雨の朝です
ひめちゃんとタバサねーちゃんは、ビンボー合羽で堀之内を西に出て、天神田(字天神のたんぼ)を歩いてきました。
誰にも会いませんでした。
昨日の朝、ひめちゃんとタバサねーちゃんは、北に出て、岩神沼で久しぶりにカモさんに逢いました
でも、ひめちゃんは落ち着きません。
ひめちゃんの視線の先には、黄色い帽子の集団です
小学生の集団登校に出くわしてしまいました
沼の淵に待機してやり過ごしてから、北上します。
高輪の摩崖仏に、おはようです
大きな梅の実がなってます
早いね
4月27日、石田川式土器に逢いに、高山彦九郎記念館に出かけました。
何度か来ていますけど、久しぶりの訪問です。
和の中に、さりげなく洋風の建物です。
ヒメシャガが、いい雰囲気で咲いています
あれ、ひめちゃんちのはどうしたろう?
絶滅してしまったかな
受付で、入館料¥100を払います。
彦九郎さん、こんにちは
カメラはここまでです。
1階の展示物はカメラ禁止です。
さっと見学して、2階に上がります。
2階はカメラOKです
藪塚から移転のご挨拶です。
いろいろあります。
こんな小さな土偶もあるんですね。
ありました、ありました
石田川式土器です
藪塚で何度か見ているはずですけど、はっきりした記憶がありませんでした。
ためつすがめつ、よく眺めます。
これが我が故郷の川、石田川の名を冠した石田川式土器です。
説明板も確認です。
S字のフチは東海地方のトレンド。この地域のモノの伝来に伴って、人の移動があったかもしれません。この土器が作られたころは、邪馬台国と狗奴国の戦いが終わり、ヤマト政権が広がっていった時期。集団移住?戦争難民?あなたの推理は?
約1700年前、石田川のあたりでは、この形の土器がつくられていたんですね。
あ、あの鶏の頭、ありました
石田川遺跡から出土した、鶏形埴輪です。
薮塚で見た記憶があります。
三島神社境内から出土の勾玉です。
この間、巨大案山子・かかまる君に惹かれて、薮塚の三島神社に寄りました
見なれない東山道駅路と遺跡の図です。
淡甘(たんかい)は、高尾(たこう 旧新田町高尾)になったとか言いますね。
滓野(かすの)・石西(いわせ)、どこだろう?
記念館隣の、彦九郎さんの遺髪塚にも参拝です。
合掌
彦九郎宅跡を通って帰ります。
平成5年(1993)の没後二百年に際して記念事業が実施され、現代的再評価が行われ、これをきっかけとして、平成8年(1996)に高山彦九郎記念館が開館した。
そうだったんですか。
子どもの頃は、彼の存在を知りませんでした。
また、時折お邪魔します
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