いささか消化不良の報告になってしまうことを先ずお断り。
本当は全てをちゃんと見てから報告したかったのですが、
最初に訪れてから、再訪問しようと思ったら「お盆の長雨」で、行けず
(ほんと長いですよね、こんなはずじゃなかった長雨で
お盆も泣いているようでまるで(私的に思う)「涙盆」です。)
実際「三国越林道」では、「崖崩れ予兆箇所」を数カ所見てきているので、
とても怖くて通れません です。
なので結局、初訪問報告になります、だから「序章」です。
晴天が続いたらきっと再訪問しますね…
こんな山奥にこんな綺麗な建物があるのか!?という不思議体験をした気分です。
【宗教法人 曹渓宗総本山・高麗寺】
場所は、ココ☟(童仙房の奥の奥ってかんじです、野殿からは約3㎞、7・8分で着きます)
(再掲)
この道中、
山道には「ウツギ」が群生、
山深く、緑深い場所で「白い花」を見るとホッとします
南山城村観光HPより
≪高麗寺は、日本に住む韓国人、または在日二世の心のよりどころとして開かれ、
本堂は1978(昭和53)年に建てられました。≫ また、
≪さまざまな歴史を経て、好悪の感情が入り乱れて現在に至っていますが、
高麗寺は一貫して、日韓友好と世界平和を主張しています。≫とのこと。
※『なぜ童仙房だったのか?』という謎は、このHPをお読みください。
山裾の道を縫うように走り、この案内が見えたら左折です。
(島ケ原中矢の道標案内板から約12.5㎞、やっとです(笑)。
平地なら大したことのない距離ですが…)
この先どんな山道を行くのかと思ったら、進むにつれ明るくなっていく感じです。
高麗ハイツという建物が正面に見えたら、そこはもう入口です。
狛犬さんもお出迎えしてくれます
なかなか男前の吽形狛犬ですよ(笑)。
小さな橋を渡ると、道は細いですが車も通れます(本来の駐車場はもっと奥にあるらしいですが)。
目の前に白い観音さまがおられます、後ろには十三重石塔。
「白衣観音像」
≪韓民族は、自分たちを「白衣民族」と呼ぶそうです。
白衣は、民族の歴史であり、誇りであり、伝統なのでしょう。
白衣観音像は、白衣民族の精神と思想を表しているとされます。
高さ10メートルの大きな観音様です。「ごくらくばし」を渡ってお会いします。≫(HPより)
白衣観音像の右向こうに何やら赤い橋と川の流れが見えたので、
引き寄せられるように行くと、なんと川へ下りる砂道もあり階段もあります、
その川向こうに極彩色の建物「竜王堂」です。
間近で見て「Oh!素晴らしい」、この山奥の秘境の地にこの極彩色の建物、
ただ感動するのみ
そして、何やら渓流の傍には「龍神・・・案内板」ですが、
下の方が草に覆われて読めませんが…
ざっとこんなかんじでしょうか?
「龍神発見の経緯 令和三年 高麗寺 代表 ……潤
自由自在に水に潜り空中を飛翔するという龍神、龍王堂横のから池で
数十年無為に過ごす龍を哀れに思い、〇年かけて山からの清浄な水を引き込みたたえた。
それから龍神川左岸に密生していた熊笹を刈り取り、堆積していた土砂を削り取りした。
くりぬいた岩穴に鎮座する不動明王さまが、
長年お参りする方とてなく見捨て置かれ、汚れに任せておられた。
「少し待ってください、お身拭いさせていただきますから」と呟きながら、
橋を渡り山道に上がりふと振り返ると、これまで熊笹や土砂に隠れて見えなかったのか、
龍神川の一枚岩のなめ滝が、私の目に龍〇左目、鼻、大きく開けた口、
なんと右手で玉をつかもうとする龍神がありありと見え、現れた。」
竜は、水の神様、そして渓流の大きな岩穴に「不動明王」さま
「水を大切にし、水に感謝をささげる『龍王堂』」ここに建つ。
ここに来て良かったし、いいものを見せてもらえたし、
白衣観音様の後姿も有難く、空も一層清く見え…
この先の「本堂」などは、次の「章」までお預けです。
さて、野殿へ戻ります。
ではまた
本当は全てをちゃんと見てから報告したかったのですが、
最初に訪れてから、再訪問しようと思ったら「お盆の長雨」で、行けず
(ほんと長いですよね、こんなはずじゃなかった長雨で
お盆も泣いているようでまるで(私的に思う)「涙盆」です。)
実際「三国越林道」では、「崖崩れ予兆箇所」を数カ所見てきているので、
とても怖くて通れません です。
なので結局、初訪問報告になります、だから「序章」です。
晴天が続いたらきっと再訪問しますね…
こんな山奥にこんな綺麗な建物があるのか!?という不思議体験をした気分です。
【宗教法人 曹渓宗総本山・高麗寺】
場所は、ココ☟(童仙房の奥の奥ってかんじです、野殿からは約3㎞、7・8分で着きます)
(再掲)
この道中、
山道には「ウツギ」が群生、
山深く、緑深い場所で「白い花」を見るとホッとします
南山城村観光HPより
≪高麗寺は、日本に住む韓国人、または在日二世の心のよりどころとして開かれ、
本堂は1978(昭和53)年に建てられました。≫ また、
≪さまざまな歴史を経て、好悪の感情が入り乱れて現在に至っていますが、
高麗寺は一貫して、日韓友好と世界平和を主張しています。≫とのこと。
※『なぜ童仙房だったのか?』という謎は、このHPをお読みください。
山裾の道を縫うように走り、この案内が見えたら左折です。
(島ケ原中矢の道標案内板から約12.5㎞、やっとです(笑)。
平地なら大したことのない距離ですが…)
この先どんな山道を行くのかと思ったら、進むにつれ明るくなっていく感じです。
高麗ハイツという建物が正面に見えたら、そこはもう入口です。
狛犬さんもお出迎えしてくれます
なかなか男前の吽形狛犬ですよ(笑)。
小さな橋を渡ると、道は細いですが車も通れます(本来の駐車場はもっと奥にあるらしいですが)。
目の前に白い観音さまがおられます、後ろには十三重石塔。
「白衣観音像」
≪韓民族は、自分たちを「白衣民族」と呼ぶそうです。
白衣は、民族の歴史であり、誇りであり、伝統なのでしょう。
白衣観音像は、白衣民族の精神と思想を表しているとされます。
高さ10メートルの大きな観音様です。「ごくらくばし」を渡ってお会いします。≫(HPより)
白衣観音像の右向こうに何やら赤い橋と川の流れが見えたので、
引き寄せられるように行くと、なんと川へ下りる砂道もあり階段もあります、
その川向こうに極彩色の建物「竜王堂」です。
間近で見て「Oh!素晴らしい」、この山奥の秘境の地にこの極彩色の建物、
ただ感動するのみ
そして、何やら渓流の傍には「龍神・・・案内板」ですが、
下の方が草に覆われて読めませんが…
ざっとこんなかんじでしょうか?
「龍神発見の経緯 令和三年 高麗寺 代表 ……潤
自由自在に水に潜り空中を飛翔するという龍神、龍王堂横のから池で
数十年無為に過ごす龍を哀れに思い、〇年かけて山からの清浄な水を引き込みたたえた。
それから龍神川左岸に密生していた熊笹を刈り取り、堆積していた土砂を削り取りした。
くりぬいた岩穴に鎮座する不動明王さまが、
長年お参りする方とてなく見捨て置かれ、汚れに任せておられた。
「少し待ってください、お身拭いさせていただきますから」と呟きながら、
橋を渡り山道に上がりふと振り返ると、これまで熊笹や土砂に隠れて見えなかったのか、
龍神川の一枚岩のなめ滝が、私の目に龍〇左目、鼻、大きく開けた口、
なんと右手で玉をつかもうとする龍神がありありと見え、現れた。」
竜は、水の神様、そして渓流の大きな岩穴に「不動明王」さま
「水を大切にし、水に感謝をささげる『龍王堂』」ここに建つ。
ここに来て良かったし、いいものを見せてもらえたし、
白衣観音様の後姿も有難く、空も一層清く見え…
この先の「本堂」などは、次の「章」までお預けです。
さて、野殿へ戻ります。
ではまた
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