1977年
近鉄に掛布二世?が現れた。ドラフト二位ルーキー石原修治内野手(18)=182㌢、72キロ、右投げ右打ち=がその期待の若手。掛布と同じ千葉県の出身(我孫子高)。中央球界では全くの無名だが、西本監督が一目見ただけで「アイツはスターになりよるで」と太鼓判を押したほど。西本監督といえば49年の対阪神オープン戦。当時無名の新人で打席に立った掛布の素質を見抜いていた人。「バッティングセンスは素晴らしいものがある。リストが柔かくてフォームもしっかりしている。将来は必ず出て来る選手や」こういって報道陣に予言したものだった。その掛布の姿を現在の石原にみるという。「パンチ力はいいし、顔、スタイルどれをとってみてもスターになる素材を持っている」鬼の監督がこれほどホメるには、やはりそれなりの魅力を感じているからだろう。甲子園経験は一度もなし。中央球界では全くの無名であった。それでいてドラフト2位に指名したのには、やはり将来性を高く買ってのことである。一番の魅力は160メートルもの超特大ホーマーを記録したパンチ力。昨年4月の招待試合、左翼場外はるかかなたに消えたボールに、両軍ベンチはただあっけにとられたとか。並の選手ではいくら力んでも生まれないホームランであった。秘めた素質に根っからの練習好き。こんなところからも掛布二世の声がかかるゆえんである。やはり昨年春のことだった。足をネンザして、全治1か月の診断。しかし「休みたくありません」といい張ってつづけた練習がまたすごかった。痛む足を庭の木にしばりつけ、素振りに暮れたのである。念願のプロに入ったいま、石原の目標は一も二もなく掛布である。「同じ千葉県の出身ですし、トシも近い。ボクも努力すれば…。精いっぱいがんばってみます」手薄な内野陣に泣く西本近鉄。石原にとっては大きなチャンスといえる。