イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

三角帽子の似合う男(ヤツ)

2010-08-06 23:34:00 | 朝ドラマ

さほど肩入れしてハッピーゴールを願っていたわけではないけれど、いずみちゃん(朝倉えりかさん)とアシスタント倉田くん(窪田正孝さん)の別れのラストはじんわり良かったですね(@『ゲゲゲの女房』)。

おばば=野際陽子さんのナレーション「こうして、いずみの長い夏休みが終わりました。」で、ちょっと早いけれど自分の夏休みが終わったような、じんわり淋しい、でもかけがえのない思い出で心のポケットがふくらんだ充実感も混じった、温かい気持ちになりました。そうだ、これは“夏休み”だったのだ。

父親の号令で、出産する姉の手伝い、でも内心はかねて夢見ていた東京に滞在できてひそかにウキウキ。しげる義兄さん(向井理さん)の仕事への厳しい姿勢にひととき反発を感じ、布美枝姉ちゃん(松下奈緒さん)の静かな覚悟と根性に改めて敬意を抱き、漫画雑誌編集部の男臭い喧騒に興奮、ゼタ編集部郁子さん(桜田聖子さん)の颯爽たるキャリアウーマンぶりに憧れ、そして倉田との出会い。最悪な第一印象から、秘めた不器用な優しさを知り、一人前の漫画家を目指す努力を知り、さざ波のようなときめき、逡巡、苛立ちと傷心を経て、ささやかでも確かな気持ちの確かめ合い。

学期と学期の間のそれではなく、大人への階段の、踊り場のような夏休み。東京のはずれの調布の、姉の嫁ぎ先と義兄の仕事場を取り巻く、ごく小さなミクロコスモスのような世界への、1年少々の短期滞在でしたが、愛ある少数の人との交流は、大都会の第一線で慌しく揉まれる以上に、いずみには貴重な成長体験だったのではないでしょうか。

何より「私はまだまだ甘ちゃんだね」と自覚し、仕事に生きるのはカッコいいとか、仕事のために家族を構わないのは冷たいとか、旦那の稼ぎをあてにする主婦はつまらないとか、人がそれぞれの境遇でぎりぎり考えて選んだ生き方をどうこう論評する前にまず「私が前に進まないと」と地に足をつけたのが最大の成長でした。

このドラマの主人公はあくまでも布美枝ですが、布美枝がすでに選択してそこにあり、迷いなく守っている家庭・夫の仕事といった状況を、初見の、それも人間としても女性としても迷いざかり発展途上の、若いいずみに見せて反応させることで、鏡に映すように布美枝の覚悟・料簡を浮き彫りにする。仕事がなく原稿料も途絶えがちで赤貧洗うが如しだったしげるに“来るべき時”が来た先々週あたりから、“あとは昇り調子の夫の仕事を見守り、子供を産んで育てるだけ”の単調なお話になってしまう可能性もあったのですが、いずみを使ってうまいことストーリーに起伏を与え、回り回って布美枝さんを「目立たないけどやっぱりすごい、偉い」と思わせ輝かせました。

ゼタの部数を伸ばし大きな雑誌にする絶好のチャンスだった大手出版合併話の破談で、辞表を出し深沢社長(村上弘明さん)と訣別した郁子さんについて、いずみは「意外と冷たいね、幻滅した」と失望をあらわにしましたが、布美枝は、対照的な人生を行く郁子さんの選択を自分と重ね、“仕事に生きる人は、仕事のために、好きな人とも別れなければならないことがある”と察し、「お二人ともつらい思いされただろうなあ」とつぶやきました。

郁子さんにとっての仕事に匹敵する何かがもし自分にあったら、そのために自分は夫と袂を分かてるだろうか。捨てる、別れる選択ではなく、守り、踏みとどまる選択を貫いてきた自分。声高には言わないが、布美枝さんは“覚悟のある人”だから、郁子さんの覚悟を透かし見ることができたのです。

自分から何か新奇なことをやって見せるわけではない、言わば保守・維持型のヒロインの、こういう形での劇中の輝かせ方もあるんですね。

「仕事が大事か…私にはようわからんわ」といずみは白旗気味でしたが、一番大切な何かを死守するために、同じくらい大切なほかの何かを、涙をのんで手放さねばならない決断のときが、いつか、何らかの形で、彼女にも来るはずです。いまはそのための準備のとき。

“倉田さんにはいまは漫画家修業が一番大切なものだから、それに専念させてあげて、かげながら応援してあげるのが最大の好意の表現”と気づくことができたご褒美に、倉田くんからこの世にたった一枚の、自筆の肖像画がプレゼントされました。布美枝姉ちゃんの、しげるさん筆の一反木綿像のように、手作り額を作って飾っておくといいことがあるかも。

そう言えば布美枝実家のきょうだいたちも女友達も軒並み見合い結婚で、いちばん奔放ガールだったユキエお姉ちゃんも、親に内緒のボーイフレンドはいたけれど、気の進まないお見合いから逃げるときは、彼氏と手に手をとってではなく叔母ちゃんの家だったし、序盤から概して“恋愛色(しょく)”、恋愛体温のうすい、いまどき珍しいドラマではあったのです。未熟な、でも気だてのいいピュアな若者同士の、青春の教科書のようなほのかに甘ずっぱい心のかよい合いは、夏休みで在宅視聴の学生さんや小さいお友達にも親しめる、微笑ましいアクセントにもなったと思います。

名残惜しそうだったスガちゃん(柄本佑さん)だけでなく、雄玄社北村さん(加治将樹さん)もいずみちゃんにぞっこんだったはずですが、帰郷を知ったら残念がるだろうなあ。『鬼太郎』TV化決定の報、電話でなく走って知らせに来れば会えたのに。

いや、彼がいないからいずみちゃん、倉田くんと2人差し向かえたわけだから、いなくてよかったんですけどね。村井家、もとい水木プロ、駅から遠いし。走って来たら汗びしょで絵的にも暑苦しいし(酷)。

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みんなで歌おう

2010-08-05 14:57:33 | アニメ・コミック・ゲーム

「げ、げ、げげげ、のげ?…」と出来たてほやほやの『ゲゲゲの鬼太郎』歌詞を一生懸命読む布美枝さん(松下奈緒さん)が微笑ましかった(@『ゲゲゲの女房』)。

素の松下さんも、『鬼太郎』ソングはおなじみだと思うんですが、メロディーで、なんならイントロ効果音つきで、子供の頃から覚えている歌詞を、いま初めて歌詞単体で目にしたかのように演技で読むのって、プロの役者さんでも結構、大変な部類の仕事だろうと思うんですよ。どうしてもフシがついちゃう。

「おさかなくわえたドラネコを」までは棒読みできても、「…追っかけて」は「おぉっっかけーて」と伸びてしまうし、「思い込んだら、試練の道を、行くが男の」まではするっと行くけど、「…ど根性」はどうしたって「どこんーーじょぉぉぉお」と粘りたくなってしまう。

「さらば地球よ、旅立つ船は、宇宙戦艦」までは何てことなくても、「…ヤマト」は「やぁぁぁまぁぁぁとー」にならざるを得ない。

水木プロを立ち上げしげるさん(向井理さん)の漫画の仕事が一気に増えて嬉しい悲鳴の一方、「最近はお父ちゃんの背中が見えんことがある」「浦木さんの言うのも当たっとった、ろくに(夫婦の)会話がない」とちょっこし嘆かわしい布美枝さんですが、苦戦していた『鬼太郎』ソングの作詞を「できたばっかりだ、まずオマエに見せようと思っとった」といそいそ持ってくるしげる。編集者より先にナマ原稿に接する至福は、愛妻の特権です。

「歌ができたおかげでTV化がぐっと進展したが、“墓場”がスポンサーに受けない、タイトル変更できないか」と船山P(風間トオルさん)に持ちかけられ、豊川編集長(眞島秀和さん)とともに俄かに卓袱台タイトル会議となって、「そう言えば、なぜ“ゲゲゲ”なんですか?」と豊川が訊くと、「自分のことです、子供の頃“シゲル”と言えなくて、“ゲゲル”と言っとったんですよ」「いまでは昔なじみ(の友人)もゲゲと呼ぶようになって」と説明するしげるに、食卓から“そうそう、そうでしたね”“東京に来るとき、浦木さんと出くわして、そのとき聞いたんでしたね”と懐かしさをこめて頷く布美枝。

やはりこの2人は、信頼と尊敬と感謝、ねぎらいで固く結びついているだけでなく、“忘れ難い時間をどれだけ共有しているか”でも追随を許さない。高年収で社会的地位の高いエリートなご夫婦でも、旦那は旦那で仕事、接待、飲み会、奥さんは奥さんで家事に子育て、ママ友付き合い趣味カルチャーと、てんでに別個の時間を積み上げるのみで、対社会的にだけ“夫妻”をやっているようなカップルでは、如何に円満に満ち足りて見えても「そうそう、そうでしたね」が少ないから、こうはいかないと思う。

いまはアシスタント3人を使い、原稿取りが詰めかける売れっ子先生になりましたが、電気を止められた仕事部屋でロウソクを頼りに夫婦で原稿を仕上げた日々が、遠くはなっても消え失せることはない。酸いも甘いも、辛いも苦いも一緒に飲んで噛み分けた記憶がある限り、このご夫婦は大丈夫でしょう。

一日も早くデビューをと焦り気味なアシ倉田(窪田正孝さん)に頼まれて、しげるが新人賞の応募原稿を見てやり、「早こと世に出ても、促成栽培ではすぐに枯れてしまうぞ」「本を読んだり資料を調べたり、いまのうちに勉強しとかんと、脳味噌の貯金がすぐに無くなる」「一生懸命なのはいいが、近道はいけん、近道を行ったら、その先は行き止まりだ」と、改めてみずからの漫画家人生の来し方行く末を思うように語る場面もよかったですね。

最初は鼻白み気味だった倉田が、ひとり仕事机に戻って、「絵も雑、ストーリーも練られとらん」と先生に一刀両断された自作原稿を見返し、「ほんま、これではあかんわ」と冷静さを取り戻して、次の作品への意欲を燃やしていくことができた。絵でも詩でも小説でも、楽曲でも、出来上がりホヤホヤだと、作ったときの猛烈な体温の“照り返し”や“湯気”に当てられて、作った本人にはアラが見えないものです。時間と心理のインターバルをおいて、“作者”ではなく“他人”になって見返す必要がある。

このコマが、ここのネームがどう足りない、どうおかしいではなく、「一生懸命なのはええが、焦ったらいかんな」と、自作に距離をとるべく、水木先生は水を差してくれた。クリエイターにとって、仕事がない時期の暇な時間をどう活用したかが、いずれ来るチャンスの後に効いてくる。

溢れる画力やセンスを謳われて鮮烈デビューしたものの、読書量や雑学知識、実生活の見聞など“脳味噌の貯金”が乏しいために短期間で磨耗し消えてしまった描き手を、先生は大勢見てきたのでしょう。戌井(梶原善さん)の北西出版“特別顧問”を買って出て、新人の投稿を見せられたときも、しげるさんは「促成栽培」を厳に戒めていました。

“生活が貧乏でも、人として貧しくなってはいかん”を信条に、苦しい家計から趣味の戦艦模型を買って艦隊再建を試みたり、「売れなかった長ーい時間の過ごし方が、売れているこんにちの自分を在らしめている」と、水木先生は揺るがぬ自信があるから、自立や仕送りを気にしてデビューを焦る倉田へ、説得力のあるアドヴァイスができたのです。

「よっしゃ、また一からやり直しや」とペンを持ち心機一転する倉田を、引き戸の陰から見守るいずみ(朝倉えりかさん)、しげる義兄さんがホンモノの漫画家なら、布美枝姉ちゃんもホンモノの漫画家女房。倉田さんにはホンモノになってほしいけど、私はお姉ちゃんのようなホンモノになれるだろうか?との自問自答もあるようです。

ところで、劇中の倉田は中卒の看板屋見習い7年を経て水木プロに来ており、まだ20代前半。一方しげるはすでに40代半ばです。

ところがしげる役の向井理さんが、やんわり老け目に中年メイクし、座ったとき肩や背中を丸めにする演出、演技の小ワザ程度じゃ微動だにしない(?)若見えさん(←実年齢28歳)なばかりでなく、倉田役の窪田正孝さんも、この役相応を余裕で通り越して、まだまだ現役高校生役がいける超のつく童顔くん(←明日6日がお誕生日で満22歳)なので、なんだか2人の師弟シーンが部活の先輩後輩みたいなんだな。

その絵空事感、有り得ねー感が、“漫画家とその女房の物語”にまたいいんですけどね。

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ほんまおおきに

2010-08-02 20:06:08 | テレビ番組

『ゲゲゲの女房』を毎話視聴していると、長期間多話数の連続ドラマの、“作り方の要諦”について考えさせられることがあります。

この枠ならば、半年間、週6回を20数週。これだけ長丁場となると、“第1話を見た客だけが、そっくり最終話まで全話見てくれる”とは到底行きません。途中脱落する客もいれば、逆に中途から参入してくる客もいる。途中数話ないし数週“下車”して、インターバルののち“再乗車”する客、それを何度も繰り返す客もいるはずです。

そうであれば、序盤を未視聴でも、途中が抜けても、人間関係や劇中事件の順序・因果関係がわからなくならないように、ナレーションや説明台詞の多用、“これまでのあらすじ”フラッシュや、なんなら地デジデータ画面やネットの番組サイトを駆使して中途参入や飛び飛び視聴のお客さんの理解をたすけ、興味を持続してもらう」工夫が不可欠になってきます。

一方、第1話・序盤で食いついて、そのまま万障繰り合わせて、録画やワンセグを使ってでも全話完走中の優等生客にとっては、中途参入一見(いちげん)さん向けのこういう間口広げ、敷居下げ的親切は、ちょっとジャマくさいわけです。

ネットやデータ画面は見なければ済むことですが、無くもがなのナレや「これこれのときこういうことがあったから、誰某さんは誰某さんをこれこれこんなふうに思っているのよ」式の懇切説明台詞、反復する回想Vなどは、ドラマのテンションを下げ、“んなこたぁもうわかってるし”と、いたくしらけた気持ちにさせる。“でもまぁ、わからない人もいるから、仕方がないか”と付き合っているわけですが、“途中からの客への親切”と“ドラマとしてのテンションの維持”とのバランスは、脚本家さん演出家さんともにアタマが痛いと同時に、TVドラマ屋としてのウデとセンスの見せどころでもあると思います。

もうひとつ、これとは正反対に、“第1話からの完走優良顧客”“限定”のスペシャルサービスというのもあるから、連続ドラマとはおもしろいものだなと思うのです。

つまり、中盤以降に“序盤から視聴している人だけが理解でき、味わえる場面、台詞”をところどころに入れておく。もちろん、序盤からでないお客さんが見て意味不明、ちんぷんかんぷんでは意味がないしセンスもない。スペシャル性はあくまで“完走組にだけわかる”ように隠しておくのです。

たとえば今日(82日)放送回のアバン、村井家自家用車で買い物帰りのいずみ(朝倉えりかさん)が玄関先、急いで飛び出してきた倉田(窪田正孝さん)と鉢合わせ、危うく取り落としかけた買い物かごを倉田がつかんでくれて、「助かったぁ、卵、割らずにすんだ」と笑顔で顔を見合わせる場面。

“序盤から組”の視聴者なら、鉢合わせと卵、この2つのモチーフで速攻、少女期布美枝(佐藤未来さん)と横山青年(石田法嗣さん)との遭遇シーンを思い出さずにいられないはずです。

戦争のただなかの昭和17年、お使いで持っていた貴重な卵を、出会いがしら地面に落として割ってしまい泣きそうになった布美枝に、自分の手持ちの卵を譲ってくれた横山さんを、少女布美枝は“優しい人”と好感、のちにユキエ姉ちゃん(足立梨花さん)の見合いの相手がこの人とわかって、姉ちゃんのため、家族の平和のために、引っ込み思案の布美枝が精一杯の奔走でガイなチカラを発揮…という展開につながります。

一方、いずみの卵は、以前は看板屋徒弟として資材運びや危険な足場作業もこなしてきたであろう倉田の、間一髪の運動神経のおかげで、割れませんでした。手伝いに上京した当初は「ぶっきらぼうで愛想が悪くて、苦手」と思っていた倉田が、藍子ちゃん火傷事件のとき、徹夜明けにもかかわらず、しげる(向井理さん)とともに藍子を抱いて病院まで走ってくれて以来、いずみは彼に急速に好意を持ちはじめています。

初対面の印象が悪かった相手ほど、一度好ましい方に針が振れると、“誤解していて悪かった”と埋め合わせしたい気持ちで加速度がつくもの。急いで投函しようとしていた新人漫画賞宛ての封筒、布美枝(松下奈緒さん)との会話から、今日が締切りなのかしら、アシの仕事が終わった後深夜まで一生懸命描いていたらしいのに、俄かに仕事が立て込んで、外出できなくなって困っているのでは…と気づかされたいずみは仕事場へのお茶運びにことよせて、倉田に「私、出して来ます」と耳打ちします。

 家族のための食材を買い揃える女性にとって、“卵”は気遣わしいアイテムです。栄養たっぷり、子供も大好き、いろんな料理に使え、常備していないと心もとない。でも持ち運び、取扱い過程でうっかりすると簡単に割れてしまう。食料難の時代ほど、12個割れたことで絶望的になる必要はないけれど、命を孕む身体である女性は潜在的に、食用卵にも“命”を感じます。うっかりミスやアクシデントで、食卓に並ぶことなく卵が割れてしまうと、いつも多かれ少なかれ、女性の心は暗く沈むものです。

“大事な卵を守ってくれた人”に、おとなしくて引っ込み思案の10歳布美枝と、活発で行動派のいずみ、姉妹でも持ち前の性格や、育った時代、環境、置かれている立場の違い、そして似ているところまでが、劇中時制や話数を超えて、一瞬浮き彫りになる。「布美枝ちゃんもこういうことがあったけど、いずみちゃんはだいぶ違う動きをするね」「でも基本、人に優しいところ、人のために自分ができることをぱぱっと思いついて行動に移すところは、やっぱり姉妹だね」「でも、自分を良く印象付けようって下心がちらつく分、いずみは戦後育ちの末っ子だからちゃっかりしているな」等と、“完走組”の視聴者ならばひとつのシーンからいくつもの味を噛み分けることができるのです。まるでお得意様限定のノベルティのよう。万障繰り合わせて視聴忘れ、録画もれのないよう腐心してきた労力への、ご褒美のようでもある。

今日放送の例をひとつ挙げましたが、『ゲゲゲ』は中途参入客に対する敷居下げサービスもそこそこ怠りない(←水木しげるさん夫妻という現存の著名人の実人生に沿って作られ、“ゼロからの作り話”でないことに多くを助けられてもいます)一方、“完走優良顧客限定”のこういう仕掛けをも、嬉しくなるくらい随所に散りばめてくれています。

データの集めようがないでしょうが、この抜かりなさのおかげで、序盤から食いついた客の脱落率は『ゲゲゲ』、相当に低いのではないでしょうか。言い換えれば“優良顧客率”がかなり高いのではないでしょうか。「前のあの回、あの場面、見ていてよかった、覚えていてよかった」と思える場面が本当に多いのです。

一見さんを尻込みさせず、低体温のライトな客も粗末にせず、自他ともに認める熱心な優良客には“ここの客になってよかった、トクした”と気分良くさせる。

こうして考えてみると、連続ドラマ作りというのは、ショップやスナックやサロンの経営みたいなものだなあ、と思います。

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大は少を兼ねる

2010-08-01 14:20:38 | テレビ番組

NHK『スタジオパークからこんにちは』先週730日(金)に、『ゲゲゲの女房』音楽担当の窪田ミナさんがゲストインされましたね。

 ジャケのポートレートのイメージより小柄な、レモンイエローのチュニックブラウスが似合う、可憐な…と言うと何やらしゃらくさいけれど、パワフルもりもり!才能あふれバチバチ!と鼻につかない親しみやすいヴィジュアルの女性で、「作曲・音楽担当として、ドラマのオンエアを見て“音楽がいい仕事したなあ”と思う場面はどんな場面ですか?」とアシ司会の近田雄一アナに訊かれて、「シーンと、曲を作ったときの自分の気持ちが一致して、“まさにこういう気持ちで作ったのよ”というところに(曲が)随いてくれてると嬉しい」と答えておられたのが印象的でした。

 その嬉しい例として、登志おばば(野際陽子さん)が死の床で「ずっと見守っちょうよ」「ええご縁がありますように」と布美枝(松下奈緒さん)の手を握る最後の会話with『光に包まれて』と、藍子初節句の雛人形を買うようにと布美枝実家から送られてきたお金を家のローン支払いに回さざるを得なくなり、しげる(向井理さん)手描きの豪華七段飾りを唐紙に貼って祝った“エアひな祭り”with『ご縁の糸』との2シーンを挙げておられました。

『光~』はこのドラマのひとつの核である“見えんけどおる”もの、見えないけれど見守ってくれている存在をイメージして、“登志おばばのテーマ”として作曲されたとのこと。

エアひな祭りの場面は、見知らぬ同士が縁あって結ばれ家族となって、おカネがなくて初節句のご馳走もないせつなさと、それでもエアで盛り上がる可笑し楽しさとがマッチして、窪田さんがいままででいちばん好きなシーンだそうです。

“せつなさと笑い”という、秀作ドラマに不可欠な2大柱に感じるものがあるとは、窪田さん、骨の髄まで“劇伴向き”な音楽クリエイターとお見受けしました。

幼時からピアノをよくし4歳で初作曲、11歳で自作曲自演奏でロストロポーヴィチ指揮によるフルオケと協奏。1983年の、このときのNHKホールでの録画が番組中に流れましたが、11歳窪田さんの作『陽気なダンボ』が、ロストロさん(←勝手に略)によるのであろうクラシックコンチェルト風盛りつけがあるにしても、まったく『ゲゲゲ』劇中に流れてもおかしくない庶民的なフルーティみずみずしさ、デリシャスさに満ちた楽曲なんですね。

窪田さんの才能にももちろんですが、彼女の資質を「このドラマ向き」と看破して、「朝ドラの音楽担当って長丁場で100曲以上作らなければならないし、音入れ回数も多くて大変そう」とビビッたというご本人を口説き落とし連れて来た制作スタッフに拍手です。

45歳からピアノのお稽古にかよって、先輩の小学生中学生のおねえさんたちが引いちゃうくらいやたら上手い子ならさほど珍しくもありませんが、先生やママから弾けと言われた曲を完璧に弾きこなすだけではなく、自分で曲を作ってしまうとなるとかなりレアで選ばれたる者ですよ。

それでも「音楽は続けて行きたいと思っていたけれど、作曲を職業にしようとまでは当時、思っていなかった」という、選ばれざる者から見ればなんともゼイタクな、ゆるさ、鷹揚さ、風通しのよさも、おっとりのんびりヒロイン布美枝さんの物語『ゲゲゲ』の音楽担当に向いていたのかも。

ちなみに、窪田さんの談によると、11歳窪田さんが学んでいた音楽教室のマスターコースにロストロさんが来演、たまたまご披露した彼女の自作曲にいたく興味を示してNHKホールでのフルオケ協奏に至ったらしいですが、窪田さんのこのセンスにびびっと来たということはあれだな、ロストロさんが『ゲゲゲ』の音楽担当でも違和感なかったたのだろうな。

いっそ、窪田さんの幼時~少女期~留学期から、メジャードラマ・アニメに引っ張りだこの人気劇伴作曲家になるまでを朝ドラ化したらどうでしょう。4歳で初作曲時は篠川桃音さん、11歳でロストロさんと共演時は佐藤未来さん、イギリス留学して「意味を説明できない音符は、入れてはいけません」か何か言われてカルチャーショック受けてる年代は、そうねえ、上野樹里さんとかにしてさ。

でもって、帰国後数々の劇伴をこなして、朝ドラ音楽で絶賛され、3回めの音入れでコンソール室で「えーと、いくつか音の間違いがあったので、フルートの最後はナチュラルでお願いします」とか言って自分で弾いてる年代は、ピアノが達者に弾ける女優さんということで………

…結局、松下奈緒さんかよ。大きくなりすぎ。

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