前回(→こちら)に続いて、北方謙三『試みの地平線』の話。
あらゆる悩みを
「女を抱け!」
「ソープへ行け!」
を軸に解決に導く先生は、もう男としてはリスペクトするしかないのであるが、こういうやりかたに反発を覚える人というのもいる。
女性もさることながら、中には生真面目な男子もいて、曰く
「発想が男中心すぎる」
「質問によって、意見がちがうことがある」
「自分に酔っているだけ」
という、あながち的はずれでもない批判が来たりしたそうだ。
それに対して北方先生は、
「小僧ども、お前たちのいいたいことはわかる」
そこは、いったんは受け入れる。
続けて先生は、「地平線とはなにか」について語る。
地平線、それは遠くにあり、追いかけても追いかけてもたどりつけない。
人生もそれと同じだ。だが俺たちはそれでも、あの地平線に向かって走っていこうではないか。
それが人生ってもんだろ。そうタイトルの由来について語り、そこから
「それでも文句のあるやつは、直接俺のところへ来い!」
真の男は拳で語り合うという。
すわ! これは血を見るのか! 一瞬ドキリとするが、北方先生は
「ケンカはよくない。だから、アームレスリングで決着をつけようじゃないか」
うーむ、日本の男は腕相撲だ。ハードボイルドである。
「まだまだ、小僧どもには負けないぜ(ニヤリ)」
公言したところ、実際に「一戦交えてください」という男子が、結構な数来たという。
もちろん、挑戦は受ける。さすがはハードボイルドの大家。
伊達に西原理恵子さんの漫画で、新宿鮫がドン引きするのをよそに、女体盛りにかぶりついていない。
ところが北方先生、あるときミニコラムの中で、こんなことを書いておられた。
「もう、アームレスリングを挑んでくるのはやめてほしい」。
一体どうしたというのか。
もしかしたら、手の中に画鋲をしこんでくるとか、そんなことをするタチの悪い奴がいたのかもしれない。
などと想像しながら読んでみると、そこには
「こないだある若者に負けてしまった」。
ええええええええ!!!
北方謙三、アームレスリングで敗北。まさかの展開である。
敗退の理由は「どうも最近、衰えてきたようだ」という純粋に年齢的なもの。
「これはから歳のことも考えて、無体なファイトはひかえたい。なので、これからは腕相撲の代わりに握手の腕を出してくれ」
方針転換を発表。
素直に敗北を受け入れるあたり、謙三かわいいところもある。こういうところも、男である。
そんな北方先生に、第二の試練がおとずれる。それは読者による、「北方謙三排斥運動」だ。
これを起こしたのは、前述のような生真面目な男子と、ハードボイルドな北方文体に男尊女卑のにおいを感じた女子から。
「北方の連載をやめさせろ」
そう訴える葉書に、先生はすかさず反応。
「小僧ども、お前たちの気持ちはわかった」
そこも、いったんは受け入れる。なんというフトコロの深さか。
だが、先生は語る。
自分は本気である。本気で、小僧どもと向かい合っている。
だからこそ、あんな恥ずかしいセリフをぶつけることができるのだ、と強く主張する。
恥ずかしいセリフ。なるほど、意外とキャラに自覚があった北方センセ。
たしかに真面目だ。人柄は誠実である。北方先生はそこで
「わかった、じゃあこうしよう。どうしても俺を追い出したかったら、『嫌葉書』を送ってこい。それが多ければ、いさぎよくやめてやる」
野次馬としては、おいおいそんなこといって大丈夫なのかと心配になるが、先生は
「俺は平気だぜ。なぜならば『嫌葉書』は来るだろうが、それ以上に『良葉書』がくるはずだからな。俺をやめさせるのは大変だぜ(ニヤリ)」
自信に満ちておられる。やはり、男の中の男だ。シブすぎである。
その集計の結果はといえば、
「俺の連載は続くこととなった。『やめないでくれ』という葉書が山ほど来たからな」
さすがである。このカリスマ性には驚嘆だが、北方先生はそこで
「だが、残念な知らせもある」
これには少し、身を固くする。なにかあったのかといえば先生曰く、
「俺を追い出したかったら『嫌葉書』を送れといった。だが俺はなんの心配もしていなかった、それ以上に『良葉書』が来るからだ」。
たしかにそうおっしゃっていた。実際にそうなった。たいしたものである。
が、先生によると
「ただ、俺が思っていた予想よりも、まあまあ多めの数の『嫌葉書』が来ていた」
あー、そうなのか。
おそらくは、北方先生の挑発的な口調をストレートに受けとってしまった人が、ムキになって送ってきたんだな。
どうも北方先生、そのことに若干ションボリしておられるようなのである。
アハハハハハ! 軽く傷ついてますやん! かわいいなあ。
そのコラムの結びには、
「特にひとりで6枚の『嫌葉書』を送ってきた君、フェアにやろうや、切ないぜ」
先生、結構どころでなくヘコんでます。
なんか、6枚というところが妙なリアリティーというか。
本当にやめさせたかったんだけど、若者の手間と財力的にはこんなもん、という感じが伝わってきて、そこがなんともおかしい。
それにへこむ北方謙三。ハードボイルドなのに。うーん、まったく切ないぜ。
先生を慕う小僧のひとりとしては、やはりこういうときこそ、ソープへ行って元気を出していただきたいものである。
そして、また地平線を目指そうじゃないか(ニヤリ)と、ついつい本を読みながら爆笑、もといニヒルな笑みを浮かべる私なのであった。