたものの、やはりバリバリ働くという状態ではなく、仕事を覚えるのも遅くなり、ミスが多くて結局は辞める方向に持っていかされた感じだった。
当時、自律神経失調症というと、「ああ、怠け者の病気ね」と捉える人もいた。具合の悪さは人にはわからないので、ぐずぐすしているとしか思えなかったりして、なかなか理解されない病気だ。

その自律神経失調症は、最近はあまり聞かない。
また、関係ないが、「ヒステリー」なんていう言葉も、昔は機嫌の悪い女性に対してよく言われ、一種の生理的病気のように扱われていた。そのヒステリーの人も最近はあまりいないようである。

もっと昔になると、夏目漱石のころは「神経衰弱」が流行っていたのかもしれない。それも時代に特有の精神状態である。
精神的な不調は昔からあるが、同じものではなく変遷している。

今いる「ニート」。昔はいなかったのだろうか。プー太郎、居候、風来坊かな?
女性で昔よくいたのは「家事手伝い」というものだ。不思議に今、「家事手伝い」と名乗る女性はいない。みんな「フリーター」か「ニート」になってしまったようである。
「家事手伝い」なんていって、まあ、本当に親の介護や家事をしている人もいただろうが、実際は家事などはしないで、単に親に養ってもらっていた人も多かった。また、「花嫁修業中」などという人もいたが、今現在「花嫁修業中」なんていうのは聞いたことがない。

言葉が、なくなったらそういう人はいなくなったのか、あるいは、同じ状況の人が別の言葉で言い表されるようになったのかと思う。

昔の「自律神経失調症」も、今言う「ウツ病」にかなり近いのではないかと思ったしだいだ。

私は、仕事の無い日は腑抜けになる。これも一種の精神病ではないかと思う。
仕事に関連した放送大学などがあると、ちょっと元気が出てしまうが、それも挫折してサボりとなると、またまたヤル気がなくなり、布団をかぶって昼寝をするのみ。
昼ごはんを作るのも買いに行くのも面倒なので、食べ物も食べない。
起き上がる気も何にもしない。動力源というものがなくなってしまう。自立神経失調かウツじゃないかと思う。

このままでは、また昼間中寝て暮らすことになるので、気持ちを奮い立たせて置きあがり、とにかくどこかに出かけなくてはいけないと思い、しかし、化粧をするのも面倒くさく、素顔のままで、自転車に乗って、花屋にパンジーを買いに行った。
人は血・・・じゃなくて、人は血・・じゃない!また出た・・・(何で「一鉢」が「人は血」になるの!)
一鉢150円のパンジーを13鉢1950円分買い、庭に植える。
新しくもらった公営住宅の庭は、広くて広くて全然花が足りない。1万円分は買わなきゃだめそう。そんなの無理。
もともとあった狭いほうの庭に植えることにした。
花はきれいだ。
しかし、こういうことを、楽しんでいるのではなく無理やりやっているという気がしてしまう。

やはり、頭が変だと思う。



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また挫折か

2007-12-09 00:48:30 | 放送大学
放送大学の数学の授業に出たのだが、また、化学と同じ状況になってしまった。
全くわからない。時々頭の中が真っ白になってしまう。
あせればあせるほど、考えがまとまらなくなる。

集中型の困るところは、つまずいてもそのまま3コマ一気に進んでしまうことだ。
これが、1日1コマずつだったら、家に帰ってじっくり考えることもできる。

また、授業が始まる前に、何をやるかが具体的にわかっていれば、予習もできるのだが、いきなり行ってみなければ何をやるかがわからず、解説書などもない場合、前程となる基礎知識だけに頼ることになるから、自分にそれが無ければどうにもならない。

前回の化学実験のときも、1日目はいきなりだったので非常にわかりにくかった。2日目は1日にもらったテキストを元に予習をすることができたので、なんとかついていけた。
今回の数学も、今日はさんざんだったが、今日もらったプリントで予習をすれば、明日はできるかもしれない。
しかし、今日は面接授業が終わって帰宅したのが10時ころであり、それからやっと夕飯を食べ、こんな時間になってしまったので、もう力尽きた感じだ。
明後日仕事というのを考えただけでも、家事もたまっているし、どっと疲れが押し寄せてくる。

高校まで、数学・化学・物理などの授業で困ったことは一度もなかったのに、今や落ちこぼれだった英語とまるで同じ状況になっている。さらにコンプレックスを増やすことになってしまった。

面接授業恐怖症になりそうだ。一通り放送授業で理解してから、面接授業に出ないとダメかもしれない。
やはり、放送授業をマイペースでやるのが精神衛生上よさそうである。

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一体感

2007-12-08 00:31:38 | 未分類過去
同じ職場で働き、いっしょに業務を遂行する集団であること。
それを実感できるのは、もしかしたら、仕事を離れた飲み会の場であるのかもしれない。

パートタイマーは割り切って働いている人が多い。
だから、時給に結びつかない活動にはかかわりたくないと思っている人も多いようだ。
時給に相当する分だけ働いて、報酬を得ればあとのことは関係ないという意識である。

しかし、それでは、あまりにも無味乾燥で、つまらないのではないだろうか。

この会社に勤めていてよかったな、と思うのは、仕事中ではなく、仕事から離れてリラックスして、本音で話したり、仕事とは関係のないバカなことを言ったりするときではないだろうか?
一緒に過ごして楽しい場に遭遇することによって、今後また、この集団の中で頑張っていこうという意欲が湧いてくるような気がする。

この社員さん、こういう個性の持ち主だったんだ!と仕事では見られない一面を発見したりするのも面白い。
不思議にも、そんなところから信頼感が生まれ、それが、仕事上の潤滑油になったりする。
また、それぞれの性格や好みを知ることから、仕事上のやり取りでも、無意識のうちにも相手に適したやり方が自然にできたりするのではないか思う。

何事もコミュニケーションが大切だと思う。
コミュニケーションは人間の活力の元である。

組織全体の集りに出なければ、組織全体の空気を読むこともできない。
そして、自分自身もその組織の良い空気になじみ、自らも空気を作り上げる一員とならなくてはいけない。

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コートを買った

2007-12-06 23:32:46 | 未分類過去
今日は予定通りコートを買いに行った。冬物は一部安売りになっている。
家の近くの量販店で見たら、2万5千円のコートが半額になっていて、ベージュと黒とグレーがあり、その中の黒がよさそうだった。
私のサイズは9号か11号なのだが、ベージュを試着しているうちに、別の人が同じコートの黒とグレーを試着しに行き、そのまま黒を買っていってしまった。
黒はそのほかには13号しかない。13号を着てみると意外にそれほど大きすぎるという感じでもなかったが、やはりそのサイズには抵抗があるのでやめた。
グレーは他の服と合わせにくいし、ベージュは汚れが目立ちそうなのでやめた。

それで、電車に乗って別の街の量販店に行った。いいなあと思うと3万以上する。
チャコールグレーで襟ぐりが広く、大き目の襟がついた若向きの可愛い感じのコート(19800円)があり、それがいいかなと思ったが、形がAラインっていうんだろうか、パンツなら合うが、スカートだとスカート丈や形によって合わない場合がある。それに、やはり若向きのは自分に無理があるような気がした。
それで、迷った末に、結局は全くシンプルな黒のショートコートを買ってきた。おもしろくもなんともないが、まあ、年相応で落ち着くし、無難ではある。
それも、19800円で、セールにはなっていなかった。
もう少し待てば値下げされそうだが、やはり9号11号はすでに売れていてあまり数がないので、次に来たときにはないかもしれない。また、セールを狙って行くような暇もないし、わざわざ足を運んで時間も費やしたので、思い切って買ってしまった。
そのほかに、今着ているセーターがことごとく、着ざらしになってきたので、セーターも買い、ストッキングやスカーフも買ってきた。全合計3万円弱。

この程度の買物をするのにも、後でカードの引き落としがあって、その時に預金残高が恐ろしく減っていて、また夫の定期預金を解約することになると思うと、ヒヤヒヤである。

今後、できれば仕事を毎日したいと思っている。そうすると、月に4日出勤日が増えるから、2万4千円くらい給料が上がることになる。その金額があると思えば、その分で服が買える計算になる。

しかし、その分、夫の控除が減り、公営住宅の家賃が上がったらどうなるのか、見当がつかない。それにまだ会社のほうで検討中で、勤務時間の増加が決まったわけではない。
捕らぬ狸の皮算用だったかもしれない。

明日の東京は暖かいようだから、明日は今日買ったコートは要らないかもしれない。
道行く人を見ると、変なものを着ているひとも多く、いちいち服装を気にすることもないような気もする。

服というのは、気合を入れればいくらでも入れ甲斐があり、切りが無いが、手を抜くなら、それもまたいくらでも手の抜けるものだなあと思った。


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行動がもたらすこと

2007-12-05 23:08:57 | 未分類過去
今年の冬は寒いというので、新しいコートが必要かな?と思っている。
ここ数年、私はコートらしいコートを着ていない。特に、ロングコートは脱いだ時に面倒くさいので、今後も買おうとは思わないが、短かめのコートで、ちょっとまともなものが欲しいなと思い始めた。
近々、会社の忘年会があり、今年は地元ではなく、都会に繰り出していく。だから、少しまともな格好をして行きたい。

会社の忘年会は昨年初めて参加した。昨年はパートタイマーで参加したのは2人だけだった。その一人は、もう会社を辞めてしまった。今年はまた、古いパートさんも、新しいパートさんも誰も参加しないようである。お子さんのいる人などは、夜出かけるのは抵抗があるようだ。
昨年までは、私も、誰か一緒に行くパートの人はいないかな~と気にしていたが、今年はもう周りを気にすることはやめた。自分と同じ考え方の人をいちいち探すのも大変だし、行きたくない人を無理やり誘っても仕方が無い。人それぞれだから、自分の思うとおりに行動することにした。
社員さんの中に特に親しい人がいるわけでもないので、どういうことになるか見当もつかないが、職場で孤立して黙々と仕事をするのはイヤだ。仕事中に話をするわけではないが、仕事以外でコミュニケーションをとり、どういう人かが分かっていれば、仕事上でも気心が知れてやりとりが円滑に進むような気がする。
結局、そういう目的意識で行くわけだが、そこまでする気はないというパートさんが大部分ということである。私は、もうそういう空気には合わせないことにした。自分の思うとおりにする。そういう点では一歩前進したと思う。

そのことはそれでいいのだが、今日のテーマはコートのことである。というか、服装のことである。思えば、昨年も忘年会に行くのに変な靴じゃ恥ずかしいと思って靴を買った。
人間っていうのは、そのようにどこかに出かけるということをきっかけに物を用意するようになる。その結果、恥ずかしくない服を身につけたりし、無理をして高価なものを買ったりする。そうすると、そのための収入も頑張って得ようとする。
そうやって、前進していくのかもしれない。

それが、もし家にいてどこにも出かけないのなら、服を買う必要もないし、身だしなみに気を遣うこともないままである。
人と話す機会がないならば、どのような話し方をするべきかなどと自分が人に与える印象を気にしたりもしないままである。
だから、やっぱり行動をしたほうが、人間は表面的にも内面的にも洗練され進歩すると思う。

今日言いたかったことはそういうことでした。



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ピラカンサ

2007-12-03 00:21:31 | 植物・花・木
昨年に引続き、今年もピラカンサの画像をお届けします。
今年は、少し雰囲気が変わっています。
昨年より木が大きくなったので、実も広範囲にわたって
葡萄の房のようにたくさんなっていますね。
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