★つい先日から何度か、ツイッターで八尾カワサキの加籐喬久さんからダイレクトメールを頂いている。
大阪の八尾カワサキの加籐さんの息子さんである。
お父さんの加藤さんはよく知っている旧い仲間である。、1977年八尾カワサキの1号店としてスタートしたお店は、大阪営業所の東ショップを加藤さんが引き継いでスタートしてくれたものである。
加藤さんとは、その前の名古屋のマリーナ当時も、さらにその前の北陸カワサキのころも、いろいろ関係があった。
今は大成功されて、カワサキとハ―レ―のお店を手広く展開されている。
いろいろバイクのお店はあるが、
ミッションステートメントをこのように発表されているのは珍しいことである。
★息子さんがおられて、そのお一人とは一度お会いしてお話したことがある。
最近、ダイレクトメールをくださる加藤喬久さんは、そのお会いした息子さんかどうかも解らずに、このブログを書きだしたのだが・・・・
今朝のツイッターでは、
会員番号509番。
忘れてしまっていたが、
それならこのときお会いした息子さんに違いない。 旧いブログを探してみた。『バイクの世界2代目』と題して書いたブログである、直ぐ見つかった。
大阪公会堂でのSEMBAの展示会の時に出会って、個人会員になって頂いたに違いない。
その時、竹内さんと一緒に写っている写真で、ブログにも いろんなことを書いている。
『そこで出会ったのが、八尾カワサキの加藤喬久さんである。
八尾カワサキの2代目、お父さんはよく知っているが、息子さんとは初対面である。
36才、頂いた名刺には総務部長の肩書きであった。
・・・・・・・・・・・
八尾カワサキのスタートもこの前後のはずである。(昭和52年だった)
あの頃、特約店の選別の第1条件は、『人物』であった。
店の実績や、店舗の大きさや、財務状態などほとんど重きを置かなかった。
もし、あの頃なら、間違いなく『GO』合格である。
然し、今は『2代目』そんなに自由度もないのだろうし、仮に力があったとしても『創業者』のようには行かないだろう。
●今の二輪業界が、もう一つ迫力も、面白さもないのは、
メーカーも販売店も、完全に『2代目』の時代に入ってしまっているからだろうと思っている。
『2代目』は、ほんとは力があるのに、なにもせずにただ守ってしまっているのではないか?
ある意味、『自民党』みたいである。
『2代目の時代』に入っているのに、創業者が実権を渡していないのかも知れない。
★・・・・とこんなことを書いている。 読み返してみたが、今でもそう思っている。
二輪業界が、本田宗一郎がトップを走って業界を引っ張った時代には、業界全体に、『創業者の迫力』があった。
カワサキとて、初めての世界で、無茶苦茶背伸びして頑張ったのである。
今は、メーカーも、販売店も、雑誌社もみんな『2代目』になってしまって、業界に全然迫力が感じられないのである。
みんな気付いていないだけで、
二輪業界を小さくしてしまっている張本人は、『メーカーであり、雑誌社である』 と昨日『別冊モーターサイクリスト』の方とお話したばかりである。
あまりにもタテ型の枠の中に閉じこもって、真面目に、所属するメーカーの車や雑誌を一生懸命売ろうとするから、業界はどんどん小さくなってしまう。
『二輪は遊びの道具である』 遊び心が底辺にないと、ダメだと思う。
雑誌社は、バイクファンばかりを囲い込もうとするから、新人が入ってこれないおかしな世界を作ってしまう。
カワサキコーヒーミーテングなども、楽しいだろうが、言ってみればOB会みたいなものである。
もっと新しい世界、新しい分野を視野に入れて、発想しないから、どんどん縮じむばかりなのである。
八尾カワサキがスタートした当時のもう40年も前の販売網の発想のまま、現在も正規販売店などと言っている感覚がおかしいのである。
大体、世の中、創設者は偉大で創造し、2代目は守り、3代目が頑張ると言うのが相場である。
2代目の人たち、奮起一番頑張ってほしい。
それとも、3代目まで待たねばならぬのだろうか?
メーカーも、規制などせずに、末端が自由な発想で動けるようにするだけで、そんな雰囲気になれば、今の倍ほど売れるのでは?
世の中は、二輪にとって、間違いなく『追い風』なのである。
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