雑感日記

思ったこと、感じたことを、想い出を交えて書きたいと思います。

Z1会、今年最後のゴルフ

2009-11-06 04:21:59 | NPO The Good Times
11月4日、今年最後のZ1会ゴルフが、三木セブンハンドレッド倶楽部で行われた。

最近は、ゴルフの回数もめっきり減って、年に10回も行かないのではというようなことになってはいるのだが、
このZ1会の年4回のゴルフは、今のところ皆勤である。

ゴルフ場が家から10分ほどと近いし、何よりもメンバーが素晴らしいのである。
段々と歳を取って休会する方も出てきたが、総勢60名以上、好天に恵まれ今回も盛会であった。




今回のメンバーは、
72歳になったので、年72回のゴルフを目標にしていると言う永友節ちゃんと、
今年後期高齢者の仲間入りをした、元レース監督やKMCの社長などして、現役の頃からよく付き合った百合草さん、百合ちゃんと、
Z1会最年長80歳の井手哲也先輩である。



みんな70歳以上で、会のルールでもゴールドティーから打つことも可能なのだが、80歳の井出さんが後ろから打とうというので、白くいからの若い人と同じティーグランドである。
ここは、池の前100ヤード以上も前から打てる高齢者優遇のドラコンホールなのだが、後ろから打っているのが井出さんである。

最近は、スコアに拘らない楽しいゴルフがモットーなのだが、
永友節ちゃんが優勝、私もひょんなことで2位に入れたりした。



井手さんとご一緒するのは、はじめてである。
一度お聞きしようと思っていた、カワサキの昔のレースのことをお聞きした。
カワサキのレースの初戦は1963年5月19日兵庫県青野ヶ原のモトクロスということになっている。工場の人たちが初めてレースに参加したのは間違いなく、青野ヶ原が最初である。


何となく、ホントに何となくだが、
もう少し前からカワサキも、レースに参加していたのではないか?
それにもし関係した人がいるとすれば川崎航空機では井出さん、
カワサキ自販では故小野田滋郎さんだと、私は思っているのである。

その理由は、井出さんは『三吉一行君』をよく知っていて可愛がっておられたのである。彼は元々ヤマハで三橋実君などとともに東京スリーホークスのメンバーだった。カワサキにも一時関係はあったが、彼を知っているというのは、青野ヶ原より前ではなかったのか?
『新明和にレースのプロ見たいな人がいたでしょう』
『いたな、名前は忘れたけど』
三吉一行君のリンクの写真の『富士の朝霧高原のレースも懐かしいな』
こんな会話が出来るのも、もう井手さんぐらいになってしまった。
残念ながら、正確には覚えておられなかった。

小野田滋郎さんは、青野ヶ原で大勝したとき、
今までレースに反対だった部長さんたちが競って記念写真に納まる様を、
『今までの苦労を知らずにーー』と言われたのである。
三橋実君をヤマハからカワサキに連れて来たのは、間違いなく小野田さんで、
青森であったレースのときである。
青森の八戸や厚木や九州の米軍基地の周辺から日本のレースはスタートしている。
その青森のレースなどは、多分青野ヶ原より前だったような気がするのである。



パーティーはいつも和やかである。レース関係メンバーは半分ぐらいもいるのだろうか。
立って話をして居られるのは大槻会長である。
ちょっと解りにくいが、なぜか一番末席にいるのがキヨさんである。
ウマのダントツ一番人気だったのに、期待にこたえられなかったからだろうか。
一番真ん中に写っているのは、世界一のカワサキフランスチームを率いた遠藤さんである。
その隣が、最年長の井手さん。 いつもイイ雰囲気である。

また、来年である。


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コメント (2)
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