この世界の憂鬱と気紛れ

タイトルに深い意味はありません。スガシカオの歌に似たようなフレーズがあったかな。日々の雑事と趣味と偏見のブログです。

同窓会。

2010-01-03 18:29:13 | 日常
 昨年末のことですが、中学校の同窓会に参加してきました。
 同窓会っていうか、プチ同窓会かな、いや同級生によるちょっとした集まりといった方が正しいかもしれません。
 いずれにせよ、自分がその手の集まりに参加するのは成人式以来で、ずいぶん久しぶりのことでした。
 ぶっちゃけていうと避けてたんですよね。
 誘いがまったくなかったというわけではないのですが、今の自分を見られたくないな、という思いがあって。
 誇るべきものが何一つない、同窓会に行ったところで立つ瀬がない、そう思ってました。

 結局、そういう被害妄想めいた自意識は杞憂に過ぎなかったんですけどね。そのことがわかっただけでも今回の集まりに参加した甲斐がありました。

 これまで散々そういった集まりに参加を避けてきた自分が、今回どうして参加しようと思い立ったのか、それには理由があります。
 それは、中学時代、仲の良かった同級生が亡くなったという話を耳にしたからです。
 上手く言えないけれど、友人が亡くなったことを知らず、葬儀にも参列せず、さらに弔問さえしないというのであれば、人として非情なのではないか、そう思いました。

 しかし、弔問するにしても、最低限彼の死因、彼が何故亡くなったのかを知らなければいけません。
 それを是非とも知りたいと思い、今回の集まりに参加することにしました。

 会自体はとても楽しいものでした。
 前述の通り、誇るべきものがないとか、立つ瀬がないなどというのはどうしようもなく愚かで陰陰滅滅とした、病的な自意識でしかありませんでした。

 ただ、集まりに参加した本来の目的は果たせませんでした。
 参加したものの中で数名は彼の死の理由を知っていたようなのですが、それは彼らにとってタブーらしく、問うても口を重く閉ざしたままでした。

 結局、それが答えなのでしょう。
 友人は、彼の死を知るものが、彼がどのような死に方をしたのか、人に答えられない死に方をしたということなのでしょう。
 だから自分は彼の家に弔問することが出来ずにいます。

 ここで彼の死について書くことが弔意を示すことになるのかどうかわかりませんが、彼の冥福を祈りたいと思います。

 自分では日頃実感出来ないのだけれど、確実に時は流れているのだなぁと思いました。
コメント (5)
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