1993年
注目の新外国人選手、郭李がシート打撃に初登板した。木戸、久慈ら打者十二人に対して被安打2、四球1で、三振2を奪った。2本の安打も会心の当たりではなく、また、萩原のバットを折るなど球の重さを印象付けた。「感じとしては結構よかった。気持ちよく投げられた」と郭李は満足そう。最高141キロの直球のほか得意のフォークボール、カーブ、スライダーを多彩に投げ分けた。
郭李の投球にスピードガンが持ち込まれたのは、この日が初めてだ。捕手の後ろで、三宅チーフスコアラーが構えた。その直前には捕手を務めていた有田コーチがミットをほうり出して、西口捕手と交代していた。「怖くなって代わった。手元でものすごい変化をするんだ。巨人で捕ったことのあるサンチェのような感じだ」とケンプボール(ムービングファストボール)の威力に、改めて驚かされていた。しかし郭李自信はケンプボール以上に、実は「速さ」にこだわっている。そんな中で三宅チーフのスピードガンは「145㌔」を記録した。もちろんまだ全力投球ではない。本人は「全体では60%の出来」と言うのだ。「平均で140㌔前後です。まあ145㌔ということより、初速と終速のスピードの差が少ない、いわゆる伸びのある球というのが特徴です」と三宅チーフ。中村監督は「楽しみだねえ」と連日、ただただ褒め言葉を並べるしかない。台湾時代の最高が、バルセロナで記録した153㌔。「もちろんまだまだ速くなる」と郭李自身は言い切る。
揺れる、シュートする、スライドする…。「いまのはパームだろう?」「いや、スライダーじゃないの?」ネット裏に陣取った首脳陣も球種選定に戸惑うほど、そのボールはさまざまな変化を見せた。本邦初公開だ。これがウワサの七色中華フォーク。この日、シート打撃に初めて登板した郭李が披露したウイニングショット。「勝負どころでも平気で…あれは絶品だよ」トラの銀腕の本領発揮に、思わず嘆息した指揮官である。「きょうはフォークの出来が良かった。でも、困ったらフォークってこともないよ。台湾時代にもいろんな変化球をミックスして投げていたからね」MAX141㌔。本人も速くなかったと認める通り、ストレートには依然バラつきが多い。「ストレスもたまっているだろうし、何より体中が張ってる状態じゃないの」途中からマスクをかぶった木戸も「仕上がり50%」と位置付ける。だが、このウイニングショットだけは別だ。見逃し三振に仕留められた関川が「佐々木(横浜)よりすごい」とうなる。木戸の打球を右足甲に受けた後も、平気な顔でマウンドへ。1、2球のカウント球からどんどん配してくるフォークに、どの打者もアキレ顔だった。加えてケンプ・ボール(ムービング・ファストボール)に「こっちの方がいい」と山田が言う高速タテ割れスライダー。それに上田投手コーチからリリースポイントのアドバイスを受け、低めへ決まるようになったカーブと、すべてのボールが判別しにくく打ちづらい。ボンヤリとしていた郭李の神髄が、これで中村監督の目にも明確化したはずだ。「やっぱり実戦派なんだなあ」二十四日の紅白戦を経た後、早ければ三月九日、甲子園での対西武オープン戦で七色中華フォークが対外試合先発デビューする。
1999年
今季、阪神からCPBL和信に入団した郭李建夫投手が、3月16日の対三商戦に先発し、8回を投げて被安打6、奪三振8、四死球3、2失点の好投で、初勝利をマークした。6回まで完璧なピッチングであったが、7回から球威が落ちて2失点。しかし、中学、高校とバッテリーを組んでいた黄釣瑜捕手は「ストレートとチェンジアップが良かった。これから投げ込んでいけば、もっと良くなる」と語り、李来発監督も「見通しが立った。これで五輪時のフォークが投げられれば、二ケタいける」と大喜びであった。