黒柴ひめちゃんの葛塚村だよりⅢ

葛塚城堀之内に住んでます。毎日歩いているひめちゃんとおかあさんの見て歩きです。時には遠くにも出かけます。

日光裏街道総集編40(天海下賜の開運菩薩・覚成寺)

2024-01-02 19:18:57 | 日光裏街道総集編

明けましておめでとうございます

寒い日が続いていますけど、ひめちゃんとタバサねーちゃんは、元気にお散歩しています。

ひめちゃんは、今年の2月で、12歳になります。

タバサねーちゃんは現在15歳半、7月にお誕生日が来たら16歳です。

昼間は、テラスのお部屋で、湯たんぽを入れてもらって過ごします

夕方のお散歩の後は、おうちに入れてもらって、室内犬です

今年もよろしくお願いします

 

 

 

 

桐生塚の角地蔵に行く途中の県道333号線に、覚成寺(かくじょうじ)の矢印がありました。

91が覚成寺です

現在このあたりは「みどり市」ですけど、かつては「勢多郡神梅村」でした。

 

後日(2020年8月)、改めて訪ねてみました。

駐車場はどうなのかなと思いつつ、境内に駐車です。

自然の湧き水かな?

庫裏にご挨拶しておきましょう

「こんにちは 御朱印お願いできますか?」

「うちはやってません。」

「それでは、境内を散策させて頂きます

「どうぞ

 

 

本堂かな?

唯一の大きなお堂です。

 

説明板があります。

ええ、慈覚大師円仁の創建ですって

徳川家康の守り本尊がどうしてここにあるの

天海僧正御座石って、あの天海が来たの

 

左側を拡大してみます。

現在地より西北の山中ですか

天海より、黒川衆との関連がありそうだけど

 

家康の守り本尊北辰妙見菩薩の由来もあります。

都合で2枚になります。

 

天海が家康の遺骨を日光に運ぶとき、乞食坊主に身をやつして一夜の宿を求めたのですか

山海の珍味をもってもてなしたのに感激して、家康の守り本尊妙見菩薩を置いていったのですって

 

ぜひ妙見大菩薩の御朱印がほしいですね

 

失礼します

妙見菩薩は、ご本尊の左の厨子の中でしょうか?

合掌

 

 

さて、子安地蔵です。

合掌

 

おや、こんなかわいいお地蔵様も

洗心地蔵尊ですって

「なむじぞうがんのうそん」と唱えながら、お水を3回掛けます

 

 

境内の石造物は、明治以前、江戸時代の雰囲気です

「6名様かな?」と一回りしましたけど、2名様でした

 

 

山門をくぐります。

こじんまりといい雰囲気の山門です

あれ、天海僧正の御座石は、何処だったかな

 

もう一度境内に入って、探します。

ありました

天海僧正が腰掛けて休んだ石ですね

さっき前を通りました。

めだたなく風景にしっかり埋没していたのです。

さっきは三猿に気を取られていました。

 

ぜひ御朱印がほしい開運の妙見菩薩のお寺でした

さて、近くの神梅神社にも寄っていきましょう

 

 

初出 2020.08.04  カテゴリー 群馬県・旧勢多郡  天海下賜の開運菩薩・覚成寺

改稿 2024.01.02

 

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