最近、TVのグルメ番組を見なくなった。そのわけは、タレント(特にお笑い系)の美味しいという表現がおおげさだから。目を大きく見開いたり、身をよじったり。そういう演出なのだろうが、白々しくて興を殺がれる。それはいいとして、なにを食べても「ヤワラカ~イ」と叫ぶのはどういうことか。あろうことか、豆腐料理を食べて「やわらかくて美味しい」と言ったタレントには呆れた。
この稿では、「やわらかい」が本当に料理の褒め言葉なのかを考えてみたい。
おバカタレントならずとも、日本人はよく「やわらかくて美味しい」と言って、料理を褒める。つまり、やわらかいことが美味のもっとも重要な条件になっている。たしかにビーフステーキはやわらかい方が食べやすいが、それよりも牛肉本来の旨味が優先されるべきではないのか。
欧米人にすき焼きを食べさせると、みな「美味しい」と褒める。しかし、それはかなり儀礼的賛辞である。親しい間柄なら「美味しいけれども、肉本来の味がしない」と率直な感想を述べるだろう。
肉だけではない。ニューヨークのある寿司店の経営者の話。「日本人はふっくらしたシャリが好きですが、アメリカ人は噛みごたえのあるシャリを好みます」
パンでも好みが異なる。バブル華やかなりし1980年代後半、ロサンゼルスに日本の大手製パン業者が進出し、製造したパン(四角い食パンが主力だが、一部アンパンなどの菓子パンもあった)を日系スーパーで販売していた。1994年ごろだったと記憶するが、私は仕事の関係で同社の工場長に話を聞く機会があった。
「御社はロサンゼルスの日系スーパーのパン売り場をほとんど全部カバーしてますね。業績は順調と推測します」
「実はかなり苦しいんです。そのわけは、日本人とアメリカ人では、パンの好みが違うことです。日本人はフンワリ、モチモチした口当たりを好むんですけど、アメリカ人はしっかりした歯ごたえがあるパンでないとダメなんです。当社では日本人向けのパンを製造してるんですが、それではアメリカ人に受けません。ご承知のようにバブル崩壊後、日本人居住者が減ってますから、売上がジリジリ減っているのが実情です。だからといって、アメリカ人向けのパンに転向すると、値段の点で対抗できないんです」 (その後間もなく、その製パン業者は撤退した)
最近TVで見たセブンイレブンのドーナツのCMの謳い文句は「もっちり、ふんわり」だった。しかし、欧米では「もっちり、ふんわり」がドーナツのキャッチフレーズになることはない。「では何だ?」と聞かれても答えられないが。
なぜ日本と欧米では食感の好みが違うのか。私はその源はご飯にあるように思う。コメは今でこそ消費量が減って、主食とは言えなくなったが、われわれの食事の基本はご飯であり、ふっくらとして粘り気があることをもって良しとする。生まれてからずっと、そういう価値観を身につけてきたから、無意識のうちに「ふっくら、ふんわり」をあらゆる食べものの価値判断の基準にしているのではないか。
しかし、それでも今の「ヤワラカ~イ」万能は行き過ぎだと思う。そして「ヤワラカ~イ」ものを良しとする価値観はこの30年ぐらいにできたのではないか。その証拠に、昔は煎餅は堅くて食べるとバリバリという音がしたが、最近はフワフワしたものが主流になった。その内に日本人は噛む力が衰え、顔の形も違ってくるのではなかろうか。