結婚式当日は雨だった。披露宴の前に一度やんだのに、帰る頃には土砂降りである。
「雨降って地固まるといいますからね、今日は吉日ですよ」
「そうですとも。お幸せに」
式場スタッフは口を揃えて、雨であることをめでたいと言う。半信半疑で送り出されたが、先日、25回目の結婚記念日を迎えたことを考えると、あながち嘘ではなさそうだ。ここはひとつ、一大イベントを企画せねば。
「今年は銀婚式だから一泊でお祝いしよう」
「さんせーい。温泉がいい」
「ごちそう食わせてくれ~」
結婚5年目で生まれた娘はもう20歳。家族三人、箱根にある山のホテルでお祝いすることにした。
ところが、朝から雨模様である。箱根に近づくにつれ激しくなり、風も強まってきた。
「あっ、見て。あの人の傘、壊れたよ」
ホテルへのシャトルバスを待っていたら、男性の差すビニール傘が風に煽られ、瞬く間に骨は曲がり、ビニールをはぎ取られたようだ。横殴りの雨だというのに気の毒に。
私はうんざりしながら呟いた。
「誰よ? 今日がいいって言った人」
「お母さん」
「ははは、そうだったね」
自分で決めたのだから仕方ない。チッ。
傘を守りながらバスに乗り込み、ホテルにチェックインする。
時間はまだ4時だ。夕食までカフェでお茶する予定だったが、この雨の中、5分歩いて別館に行く気はない。部屋で湯を沸かし、ドリップコーヒーで我慢した。
「芦ノ湖はどこだ~」
「霧でなんも見えん~」
窓の外は、煙に包まれているように白い。浦島太郎の開けた玉手箱からも、こんなモヤモヤが立ち昇ったに違いない。
おやつを食べていないので、お腹が空いた。空腹も手伝い、夕食はエクセレントな美味しさだった。
料理に合ったワインを3杯飲み、デザートタイムにはアニバーサリーケーキの登場である。
ケーキと一緒に記念撮影し、切り分けてもらったら、夫も娘も「もうお腹いっぱい」などと気弱な発言をする。結局、私ひとりで半分以上食べた。ノリの悪い家族を持つと苦労する。
「ちょっと、お母さん。いびきがうるさいよ」
娘に体を揺すられて目が覚める。夕食後、部屋に戻ってすぐに、私はベッドで大の字になり寝てしまった。夫と娘はテレビの推理ドラマを見ていたようだ。死体が見つかったところで「ガガゴゴー」。新たな事実が判明したところで「グオオオ~」。うるさくて聞こえず、たまりかねて起こしたらしい。ケーキの天罰が下ったのであろう。
「さて、お母さんも起きたし温泉に行こうか」
「行こう行こう」
女湯はほんの20m先にある。近いしオシャレだし湯音も絶妙。最高に気持ちよかったばかりか、お肌もツルツルになった。
翌日も雨。樹木すら霞んでしまうほどの濃霧が立ち込めている。相変わらず芦ノ湖は見えないし、ホテルの茶色い屋根すら、輪郭がぼんやり浮かぶだけだ。
こんな景色を目にするのは初めてではないか。
「雨降って地固まる」ところから始まった結婚生活は、銀婚式で「五里霧中」となった。この先、判断に困り途方に暮れるような難題が待っているのかもしれない。
でも、霧はやがて消え失せる。慌てず焦らず、「雲の中にいるみたいで楽しいね」と図太く構えよう。好機は必ずやってくる。
霞んだホテルの写真を撮り、成川美術館で芸術作品を愛でたあと、箱根湯本駅に向かった。お土産と駅弁を買ってロマンスカーに乗り込む。
五年後は真珠婚式。雨や霧は卒業し、雷だったりして。
さあて、記念旅行はどこにしましょう。
↑
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※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
「雨降って地固まるといいますからね、今日は吉日ですよ」
「そうですとも。お幸せに」
式場スタッフは口を揃えて、雨であることをめでたいと言う。半信半疑で送り出されたが、先日、25回目の結婚記念日を迎えたことを考えると、あながち嘘ではなさそうだ。ここはひとつ、一大イベントを企画せねば。
「今年は銀婚式だから一泊でお祝いしよう」
「さんせーい。温泉がいい」
「ごちそう食わせてくれ~」
結婚5年目で生まれた娘はもう20歳。家族三人、箱根にある山のホテルでお祝いすることにした。
ところが、朝から雨模様である。箱根に近づくにつれ激しくなり、風も強まってきた。
「あっ、見て。あの人の傘、壊れたよ」
ホテルへのシャトルバスを待っていたら、男性の差すビニール傘が風に煽られ、瞬く間に骨は曲がり、ビニールをはぎ取られたようだ。横殴りの雨だというのに気の毒に。
私はうんざりしながら呟いた。
「誰よ? 今日がいいって言った人」
「お母さん」
「ははは、そうだったね」
自分で決めたのだから仕方ない。チッ。
傘を守りながらバスに乗り込み、ホテルにチェックインする。
時間はまだ4時だ。夕食までカフェでお茶する予定だったが、この雨の中、5分歩いて別館に行く気はない。部屋で湯を沸かし、ドリップコーヒーで我慢した。
「芦ノ湖はどこだ~」
「霧でなんも見えん~」
窓の外は、煙に包まれているように白い。浦島太郎の開けた玉手箱からも、こんなモヤモヤが立ち昇ったに違いない。
おやつを食べていないので、お腹が空いた。空腹も手伝い、夕食はエクセレントな美味しさだった。
料理に合ったワインを3杯飲み、デザートタイムにはアニバーサリーケーキの登場である。
ケーキと一緒に記念撮影し、切り分けてもらったら、夫も娘も「もうお腹いっぱい」などと気弱な発言をする。結局、私ひとりで半分以上食べた。ノリの悪い家族を持つと苦労する。
「ちょっと、お母さん。いびきがうるさいよ」
娘に体を揺すられて目が覚める。夕食後、部屋に戻ってすぐに、私はベッドで大の字になり寝てしまった。夫と娘はテレビの推理ドラマを見ていたようだ。死体が見つかったところで「ガガゴゴー」。新たな事実が判明したところで「グオオオ~」。うるさくて聞こえず、たまりかねて起こしたらしい。ケーキの天罰が下ったのであろう。
「さて、お母さんも起きたし温泉に行こうか」
「行こう行こう」
女湯はほんの20m先にある。近いしオシャレだし湯音も絶妙。最高に気持ちよかったばかりか、お肌もツルツルになった。
翌日も雨。樹木すら霞んでしまうほどの濃霧が立ち込めている。相変わらず芦ノ湖は見えないし、ホテルの茶色い屋根すら、輪郭がぼんやり浮かぶだけだ。
こんな景色を目にするのは初めてではないか。
「雨降って地固まる」ところから始まった結婚生活は、銀婚式で「五里霧中」となった。この先、判断に困り途方に暮れるような難題が待っているのかもしれない。
でも、霧はやがて消え失せる。慌てず焦らず、「雲の中にいるみたいで楽しいね」と図太く構えよう。好機は必ずやってくる。
霞んだホテルの写真を撮り、成川美術館で芸術作品を愛でたあと、箱根湯本駅に向かった。お土産と駅弁を買ってロマンスカーに乗り込む。
五年後は真珠婚式。雨や霧は卒業し、雷だったりして。
さあて、記念旅行はどこにしましょう。
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「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)