黒柴ひめちゃんの葛塚村だよりⅢ

葛塚城堀之内に住んでます。毎日歩いているひめちゃんとおかあさんの見て歩きです。時には遠くにも出かけます。

日光裏街道総集編41(子どもがいなくなっちゃってねえ・神梅小学校と神梅神社)

2024-01-07 20:01:29 | 日光裏街道総集編

寒い寒い1日でした

でも、ひめちゃんとタバサねーちゃんは、膳城趾公園に車でお出かけしてきました

獅子丸がいた頃は、何度もみんなで朝散歩で足を延ばしました。

この元記事のころ(2020年8月)、元気なきょうだいのアーカイブです。

 

 

小次郎パパとの関係は微妙でした

 

 

 

 

 

天海下賜の開運菩薩の御朱印がほしい覚成寺(かくじょうじ)を後にして、すぐ近くにあるはずの神梅神社(かんばいじんじゃ)を目指します。

91覚成寺の少し上(北)になります。

 

心細く、細い道を進みます。

ナビは目的地に到着しましたというけれど、それらしい神社は見当たりません

どうしよう

少し行って、おばさんがいます

「こんにちは あのう、神梅神社に行きたいんですけど。」

「すぐ後ろだよ。」

「ここに、車を置かせてもらっていいですか?」

「坂だから気をつけて置きな。」

「ありがとうございます

 

左前方に、学校が見えます。

神梅小学校です。

「あそこの学校は、今使ってないんですか?」

「そうなんだよ。子どもがいなくなっちゃってねえ

「あんなにちゃんとした学校なのに、もったいないですね。」

「子どもがいないんだから、しょうがないね

廃校のイメージからはまだちょっと距離がある、現役に近い雰囲気です。

 

さて、教えてもらったように少し戻ります。

 

奥まった所にある、目立たない鳥居です

さっきは見落としてしまいました。

神梅神社の額は、落ちているだけでなく割れています

でも、階段に手すりが付いてます

 

登り切って振り返ると、神梅の鎮守の感じです

いくつもの境内社があります。

 

味わいのある山里の雰囲気の社殿です。

中には本殿かな

失礼します

真新しい幣束です

2礼2拍1礼です

 

さて、社殿の周りを一回り。

けっこう厳しい環境に鎮座しています

 

階段を降りて見上げると、やっぱり厳しい環境に鎮座しています

 

さてこの神社については、説明板等はいっさいありませんでした。

大間々町誌の基礎資料『大間々町の社寺』にあるかな?

ありません

もしかしたら、上神梅村の最初に記載のある、菅原神社のようです

梅のイメージの屋根パーツがあったし。

そうすると、天神様ですね。

小学校が廃校になって、ちょっといやかなり寂しい学問の神様です。

 

神梅の地名は、天神様の梅にちなむのかな?

 

神梅は山田郡大間々町を経て、今はみどり市です。

かつては、勢多郡でした。

『上野国郡村誌勢多郡』に、「上野国勢多郡上神梅村」があります。

往古深沢村ト云慶安年間分レテ宿廻村神梅両村トナル寛文十一年神梅村ヲ割テ上下トス而シテ上神梅村ト称ス上組ヲ呼ビテ今猶深沢ト云

 

同書「上野国勢多郡奥沢村」には、神梅村両村ニ接シとあります。

 

奥沢の隣村だったのです

 

 

初出 2020.08.06  カテゴリー群馬県・旧勢多郡 子どもがいなくなっちゃってねえ(廃校と神梅神社)

改稿 2020.08.06

 

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