1976年
ライオンズに異色の新人が入団した。吉田隆史投手(たかふみ)投手(22)=179㌢、76㌔、右投げ右打ち、興国高ー大阪商大だ。全く無名ながら、速球、シュートの切れ味は抜群。しかも南海のテスト合格をソデにして「ライオンズでのチャンスにかけたい」と自ら飛び込んできた無名の男である。西鉄グランドホテルの入団発表で、新入団選手の最右翼に座った吉田は「僕までこんな席に出してもらえるなんて思っていなかった」と。ほおを真っ赤にして感激していた。それもそのはず、他球団もテスト入団で、ドラフト組とは差別を受けるところだ。が、ライオンズは「スタートは一線だ。もはや一位も二位もない」(中村オーナー)という考え方で、この異色の新人を温かく迎え入れてくれた。「ライオンズは思っていた通りのチームです」と吉田。興国高では一年生で退部したが、大学に入ってから野球熱が再燃、野球部に入り直した。再スタートが遅れたため、大商大ではエースの斎藤投手(大洋ドラフト1位)の陰に隠れ、オープン試合で登板していた程度だが、生まれつきの負けじ魂が昨年からむくむくと頭をもたげていた。昨年十月に南海の新人テストを受けた。合格したが、この時は保留した。「もう一年、学生野球で腕試しをしたかった」からだ。ことしも南海のテストにパス。それでも「オレの力を最大限に生かす方法は、南海入りではないような気がした」のだと言う。そんな時期にライオンズのテストを知り、小遣いをはたいて鹿児島に飛んだ。鴨池球場で、彼の速球、シュートが、ひときわ試験官の三浦コーチの目を引いたのは当然だろう。投手王国南海のテストをパスした実力に加えて、自腹でテストに参加したファイトが相乗効果をもたらしたのだから・・・。「こんな掘り出しものも珍しい。テストで初めてじゃないか」と三浦コーチ。九十数人の受験者の中からタッタ一人だけの入団だった。「どうも私にはね。新人王になった加藤君(現巨人)の再来のような気がしてならないんだよ」と中村オーナーもゾッコンだ。「弱いチームほどチャンスがある」と信じてやってきた吉田ド根性に注目しておこう。
ライオンズに異色の新人が入団した。吉田隆史投手(たかふみ)投手(22)=179㌢、76㌔、右投げ右打ち、興国高ー大阪商大だ。全く無名ながら、速球、シュートの切れ味は抜群。しかも南海のテスト合格をソデにして「ライオンズでのチャンスにかけたい」と自ら飛び込んできた無名の男である。西鉄グランドホテルの入団発表で、新入団選手の最右翼に座った吉田は「僕までこんな席に出してもらえるなんて思っていなかった」と。ほおを真っ赤にして感激していた。それもそのはず、他球団もテスト入団で、ドラフト組とは差別を受けるところだ。が、ライオンズは「スタートは一線だ。もはや一位も二位もない」(中村オーナー)という考え方で、この異色の新人を温かく迎え入れてくれた。「ライオンズは思っていた通りのチームです」と吉田。興国高では一年生で退部したが、大学に入ってから野球熱が再燃、野球部に入り直した。再スタートが遅れたため、大商大ではエースの斎藤投手(大洋ドラフト1位)の陰に隠れ、オープン試合で登板していた程度だが、生まれつきの負けじ魂が昨年からむくむくと頭をもたげていた。昨年十月に南海の新人テストを受けた。合格したが、この時は保留した。「もう一年、学生野球で腕試しをしたかった」からだ。ことしも南海のテストにパス。それでも「オレの力を最大限に生かす方法は、南海入りではないような気がした」のだと言う。そんな時期にライオンズのテストを知り、小遣いをはたいて鹿児島に飛んだ。鴨池球場で、彼の速球、シュートが、ひときわ試験官の三浦コーチの目を引いたのは当然だろう。投手王国南海のテストをパスした実力に加えて、自腹でテストに参加したファイトが相乗効果をもたらしたのだから・・・。「こんな掘り出しものも珍しい。テストで初めてじゃないか」と三浦コーチ。九十数人の受験者の中からタッタ一人だけの入団だった。「どうも私にはね。新人王になった加藤君(現巨人)の再来のような気がしてならないんだよ」と中村オーナーもゾッコンだ。「弱いチームほどチャンスがある」と信じてやってきた吉田ド根性に注目しておこう。
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