プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

マイナープロ野球選手生年月日

2017-08-26 18:50:12 | 日記
河井進 大洋 昭和24年7月3日生

田村登志親 ロッテ 昭和25年3月27日生

岡田英樹 太平洋 昭和24年4月19日生

鮫島康夫 太平洋 昭和24年2月28日生

池田公成 太平洋 昭和27年7月19日生

狩野芳明 ロッテ 昭和25年9月22日生

長鋪光洋 大洋 昭和27年10月8日生

奈良正男 ロッテ 昭和25年5月9日生

太田黒誠二 中日 昭和22年6月29日生

猪田利勝 中日 昭和28年9月11日生

中村公夫 西鉄 昭和23年9月13日生

芦田宏 近鉄 昭和27年6月1日生

荻原勝 ロッテ 昭和25年5月7日生

小松昭二 産経 昭和23年7月3日生

小橋輝也 近鉄 昭和24年7月7日生

田中祥浩 大洋 昭和27年9月8日生

樫出三郎 阪神 昭和22年4月10日生

小山日出夫 中日 昭和22年6月3日生

飯尾尊雄 巨人 昭和24年6月22日生

副島末男 阪急 昭和26年5月21日生

高須正美 阪急 昭和27年4月10日生

潮田輝夫 産経 昭和22年3月21日生

永本勲二 南海 昭和19年10月18日生

井上武 巨人 昭和22年4月8日生

平沼一夫 東京 昭和16年5月31日生

上地英満 産経 昭和25年3月23日生

川口敏春 西鉄 昭和24年2月19日生

村田清美 西鉄 昭和23年5月9日生

溝口健二 西鉄 昭和23年8月10日生

川端英文 巨人 昭和23年3月25日生

岩月宏之 中日 昭和17年5月9日生

新谷憲三 中日 昭和18年10月29日生
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上林成行

2017-08-25 21:54:37 | 日記
1972年

主戦格に台頭した上林が、松浦を助ける。松浦がワザなら上林は力のピッチング。スリークォーターから投げる速球は重く「ストライクさえ投げていれば打たれない」(吉田監督)第二次準決勝の新日鉄光戦で2安打、1四球のまとまった投球で完封勝ちし、すっかり自信をつけた。

投打に一日の長があるクラレの順当勝ち。新日鉄・大町、クラレ・上林両投手とも好調なスタート、三回まで淡々と進んだ。しかし二巡目にはいった四回、当たりの出たしたクラレ主軸打者につかまった。先頭の安川が中前へ今大会初安打、林田四球で無死一、二塁。和田はつまりながらも左前へ持ってゆき、安川がかえって1点、さらに川田のバントで一死二、三塁としたあと、藤田が二塁後方に落として2点目をあげた。六回には敵失を足場に3安打で2点、七回にもスクイズを決めてソツなく加点した。上林はこのリードに速球、カーブをのびのびと投げ2安打、1四球と新日鉄につけ入るスキを与えなかった。
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嵯峨野昇

2017-08-25 21:33:55 | 日記
1963年

国学大・嵯峨野昇三塁手(22)=1㍍77、70㌔、右投右打、文学部四年、鎌倉学園出=は、二十五日、ノンプロ日立製作所に入社が決まった。同選手は入学してすぐ正一塁手、それ以来クリーンアップ・トリオを打ち、足も速い。今秋三塁へコンバートされ、東映、南海、巨人のスカウトから注目されていた。
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大場隆広

2017-08-25 20:47:32 | 日記
1967年

中日の新人大場投手が、二十日ウエスタン・リーグ、対阪神7回戦に先発、7回まで投げてプロ入り初勝利をあげた。

松本がようやく一軍入りしてきたあとだけに、大場の初勝利には、ネット裏で観戦していた西沢監督、近藤、大友コーチ、柴田スカウトら首脳陣は「夏からが楽しみだ」と喜んでいた。「オールスターあけからは、松本、大場の両左腕を先発させて・・・」と近藤コーチは、いきのよい投手陣を夢みている。大場はキャンプからオープン戦と順調に成長、西沢監督も「公式戦が楽しみだ」とさえいっていたほどだった。ところが、登板予定日になると雨で流れ、そのうちに肩を痛め、あせってフォームをくずし、中山コーチも「ことし一年はむりかもしれない」と悲観的だった。五月十八日、広島とのオープン戦に先発、二回で6失点の不成績を最後に試合にも出ず、じっくり調整した。一ヶ月、中山コーチとマンツーマンの練習で「腕の振りを大きくし、体重をもっと前にかける」大きなフォームになってきた。この日の先発が決まったのは、十日、大阪での対南海戦後。「3点はやるから、しっかり投げろ」と坪内監督に激励されての先発だった。6回まで3安打。7回3四球を連発、三宅のタイムリーを浴びて、鳥谷に交代したとはいえ「まさかあれまでもつとは思わなかった」(坪内監督)というほどの力投だった。ネット裏で好評だったのは内角低めにズバリと決まる重いストレート。このタマさえコントロールされれば、すぐ一軍でも通用するからである。

別府鶴見丘高時代も投手歴は三年生の一年だけ。まだすべて未完成の大場だけに、首脳陣の期待も大きいようだ。「スピードは松本の方があるが、タマは軽い。大場はスピードでは一歩後退しても、重いタマなのが魅力だ。カーブはどちらもシャープ。タマを放すポイントの、タイミングさえしっかり身につければ、一段と成長するはずだ。どちらもそれぞれの特色がある。二人が負けるものかせりあえば、きっとプラスになるはずだ」と近藤コーチはいっている。「大場を送り出せば、あとは外山です」と坪内監督は約束している。
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清俊彦・竹之下五十三・若林淳至・野上国博・島田伸也

2017-08-23 22:07:11 | 日記
1963年

西鉄ライオンズは、二十七日午後市内万町の球団事務所で、宮崎高鍋高の清投手をはじめつぎの五選手の入団を発表した。

投手 清俊彦(せいとしひこ)(18)=1㍍77、67㌔、右投右打、高鍋高、研修期間百試合。

竹之下五十三(18)=1㍍77、73㌔、右投右打、鹿児島高、研修期間百試合。

若林淳至(18)=1㍍74、68㌔、左投左打、福岡電波高、研修期間百試合。

野上国博(18)=1㍍78、73㌔、右投右打、別府緑ヶ丘高、研修期間百試合。

内野手 島田伸也(18)=1㍍73、82㌔、右投右打、高知商、研修期間百試合。

いずれも背番号未定。清、竹之下両投手は南九州の高校球界で一、二といわれる本格派。若林投手は今春二年生部員の暴力事件で出場停止処分を受けていたが、それまで六割台の高打率をマークするなど、打撃面でも注目されていた。野上投手は稲尾投手の後輩で昨年秋の県大会でノーヒット・ノーランを記録している。島田内野手は高知商の四番打者で、四国高校球界ナンバー・ワンの大型内野手。
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野呂瀬義昭・大熊忠義

2017-08-23 21:44:48 | 日記
1963年

阪急は十八日午後大阪梅田の航空ビル内でつぎの二選手の入団を発表した。

投手野呂瀬義昭(19)=1㍍74、70㌔、右投右打、大阪高ーノンプロPL教団、背番号未定、研修期間百試合。

内野手 大熊忠義(20)=1㍍75、75㌔、右投右打、浪商高ー近大二年中退、背番号未定、研修期間五十試合。

大熊選手は東映の尾崎とともに、三十六年浪商高の二塁手として春、夏の甲子園大会に出場、夏は優勝している。関西六大学ではことし春のリーグ戦で打率三割二分七厘(ベスト・テン七位)秋は三割七分五厘(二位)をマーク、三塁手としてベスト・ナインに選ばれている。野呂瀬投手は十月上旬からテスト生として練習に参加していた。速球が武器の本格派投手。
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上林成行・太田清春

2017-08-23 21:29:43 | 日記
1973年

近鉄は二十二日午後一時三十分から球団事務所で、ドラフト会議で指名した二選手の正式入団発表を行った。

ドラフト3位、クラレ岡山・上林成行投手(24)=国府高(愛知)180㌢、75㌔、、右投げ右打ち。

同6位、西濃運輸・太田清春投手(22)=高田学園高(三重)180㌢、75㌔、、右投げ右打ち。

上林投手は四十二年に南海、四十三年は広島、そして昨年は太平洋と過去三度の指名を拒否、ことし十一月、クラレ岡山の野球部解散でやっとプロ入りに踏み切った異色。同投手は今秋の産別大会一回戦で投げ合ったが「はっきり覚えていない」と、席上顔を合わせ苦笑い。
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川口敏春・溝口健二

2017-08-23 21:11:59 | 日記
1966年

西鉄ライオンズは九日、九州経営学園(長崎)の川口敏春投手(17)、同学園溝口健二遊撃手(18)の入団を発表した。これで西鉄の新入団選手(移籍を除く)は十三人になった。

川口敏春投手=身長175㌢、72㌔、右投げ右打ち、背番号は82。切れのよいカーブを持っている。

溝口健二内野手=身長172㌢、70㌔、右投げ右打ち、背番号81。長打力はないが脚力がある。
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巨人軍投手 1964年

2017-08-22 21:09:17 | 日記
1964年

巨人は四日午後、東京・銀座西の球団事務所で入団を内定していた北川工・高橋ら六投手の入団を発表した。これで巨人の新入団選手はシーズン中に獲得した黒江、堀田、菅原を含め九選手になった。

高橋一三(17)=1㍍77、70㌔、左投左打、北川工
辻佳久(17)=1㍍83、72㌔、左投左打、金沢高
倉田誠(17)=1㍍83、78㌔、右投右打、鶴見高
池田正憲(17)=1㍍77、77㌔、右投右打、関東学院三春台高
津野剛志(17)=1㍍75、73㌔、右投右打、宮崎南高
扇原修(17)=1㍍77、65㌔、右投右打、富山県氷見高

高橋、辻、池田は本格派のサウスポーで速球を武器に真っ向から勝負するタイプ。とくに高橋投手は昨夏の広島県予選で盈進商から15三振を奪って一躍注目され、近鉄、阪神、広島、大洋、東京からも誘われていた。池永(下関商)獲得を担当した木戸スカウトが、高橋のピッチングをみて、急ぎ池永から高橋にくらがえしたほどの大物だ。辻は春の甲子園大会では準々決勝戦まで進出。落差の大きなドロップ、シュートの切れもいい。大洋にきまりかかったのを青木スカウトが巻きかえした池田は今夏の神奈川県予選で慶応高からノーヒット・ノーランをマークしている。扇原は四番で投手。しかも俊足。春の富山県大会に優勝、北信越大会に出場している。倉田は多摩川球場で川上監督、中尾コーチらのテストを受けて合格。また津野は宮崎キャンプのとき内堀スカウトが目をつけた速球投手だ。
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水谷実智郎・日置司

2017-08-22 20:21:30 | 日記
1964年

中日は一日午後六時、中日球場内ブレス・ルームで、愛知昭和高・水谷実智郎投手(18)=1㍍82、67㌔、右投右打=と岐阜短大付高・日置司投手(18)=1㍍81、72㌔、右投右打=の入団を発表した。水谷投手はことし13勝5敗、今夏の岐阜県予選では三回戦で一宮商に敗れたが、上手からの速球が武器で、一試合平均十二個の三振を奪っている。日置投手はことし8勝1敗。切れのいいカーブが得意で岐阜県予選では準々決勝まで進んだ。四番打者としても活躍し、五割の打率をマーク。いすゞ自動車の日置良一捕手、西濃運輸・日置述平外野手の実弟。

西沢代理監督「二人とも身長は申しぶんないので、これからからだをつくっていけば楽しみだ。水谷くんはみていないが、日置くんのピッチングは予選でみた。なかなか切れのいいカーブを投げていたので、それをのばせばカーブ投手としてものになるだろう」
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谷哲男

2017-08-22 20:06:21 | 日記
1964年

中日は三十日、市内中区南外堀町の球団事務所で、市立西宮高・谷哲男投手(17)=1㍍83、73㌔、右投右打=の入団を発表した。昨年の春、夏と今春の計三度甲子園大会に出場している速球投手。背番号は未定。
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土橋修

2017-08-22 19:55:49 | 日記
1964年

阪神は、十三日からファームの練習に参加していたノンプロ日本新薬の土橋修投手(20)=1㍍78、68㌔、右投右打、和歌山・粉河高出=の入団を決めた。同投手は真っ向から投げおろす本格派で、南海、東映、阪急からもさそわれていた。
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赤井喜代次

2017-08-22 19:51:06 | 日記
1964年

国鉄は二十六日、本田技研の赤井喜代次捕手(20)=1㍍77、77㌔、右投右打、享栄商出=の入団を発表した。同捕手はさきに大倉山のグラウンドで行われたテストで七十人の応募者のうちから選ばれたもの。背番号は未定。
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笠崎壮夫

2017-08-22 19:45:34 | 日記
1963年

大洋は十八日午後三時から東京・銀座の球団事務所でノンプロ八幡製鉄の笠崎壮夫(たけお)投手(22)=1㍍69、70㌔、右投右打=の入団を発表した。同投手は三十五年下関商から八幡製鉄にはいり、同年夏の都市対抗に中日・権藤(当時BSタイヤ)とともに日鉄二瀬に補強されて出場してからことしまで、都市対抗に連続四年出場。ことしは八幡製鉄のエースとして、一回戦では帝国石油(秋田)から毎回の12奪三振を奪ったが、二回戦で河合楽器に敗れた。サイドスロー投手で広島、西鉄、近鉄などからもさそわれていたが、下関商の先輩、引地スカウトの熱意が通じて大洋入りとなったもの。同投手はすでに四日から多摩川グラウンドでの秋季トレーニングに参加している。

笠崎投手「大洋はふんい気がいいチームだと聞いていたので、入団できてうれしい。ノンプロならスピードさえあればある程度いけたが、プロはコーナーをねらわなければ通用しないと聞いている。その点、コントロールには自信がある。得意の球はスライダーとシュート。別所さんという名コーチがはいってこられたのでいろいろ教えてもらいたい。目標は同じ型の秋山さんだ」
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升井真喜人

2017-08-21 21:54:39 | 日記
1963年

日南キャンプに参加している南海・升井真喜人投手(26)は、十九日退団を申し出て鶴岡監督の了承を得た。こんごは任意引退選手となる。同投手は今シーズン初めから力のおとろえを感じ、ユニホームを脱ぐ気持ちになっていたもの。

升井投手「だいぶ前から自分なりにいろいろ考えていた。野球とは無関係だが、あとの仕事のことも一応メドがついたし、このあたりが引きどきだと思う。監督も了解してくれた」
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