頑固爺の言いたい放題

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比較日本語論 その2

2016-04-25 16:39:34 | メモ帳

敬語が過剰になった日本語

20年ほど米国に住み、帰国して気づいたことは日本語がバカ丁寧になったこと。例を二つ挙げる。

~してもらってもいいですか

「~してください」という依頼の言葉は、最近「~してもらってもいいですか」と言うようになったらしい。例えば、私は帰国して住民登録に訪れた市役所で、「この書類に捺印してもらってもいいですか」と言われて面食らった。そのわけは、この語句には言外に「捺印する以外のチョイスもあるけど、できれば捺印してくれると有難いのですが」という意味合いを感じたからである。

英語なら、さしずめSign here(欧米には捺印がない)で終わり。丁寧な表現にしたいなら最後に pleaseをつければいいが、この場合は 捺印することが当然であるから(相手に恩恵を与えるわけではない)、please はいらない。

「サインしてもらってもいいですか」を無理に表現するなら、Do you mind, if I ask you to sign here? または May I ask you a favor to sign here? だろうが、たかがサインを依頼するのに、こんなバカ丁寧な表現を使ったら、気違い扱いされる。

~させていただく

例えば、選挙に立候補した政治家が「このたび当県の知事に立候補させていただくことになった△山×男です」などというが、これでは有権者に許可をもらって立候補したように聞こえる。立候補は政治家の自由意思ですることだから、「立候補した△山×男です」で十分だ。それとも、○○党の許可をもらって立候補したという意味なのか。それなら党内の事情であり、有権者にはどうでもいいことだから、「させていただく」という語句は必要ない。

英語に訳すと、 I have decided to run for governor of this prefecture. だが、「立候補させていただく」を無理に表現するなら、I take a liberty to run for governor of this prefecture. しかし、それでは意味が曖昧になる。

もう一つ例を挙げよう。官房長官が「北朝鮮が弾道ミサイルを発射したことに対して、強く抗議させていただきました」と言った。英語に訳せば、We strongly protested North Korea for their unforgivable conduct. であって、「~させていただく」を訳すことは不可能。この場合の「~させていただく」は国民に対しての敬意と取れなくもないが、政府の強い意志を表明するのだから国民におもねる必要はなく、「抗議しました」で十分である。

そもそも、「~させて頂く」は相手の意向を尊重しての行動を示す表現である。適切な使用例は「では、お言葉に甘えて、そうさせていただきます」だ。それが、単なる丁寧語に転化したらしい。

では、なぜ日本語がバカ丁寧になったのか。私は、日本ではこの数十年、個人の権利(発言力)が強くなりすぎたからだと思う。相手に悪く思われたら困る、という配慮は理解できるが(特に、政治家は選挙で落ちたら即失業だから、有権者に迎合したい気持ちはよくわかる)、その配慮が度を越すと文章が冗長になり、理解しにくくなる。

表現がバカ丁寧になったばかりではない。単語のあとに「とか」や「のほう」をつけたり、語尾を曖昧にして(例えば、「~かもしれぬ」を付ける)、相手の攻撃を避けようとするのも同根である。

私が米国から帰国してもう10年近くなるが、帰国した当座に感じた違和感はまだ消えない。といっても、正常な姿に戻ることはないだろうが…。