ミドリ色の屋根は永遠に~René Simardに首ったけ~

ルネ・ファンのルネ・ファンによるルネ・ファンのためのルネ・ブログ シマ姉のルネ・データ・バンク

01 Condor コンドル  en duo avec BRUNO PELLETIER

2023年01月15日 | ルネの仏語の歌

 ルネの53枚目のアルバムCondorコンドル」がリリースされてから1年以上の月日が流れてしまいました。ルネがデビュー52周年を迎える本年に、やっと歌詞の紹介を開始することが出来ます。 

 前回は、アルバムに付属した小冊子のルネからのメッセージを紹介いたしました。そして今回は、アルバムのタイトル曲である「Condorコンドル」の歌詞を紹介いたします。いつものように、フランス語の歌詞に読み仮名と、私が翻訳した日本語詞を添えました。ルネの公式のYouTubeチャンネルの映像と一緒に楽しんでいただければ幸いです

 

 

ブリュノ・ペルティエ - Wikipedia

 

 

 コンドル        ブルリュノ・ペルティエ

Condor  en duo avec BRUNO PELLETIER

 (YVES MORIN/ANDRE LECLAIR)

 

トゥー プレ ドゥ トワ トゥー スメラーンジュ

Tout près de toi, tout s’mélange

トゥー ス メティス トゥー セシャーンジュ

Tout se métisse, tout s’échange

エ タン フェ パ

He! T’en fait pas

 

ヤ タン ドゥ レーヴ デキモーズ

Y’a tant de rêves, d’ecchymoses

ヤ タン デフェ タン ドゥ クーズ

Y’a tant d’effets, tant de couses

ノン ルキュール パ

Non, recule pas

 

ルガルドゥ プリュ オー

Regarde plus haut

ア ディスタンス ドゥ ヴュー ダ ノワゾ

À distance de vue d’un oiseau

テュ ヴェラ コモン トゥー サ エ ボー

Tu verras comment tout ça est beau

 

ヴォワ リロンデル エ リマーンス コンドル

Vois l’hirondelle et l’immence condor

ダン ザン メーム シエル プリューム ミュルティコロール

Dans un même ciel, plumes multicolores

ヴォワ ダン ラ ニュイ サリュメー レ ゼトワール

Vois dans la nuit s’allumer les étoiles

ミリオン ドゥ ヴィ キ サンティル ス デヴォワル 

Millions de vies qui scintillent, se devoilent

 

トゥー ブレ ドゥ トワ トゥー タパージュ

Tout près de toi, tout tapage

トゥー スデフィニ トゥー シャンジュ ディマージュ

Tout s’définit, tout change d’image

エ トゥー タヴァンス

He! Tout avance

 

ヤ タン ドゥ ジョワ ドゥ デバークル

Y’a tant de joie, de débâcles

ヤ タン ドゥ フォワ タン ドゥミラークル

Y’a tant de foi, tant d’miracles

セ  コ ミュヌ ダンス

C’est comme une dance

 

トゥー ス デガージュ

Tout se dégage

カン ドン モントゥ オーデシュ デ ニュアージュ

Quand on monte au-dessus des nuages

テュ ヴェラ コマン トゥー サ エ サージュ

Tu verras comment tout ça est sage

 

(refrain)

 

トゥー スコン ヌ プー プリュ テール

Tout c’qu’on ne peut plus taire

カル トゥー クラーム ノートゥ ランヴィ デール

Car tout clâme notre envie d’air

パルトゥー オートル ドゥ ラ テール

Partout autour de la Terre

エレーヴ トワ エ

Élève-toi et

 

ヴォワ リロンデル エ リマーンス コンドル

Vois l’hirondelle et l’immence condor

ダン ザン メーム シエル ヴォレ プリュ オー アンコール

Dans un même ciel, voler plus haut encore

ヴォワ ダン ラ ニュイ サリュメー レ ゼトワール

Vois dans la nuit s’allumer les étoiles

ミリオン ドゥ ヴィー キ サンティル ス デヴォワル

Millions de vies qui scintillent, se dévoilent

 

ヴォワ リロンデル エ リマーンス コンドル 

Vois l’hirondelle et l’immence condor

ダン ザン メーム シエル ブリューム ミュルティコロール

Dans un même ciel, plumes multicolores

ヴォワ ダン ラ ニュイ サリュメー レ ゼトワール

Vois dans la nuit s’allumer les étoiles

ミリオン ドゥ ヴィ プレーヌ ドゥ ヴァン ダン レ ヴォワル

Millions de vies pleines de vent dans les voiles

 

コンドル

君のすぐそばで すべてが混ざり合っている

すべてが混ざり合い すべてが交換されている

ねえ! 心配しないで

 

たくさんの夢 たくさんの痣がある

たくさんの結果 たくさんの原因がある

いいえ 引き下がらないで

 

より高い 

鳥の視線で 遠くから眺めれば

すべてが どれほど美しいか分かるだろう

 

ツバメと 巨大なコンドルを見る

同じ空に 色とりどりの羽を

夜に 星がきらめくのを見る

輝き 姿を現す何百万もの命を

 

君のすぐそばで すべてのノイズが

すべてが明確にされ すべてがイメージを変える

ねえ! すべてが前進しているのだ

 

たくさんの喜び たくさんの失敗がある

たくさんの信仰 たくさんの奇跡がある

それは まるでダンスのようだ

 

すべてが 明らかになる

私たちが 雲の上に昇るとき

君は すべてがどれだけ賢明なのか分かるだろう

 

(コーラス)

 

もはや沈黙していられない そのすべてのもの

すべてが 私たちの空への羨望を叫んでいるのだから

地球のいたるところで

自分を向上させ そして

 

ツバメと 巨大なコンドルを見る

同じ空を もっと高く飛んでいるのを

夜に 星がきらめくのを見る

輝き 姿を現す何百万もの命を

 

ツバメと 巨大なコンドルを見る

同じ空に 色とりどりの羽を

夜に 星がきらめくのを見る

帆の中で 風に満ちている何百万もの命を

 

 ルネは小冊子のメッセージ(解説)で、「10歳の子供の自分と、大人になった自分とを類推したかったと語っていました。また、小さな『L'oiseau(歌詞ではツバメ l’hirondelle)』と巨大な『コンドルCondor』を、デビュー当時の自分と現在の自分に照らし合わせて歌詞に表現したかったのだと思います。ルネがこの曲に込めた思いやコンセプトをとらえられるような翻訳が出来ていたら幸いです。

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L’oiseau c’est toi

2022年09月11日 | ルネの仏語の歌

 昨日は十五夜中秋の名月」。今日11日は十六夜(いざよい)です。

 

<エリザベス英女王とカナダ>

 エリザベス英女王の8日の死去を受け、facebookでは英国だけでなくカナダでも悲しみに包まれ、「英国の母」を失った哀悼の言葉が寄せられました。96歳、在位70年、英国君主として歴代最長。1952年2月6日に即位して以降、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドに加えて、ジャマイカ、バルバドス、バハマ等、16か国の女王でもありました。英連邦諸国は王は同じでも、イギリスとはまったく違う国であり、女王は日本の天皇同様に「君臨すれど統治せず」を原則としていて、基本的には、儀礼的な国事行為を行う存在となっていました。

 カナダは昔、イギリスの植民地でした。植民地ということは、まさにイギリス国王がカナダを統治していたということですが、アメリカ独立戦争の勃発から、独立戦争後にかけて、アメリカによるカナダ併合の危機が高まりました。その対応策として、イギリスは、1867年に自治領カナダ政府を成立させます。これにより、カナダは英連邦の下にありながら自治権を持つことになります。ただし、この時にはまだ外交権は与えられていませんでした。

 その後、カナダが実質的な独立国となったのは、1931年のことです。この時の英国議会で提唱されたウェストミンスター憲章によって、カナダをはじめとする英連邦諸国は英国と対等であり、共通の国家元首(英国君主)に対する忠誠心で結びついているだけであると決議されました。

▲カナダ旅行のとき持ち帰ったカナダの1セントコイン 左は即位前のもの

 ケベック州は1960年代には分離独立を求める諸派が集まり ック党 を結成、1968年より連邦政府に対しック自治強化などの憲政上の交渉や、分離独立を争う住民投票を要望するなどの活動を行なってきました。ルネが第3回東京音楽祭世界大会でグランプリとフランク・シナトラ賞を受賞した1974年頃は、カナダからの独立運動が活発に行われていました。1995年10月30日に連邦からの分離独立を問う住民投票が実施され,50.6%対49.4%の僅差で分離独立は否決されましたが,依然として分離独立を求める動きは衰えてはいません。しかし、エリザベス女王の死去には、ルネの妹ナタリー・シマールをはじめ、多くの人たちが弔意を表していました。

 カナダのトルドー首相もビデオで声明を発表し、「カナダの歴史のほぼ半分となる70年間、女王としてカナダ国民に対し深く、変わらぬ愛情を注ぎ、強さと知恵をもって私たちのために力を尽くしてくれた」と述べ、感謝の気持ちを示しました。そして「女王は思慮深く、賢く、好奇心旺盛で、親切で、おもしろく、そしてそれ以上のものを持っていた。複雑な世界において、女王の安定した優雅さと決意はわれわれに癒やしと強さを与えてくれた。世界で最も好きな人のひとりでいなくなるのはさみしい」と哀悼の意を示しました。

 

       ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 facebookのルネ・ファン・グループCondor, c'est toi : pour René Simard」の今日現在のメンバーは383人。そのほとんどはケベックの方が占めています。

 友だちリクエストに気軽に答えてくださる、ルネの妹ナタリーや兄レジス、弟ジャン=ロジェたちとも、カナダのルネ・ファンの中でも特に有名なシャンタルさんやジゼルさんたちとも、私やルネ友さんたちとも友だちではない方々が、続々とメンバーに加わっていることに驚いています。(Passion Simard等のグループに所属している方も含まれます)

 グループへの投稿は、毎日1投稿以上を目標にしていますが、メンバーさんたちからの投稿や、新メンバーさんのウェルカム・メッセージ等があるため、今のところ目標は達成できています。投稿へのコメントで盛り上がったり、貴重な情報が舞い込むことも有って、毎日楽しいです

 ちなみに、管理者の私は日本のルネ記事を中心に、メンバーさんたちからは、貴重なルネの写真やカナダの情報、ネットでは公開されていないルネが出演したTV番組の映像などが投稿され、ディスカッションが活発に行われていますよ♪

 そして、このルネ・ファン・グループの名前である「Condor, c'est toi :pour René Simard」は、2007年に放送された「La Petite Séduction」というTV番組の中で、ルネが訪れたCasselmanカッセルマンという小さな町の人々が、ルネを歓迎するために作って全員で歌った「L'oiseau, c'est toi(鳥、それはあなた)」がもとになっているということは、過去ログでお話ししました。その歌詞を、グループのメンバーのジョゼフ君に教えていただきました いつも通りフランス語の歌詞に読み仮名を振り、和訳を付けて紹介いたしましたのでお楽しみくださいね(^^♪ 
 
 また、このビデオをシェアしてくださったグループ「Passion René Nathalie et Régis Simard」、歌詞を提供してくださったジョゼフ君に、大変感謝しています Merci pour le partage de ces vidéos et paroles
 
René à Casselman
Partie 6 de René à Casselman en 2007 Passion René Nathalie et Régis Simard

(1) Facebook

L’oiseau c’est toi

タ ヴォワ ヴォワヤージュ スュル レ ゼイユ デュ タン

Ta voix voyage sur les ailes du temps

テュ トゥーシュ モン クール シィ デリカトゥマン

Tu touches mon coeur si délicatement

ジュ テ エメ ジュ テー メ テムレ

Je t’ai aimé, je t’aime et t’aimerai

ト ヌール ドゥ グロワール フュ マントゥナン ルネ

Ton heure de gloire fut maintenant René

 

ロワゾー セ トワ

 L’oiseau c’est toi

 ル シエル セ モワ

 Le ciel c’est moi

 テュ ア ヴォレ ダン モ ニュニヴェール

 Tu as volé dans mon univers

 テュ マ フェ グテ ア ラ リュミエール

 Tu m’as fait goûter à la lumière

 ロワゾー セ トワ

 L’oiseau c’est toi ※

 

※~※refrain✕2

セ トワ

C’est toi

 

鳥 それはあなた

あなたの声は 時の翼に乗って旅をします

あなたは 私の心にとても優しく触れます

私はあなたを愛していました 私はあなたを愛しています そしてあなたを愛するでしょう

あなたの最高の時間は 今やルネでした

 

※鳥 それはあなた

 空は 私

 あなたは 私の宇宙を飛びました

 あなたは 私に光を楽しませました

 鳥は あなたです※

 

※~※繰り返し(2回)

それは あなたです

 

 映像の音声が小さいため、音量を目一杯上げないと聴き取りにくいですが、この歌を聴いて、感激の涙で目を潤ませているルネのために、一緒に歌っていただければ幸いです♪

 また、勝手ながら、この歌詞の「L'oiseau」を「Condor」に変えて、当ルネ・ファン・グループのテーマ曲にしたいと考え、この歌をベースに「Condor c’est toi」と自作の日本語詞「コンドル それはあなた」を作ってしまったシマ姉なのでした(爆★)。それについては、また改めて記事にいたします♪

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Les dimanches après-midi

2021年08月28日 | ルネの仏語の歌

 足掛け3年続けてきました、ルネのデビュー25周年記念CD集の曲紹介も今回で一段落。次回からは、以前から予告していましたルネのデビュー50周年記念誌の紹介に入ります。


 そして今回紹介いたしますのは、ルネの7枚目のアルバムのタイトル曲”Les Dimanches apres-midi日曜日の午後です。


 「日曜日の午後」は、日本のファースト・アルバムのB面にも収録されている、少年時代の代表曲です。

 歌詞は、両親の別居によって、妹イザベルと一緒にピエールおじさんとエレーヌおばさん夫婦の家に預けられた少年が、両親の離婚を悲しんでいる内容ですが、曲からは歌詞の内容ほど暗さは感じられません。むしろ、ルネの声の良さを十二分に引き出す曲だと思います。特にさびの部分はルネの澄んだ高音が伸びやかに冴えわたり、心地よく聴き入ることができます。

※過去ログ「日曜日の午後”Les Dimanches apres-midi ”」参照http://green.ap.teacup.com/rene_simard/74.html

 私の訳詞はほぼ直訳ですが、この曲は日本のファースト・アルバムの歌詞カードの訳とあまり変わりませんでした。両方の訳詞を紹介いたしますので、参考にしていただきながら、ルネと一緒に歌って楽しんでいただけたら幸いです。



レ   ディマンシュ   アブレ ミディ
Les dimanches après-midi

イル  ゼテ  ボー  レ ディマーンシュ アプレ ミディ
Ils étaient beaux les dimanches après-midi
オ ネテ トゥー スルー アンサンブル
On était tous heureux ensemble
ママン  プレパレ  ル スーペー
Maman préparait le souper
パパ モンテ   モン セルヴォラン
Papa montait mon cerf-volant
パンタ゚ン  キザベル  ドルメ ア ポワン フェルメ 
Pendant qu'Isabelle dormait à point fermé

 コ  ミル ソン トゥリストゥ レ ディマーンシュ アプレ ミディ 
Comme ils sont triste les dimanches après-midi
ドゥピュイ ク ヌー ヌ ソム プリュ ザンサンブル
Depuis que nous ne somme plus ensemble
オンクル ピエール エ トゥレ ジュンティ
Oncle Pierre est très gentil
タン テレーヌ フェ デ ビスキュイ
Tante Hélène fait des biscuits
エル ヴー コンソーレ イザベル キ サンニュイ ドゥ ヴー
Elle veut consoler Isabelle qui s'ennui de vous

REFRAIN
ジュ ヌ コンプラン パ プールコワ 
Je ne comprends pas pourquoi
ヴー ゼッティ ロワン ドゥ ヌー
Vous étiez loin de nous
ジュ ヌ コンプラン パ プールコワ
Je ne comprends pas pourquoi
ヌー  ソム  セパレ
Nous somme séparés
オー ディットゥ モワ プールコワ
Oh dites-moi pourquoi
オン ヌ ヴィ プリュ ザンサンブル
On ne vit plus ensemble
サ ム フェ マル ドゥ ヴォワール メ パラン ディヴォルセ
Ça me fait mal de voir mes parents divorcés

キル スーレ   ボー レ  ディマンシュ アプレ ミディ
Qu'il seraient beaux les dimanches après-midi
スィ オン ス ルトゥルーヴェ アンサンブル
Si on se retrouvaient ensemble
ジュ ルプランドゥレ モン セルヴォラン
Je reprendrais mon cerf-volant
パパ ヴィアンドゥレ アヴェック ママン
Papa viendrait avec maman
アンブラッセ イザベル トゥー コ マヴァン
Embrasser Isabelle tout comme avant

REFRAIN

オー ディットゥ モワ プールコワ
Oh dites-moi pourquoi
オン ヌ ヴィ プリュ ザンサンブル
On ne vit plus ensemble
サ ム フェ マル ドゥ ヴォワール メ パラン ディヴォルセ
Ça me fait mal de voir mes parents divorcés

オー ディットゥ モワ プールコワ
Oh dites-moi pourquoi
オン ヌ ヴィ プリュ ザンサンブル
On ne vit plus ensemble
サ ム フェ マル ドゥ ヴォワール メ パラン ディヴォルセ
Ça me fait mal de voir mes parents divorcés


日曜日の午後

日曜日の午後は楽しかった
みんな一緒で幸せだった
ママは夕食を準備していた
パパは僕の凧を上げていた
イザベルがぐっすり眠っている間に

日曜日の午後は何て悲しくなってしまったんだろう
僕たちがもう一緒じゃなくなってから
ピエールおじさんはとても優しいし
エレーヌおばさんはビスケットを焼いてる
パパとママがいなくて寂しがってるイザベルを慰めたくて


<リフレイン>
何故なのか分からないよ
パパとママが僕たちから遠く離れること
何故なのか分からないよ
僕たちが離れ離れになること
ああ 何故なのか教えて
もう一緒に暮らせないのか
パパとママが離婚するのを見るのは辛いよ


日曜日の午後は何て楽しいんだろう
僕たちがまた一緒だったら
僕はまた凧を手に入れるんだ
パパはママと一緒に来て
以前と同じようにイザベルにキスするだろう


<リフレイン>

ああ 何故なのか教えて
もう一緒に暮らせないのか
パパとママが離婚するのを見るのは辛いよ

ああ 何故なのか教えて
もう一緒に暮らせないのか
パパとママが離婚するのを見るのは辛いよ



   日曜日の午後

昔の日曜日の午後は楽しかった
皆で幸せだった
ママは台所に
パパは僕のタコを作っていた
そしてイザベルはすこやかに眠っていた

日曜日の午後は寂しくなった
皆がバラバラになってから
ピエールおじさんはとてもやさしい
エレヌおばさんはビスケットを焼いている
寂しがっているイザベルをなぐさめるために

どうしてそう遠くにいるのか僕にはわからない
どうしてはなればなれになったのか僕にはわからない
どうして一緒に暮らさないのか教えて
パパとママが離婚するの悲しいよ

日曜日の午後は楽しいだろうな
皆が一緒だったら
僕は又タコで遊べる
パパとママと一緒で
イザベルにキッスするだろう昔のように

どうしてそう遠くにいるのか僕にはわからない
どうしてはなればなれになったのか僕にはわからない
どうして一緒に暮らさないのか教えて
パパとママが離婚するの悲しいよ




 ルネが情感たっぷりに『ミドリ色の屋根』を歌う映像を見て、「可哀そうに。この子の両親は離婚してしまったのね。」とブログか何かに書かれていたのを読んだことがありました。なんでそんなことを思うのかしら? ルネのパパは一緒に来日していたのに・・・と思ったのを覚えています。

 『ミドリ色の屋根』と仏語版『Non Ne Pleure Pas』が収録されたこのアルバムのタイトル曲『日曜日の午後Les dimanches après-midi』。そして、次にリリースされた仏語版『雨上りのデイト』『Ma Petite Japonaise』収録の『Papa On S'Ennuie De Toi』。どの曲も、当時のルネのイメージと声にあった曲として作られたのだと思いますが、1975年10月、ルネが14歳の時、父ジャン=ロック・シマール氏は、家族と別居しました。そして1978年5月に母ガブリエル・ラベと離婚。歌の内容が現実になってしまいました。そのことを知ったのは、亡きジャン=ロック・シマール氏の著書”Au-Dela Du Silence沈黙を超えて”の年代記からでした。


 ジャン=ロック氏が家を出て、母ガブリエルと離婚するに至った原因となったのは、氏がアルコール中毒でルネのマネージメント等が満足にできず、ルネに責められたせいであるとか、ルネが兄とも歌手としての師とも思い尊敬していたクルティエ氏の策略であるとか言われています。

 現在、ルネの両親はすでに他界していますが、妻マリーの両親は健在です。今年の4月に孫娘クロエちゃんが生まれたルネ一家の、健康と幸せをお祈りいたします。symbol1

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Le gamin de l'île

2021年08月21日 | ルネの仏語の歌

  残暑お見舞い申し上げますsoftcreamkakigoorisuika


 暦の上では秋とはいえ、まだまだ暑い日が続いておりますが、ルネ友の皆さまにおかれましては、お元気でお過ごしでしょうか。


 8月24日から9月5日までの13日間、東京パラリンピックが無観客で開催されます。

 1976年に開催されたモントリオール・オリンピックでは、ルネが仏語と英語で歌ったモントリオール讃歌」がリリースされました。それについてはカテゴリ『モントリオール讃歌でご覧ください。

※カテゴリ『モントリオール讃歌
https://green.ap.teacup.com/applet/rene_simard/msgcate12/archive

 東京オリンピックの開催に合わせ、facebookで1996年に放映されたモントリオール・オリンピックについてのルネのインタビュー映像が紹介されました。その内容については、”Passion Simard”のGiseleさんから教えていただいた概略に、ルネ友のmomoさんのリスニングの内容を加えておりますのでご覧ください。なお、紹介する映像は、当ブログのみの無収益、限定公開ですので、ご承知おきください。

 Giseleさん、momoさん、ご協力ありがとうございましたsymbol1



<インタビューの概略>
 ルネは、1996年に行われたこのインタビューで、オリンピック開催中、彼に「モントリオール讃歌 Bienvenue à Montréal」を歌うように依頼したのは、モントリオール市長のドラポー氏だったと言っています。 ルネはモントリオール市を歩き、この街について話しています。 フランスでは、ルネを見たとき「Ah la jolie demoiselle(ああ、可愛いお嬢さん)」と言った男性がいて、「モントリオール讃歌」を(男性の声で)歌ったら驚いたそうです。ルネは、どこへ行っても、ルネが歌う「モントリオール讃歌」が聞こえ、それが面白いと思ったと言っています。 彼はオリンピックでは歌わず、会場にも行きませんでしたが、テレビで観戦するのが好きだったそうです。

 こちらは私が作成した「この旗の下で」のYouTube映像です。一緒にお楽しみいただければ幸いです。



 コロナ渦に無観客で行われた東京オリンピックでは、たくさんの感動が有り、アスリートの方たちから元気と希望をいただきました。

 しかし、緊急事態宣言が出されている東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県、大阪府、沖縄県の1都1府4県に加え、20日から緊急事態宣言が出された茨城県、栃木県、群馬県、静岡県、京都府、兵庫県、福岡県の1府6県、それに、20日以降、「まん延防止等重点措置」が適用される1道15県の、合わせて29都道府県のすべてで、最も深刻な「ステージ4」に相当する項目が複数あります。

 パラリンピックもお家観戦により、一人ひとりが自覚を持って、コロナの感染拡大に歯止めをかけましょう!

  ▲千葉真一氏とルネ、ちょっと似てるでしょう?

 そして、感染力の高いデルタ株に置き換わったことにより、感染拡大に歯止めが利かない状態が続いています。去る8月19日俳優の千葉真一さんが82歳で、新型コロナウイルスによる肺炎のため千葉県・君津市の病院で亡くなりました。
 私は、「キーハンター」の頃からずっとファンでした。日本のルネ・シマール・ファン・クラブ「メープル・メイツもカナダのファン・クラブも閉鎖されてしまった後、JAC(ジャパン・アクション・クラブ 現JAE FACTORY)ファン・クラブに入会していました。とても悲しいです。

 facebookでは、“JJ Sonny Chiba”の通称で活躍し、クエンティン・タランティーノ監督やキアヌ・リーブス、サミュエル・L・ジャクソンら多くの有名俳優から敬愛されていた彼の死を、REDIO-CANADAで報じた記事が投稿されています。

※”La légende du cinéma d'arts martiaux Sonny Chiba meurt de la COVID-19 武道映画の伝説、千葉真一がCOVID-19で死去”参照
https://ici.radio-canada.ca/nouvelle/1817894/legende-japonaise-cinema-arts-martiaux-mort-sonny-chiba?fbclid=IwAR1m5obcVBjQb3uITaiVaRGLXbCEzDFvUHJ5nCRraYKcPhk3Va-u-12ExAw

 千葉真一さんご冥福をお祈りいたします。



     ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


 8月も後半に入りました。〇〇年前に新婚旅行でflag11カナダに行ったのもこの時期。 ケベックシティオルレアン島観光が一番の想い出ですsymbol1 もちろん、オプショナル・ツアーの現地ガイドさん(『長田ママ』と秘かに呼んでいました 笑)にお願いして、ルネの『船長の家』にも連れて行っていただきましたsymbol1
 
 そして今回紹介いたしますのは、ルネのファースト・アルバム”L'oiseau-鳥-”の5曲目に収録された”Le gamin de l'île島の少年”です。「島の少年」は、ルネの兄レジス・シマール作詞によるオリジナル曲で、日本のファースト・アルバムにも収録されています。


 ちなみに、ルネ友のみなさまもご存じのとおり、曲名の「」は、ルネがデビュー前後に住んでいた、ケベックシティのオルレアン島のことです。

▲バシャン姉妹の本より

 ルネはシクーティミのサグネィで生まれましたが、その後ケベックシティのオルレアン島セント・ペトロニーユ村にある『白い家』の2階に移り、パパが喘息を発症してコックの仕事が出来なくなった時は、ケベックシティ、サビニエール・ドリオン通りのアパートの地下4部屋で市の生活保護を受けながら生活していました。デビュー後購入したのがオルレアン島セント・ペトロニーユ村の『船長の家』。ルネがまだ『白い家』に住んでいた時売りに出されており、教会と学校に通う途中にありました。



 ルネと兄レジスのデュオによる「オルレアン島の2人の少年という歌も有ります。歌詞は過去ログでご覧ください。ちなみに、妹ナタリーが生まれたのは『白い家』です。

▲『白い家』:左はルネのデビュー25周年記念誌に掲載 映画『Un Enfant Comme Les Autres 普通の子供(ルネ・オン・メロディ)』の一場面より

▲ルネが通った学校(左 『月刊明星1974年10月号』の特集記事より)とセント・ペテロニーユ教会(右)

▲『船長の家』:右の集合写真はジャンロック氏の本より


※過去ログ「島の少年”Le Gamin De L'Ile”」参照
http://green.ap.teacup.com/rene_simard/66.html
※過去ログ「オルレアン島の2人の少年」参照
https://green.ap.teacup.com/rene_simard/485.html
♪René Simard "L'oiseau" Face 1
https://www.youtube.com/watch?v=LVOtw3bzP3Q



 「島の少年」は11分43秒からです。歌いやすい曲なので、ルネと一緒に歌って楽しんでくださいねsymbol1


 ル ガマン ドゥ リル
Le gamin de l'île

ジュ スュイ ザン ガマン アンスュレール
Je suis un gamin insulaire
キ ポッセドゥ  ル ドン ドゥ リール
Qui possède le don de rire
コネッサン  タン プー ラ ミゼール
Connaissant un peu la misère
オッスィ ジュ コネ ス ケ ヴィーヴル
Aussi je connais ce qu'est vivre

ジェム ラ ヴィ エ トゥー セ ボヌール
J'aime la vie et tout ces bonheurs
ジュ スュイ トゥロ プティ メ グランドゥ フォワ オー クール
Je suis trop petit mais grande foi au coeur
ジュ ヴー マ リベルテ メ ジュ ヌ ラ コネ パ
Je veux ma liberté mais je ne la connais pas
メ ゾー フォン ジュ セ ビヤン ク ジュ ドワ ルトゥルネ
Mais au fond je sais bien que je dois retourner
ア マ ヴィ ドゥ ガマン
À ma vie de gamin

ジュ ヴァガボンドゥ パルミ レ ボワ
Je vagabonde parmi les bois
アヴェック デ ザミ ドゥ モ ナントゥラージュ
Avec des amis de mon entourage
ケルクフォワ   イル マリーヴ ドゥ グランドゥ ジョワ 
Quelquefois il m'arrive de grandes joies
ジュ マン ヴェ カンペ アン グラン ガルソン
Je m'en vais camper en grand garçon

セ   コ  ミュヌ リベルテ ドゥ ガマン
C'est comme une liberté de gamin
ジュ サン ダン モン クール ラ ジュワ ダン バラダン
Je sens dans mon coeur la joie d'un baladin
ジュ スュイ ズールー ドゥ セ ボー ソワール デテ
Je suis heureux de ces beaux soirs d'été
メ  ヴォワラ ジュ レーヴェ オー ゼスポワール ダン プティ ガマン
Mais voilà je rêvais aux espoirs d'un petit gamin


島の少年

僕は島の少年
楽しむことの天才さ
辛いことだって少しは知ってるよ
だから生きることが何なのかも知ってるんだ

僕は人生とすべての幸せが好き
僕はとても小さいけれど 心には大きな信仰がある
自由は欲しいけれど それが何なのかは分からない
でも結局 戻らなければならないことも知ってるよ
子どもである僕の生活に

僕は森の中を彷徨い歩く
取り巻きの友だちと一緒に
時々 大きな喜びが起こる
僕は一人前の男としてキャンプするつもりさ

これは子どもの自由時間のようなもの
旅芸人の喜びを心に感じる
心地よい夏の夜は幸せ
だけど僕は 少年の希望を夢見たんだ



島の少年

僕は島の少年
僕はいつも笑っている
貧しさも少しは知っているさ
だから生きる楽しみも知っているんだ
生きていて幸せなんだ、楽しいんだ
僕はまだ小さいさ
でも、時々
遠くへ行きたくなるんだ
自由を知りたくなるんだ
でも、僕は知っている
少年の時が一番いいことを
友達と森を歩いたりキャンプをしたり
これは子供の喜びさ
僕は旅人
涼しい夏の夜僕は幸せさ
ただ僕は少年の夢を持つんだ



ルネと兄レジス・シマール(『月刊明星1974年10月号』の特集記事より) ちなみに、この記事の取材が行われた1974年よりも以前から、シマール家はオルレアン島に住んでいませんでした


 余談ですが、”Je suis trop petit mais grande foi au coeur”の部分を訳していて思い出したことがありました。
 それは、当時ALFAレコード側の通訳だった道上雄峯氏が、『スーパーアイドル ルネ』の『完全スケジュール同行記』で書かれていた、6月27日(木)17:00、東京プリンスホテルのプロビデンスホールで行われた記者会見でのことです。

 『記者会見の席で、ルネは短いフランス語のメッセージを言いました。フレダ・ペインやスリー・ディグリーズ、マリー・トラヴァースなんかに囲まれて、「僕はこんな立派な人達ほど大スターではありませんが・・・・・・」と言う意味の社交的なメッセージでした。ところが音楽祭事務局の通訳嬢が「私はこの人達よりも背は小さいけれど・・・・・・」と訳して、ルネ自身の言葉が伝えられなかったことが、とても残念でした。』

 ここでは、『petit,e』が『背が小さい』と訳されたことが推測されます。しかし、『小さい、幼い、未熟な』などの意味もあるので、”Je suis trop petit”を、最初『僕はとても幼い』と訳したのですが、それに続く”mais grande foi au coeur”で反意語の『grand,e』(大きい、背の高い、大人になった、一人前の、重要な、偉大な)が使われているので、『僕はとても小さい』にして、『grand,e』を『心に大きな信仰』としました。また、”grand garçon”の方は、『大きな』ではなく、『一人前の』と訳してみました。ちなみに”garçon”は、『男の子、少年』以外にも、『青年、、息子、ウェーター、店員』等の意味があります。

▲教会のルネ 右:『月刊明星1974年10月号』の特集記事より 右:レジスと聖歌隊の衣装を着て

 また、『foi』は『①信仰、信念、信条 ②信頼、信用 ③誓い、誓約』の意味です。シマール家は、パパが教会の聖歌隊のリーダーをしたり、ルネが聖歌隊のソリストとして歌うなど、敬虔なクリスチャンですから、私は『信仰』と訳しました。

 それから、歌の冒頭の”Je suis un gamin insulaire Qui possède le don de rire”は、直訳すると『僕は楽しむこと(笑うこと)の才能を持っている島の少年です』なのですが、『僕は島の少年 楽しむことの天才さ』と訳してみましたがいかがでしょうか?

 最後まで訳してみて、この曲は、島に住む自由を夢見る少年が、夏休みに家族から離れて、友だちと一緒にキャンプを楽しみながら、自分自身のことや、自分が望んでいることについて考えをめぐらせている歌なのかな?・・・と思いました。仏語に堪能な方、是非アドバイスをお願いいたします!!

 ファースト・アルバムの歌詞カードの訳詞も紹介しました。私の訳詞はほぼ直訳なので、参考にとどめていただければ幸いです。



     ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪



 ルネが初めて主催したGARA comediHa!が、去る8月19日午後8時に開催されました。日本時間では20日の午前8時頃?!
 facebookのルネの公式サイト等で公開されましたら次回紹介いたします。ちなみに下の記事は”René Simard ou l'art de durer”より抜粋したものです。

※”René Simard ou l'art de durer”参照
https://www.msn.com/fr-ca/actualites/saguenay-lac-saint-jean/ren%c3%a9-simard-ou-lart-de-durer/ar-AAN4bOH?ocid=sf


 このイベントは、ケベック州議会議事堂で開催されました。 ウェブサイトcomediha.tvのオンラインで参加することも可能でした。

 「パンデミックのせいで、長い間ステージを行っていなかったので、とてもエキサイティングだと思います。 さらに、観客は250人ではなく500人がいることを知りました。」と彼は開催前に述べていました。
 「私に関する限り、たくさんの音楽があります。大掛かりに行うので、8月18日と翌日の日中の使用を許可されました。 もちろん、それは確かに、私の50年のキャリアと60年代における問題になるでしょうし、この種の運動をするためには、ユーモアのセンス、自虐の感覚が必要なので、私はそれについて笑いたいのです。

 彼は、健康危機のために、人々はこれまで以上に娯楽を必要としていると信じています。 「誰もが疲れています。 私も。 そして、この奇妙な時期に、私たちは正しい理由で笑いたいと思います。」と、台詞に対する拒否権を要求し、取得したComediHa!のゲストは言いました。

 なぜこれが必要だったのですか?
 そのまま提示するように、関係者本人から返答しました。 「私はキャラクターを演じたくありません。 私は自分自身でなければなりません。」とルネ・シマールは言いました。ショーは彼を中心としていないこと、それはいくつかの形のユーモアが共存する集合的なプロジェクトであると付け加えました。


▲VIP Passion Simardの最新投稿より

 


※Un gala varié et à son image
https://www.journaldequebec.com/2021/08/19/un-gala-varie-et-a-son-image?fbclid=IwAR2pEduVSYxvJciTqnuGXRnzmXunyfAvUyRgjUfURbDD9o8y7r7_LMD5ct4

※YouTube”Gala ComediHa! 2021 de René Simard”
https://youtu.be/znVgc8KXFmk

 実は、このイベントのYouTube映像は、comediHa!からの著作権侵害の申し立てにより、投稿後1日でブロックされてしまいました。当ブログで紹介したものも現在観られません。

 どんなショーになったのかは、facebookに投稿されたJournal de Quebecの記事を上のリンクでご覧になってくださいねsymbol1

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Viens me faire oublier

2021年08月15日 | ルネの仏語の歌

 今日は月遅れ盆で、終戦記念日です。

 また、昨日は旧暦の7月7日で旧七夕でした。旧暦では秋の行事で「秋きぬと さやかに見ゆる 五色竹」と川柳にもあります。牽牛と織姫の星合などに由来し、笹竹を飾るのも習わしの一つです。
 ルネの初来日の際、浴衣を着て撮った写真は、ルネの日本での活躍を記録した映画”René Simard au Japon”のポスターにもなりました。

 いま世界中の人々の願いはコロナの収束でしょう。誰もが安心して触れ合い笑い合える日常を取り戻すためにも、日々の感染予防に努めましょう。


 そして、ルネが初めて主催するGARA comediHa!8月19日午後8時に開催!! あと4日と迫りました! ああ、待ちきれません!! facebookのルネの公式サイト等で公開されるのを楽しみに待ちましょうsymbol1


    ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


 今回紹介いたしますのは、ルネのデビュー25周年記念CD集の16枚目のアルバムUn homme”の3曲目に収録された”Viens me faire oublier”です。この曲は、ディック・リヴェール Dick Riversの1966年のヒット曲です。


 何故今になってこの曲なのかというと、この曲が収録されたアルバム”Un homme”を紹介しようと計画していた頃、YouTubeにこの曲の映像がなかったためでした。また、この当時YouTube映像が有ったのに、準備中にその映像が削除されてしまい、計画を変更せざるを得ない事態に陥ったことも有りました。続けて読まれていたルネ友さんは、うすうす気づかれていたことでしょう。そう、ルネ・マルテルとのコラボ・アルバムから紹介した曲が、入れ替えられたものでした。

 私は、仏語詞に読み仮名をふり、YouTube映像等の音源を聴きながら、一緒に歌えるように記事を構成しています。歌詞の和訳も全て、私自身が楽しむためにやっていることですが、お付き合いいただけたら幸いです。

 また、ルネの歌の歌詞紹介サイトの仏語詞が、実際にルネが歌っているのと微妙に違っていることがよく有ります。今回は1番(?)の歌詞がすっぽり抜けていました。幸いにも大元のディック・リヴェール の歌詞が見つかり、違っている箇所も修正いたしました。

 ちなみに、この歌は、想いを寄せる女性への報われない愛に苦しみ、自暴自棄になって女性の近くでお酒を飲んで酔っぱらい、酔った勢いで女性に全てを告白している男性の歌でした(笑)。もちろんすっかり大人な現在はお酒を召し上がるでしょう。このアルバムをリリースした当時、タイトルも『』ですし、ルネもお酒を嗜んだのかしら? 少年時代、喉に悪いからと、歌う前には大好きなアイスクリームもコーラも我慢していたルネですから、飲み過ぎて前後不覚になる様なことはしなかったと思いますが・・・。

※Viens Me Faire Oublier René Simard(歌詞)
https://www.megalyrics.net/rene-simard/viens-me-faire-oublier
♪Dick Rivers - Viens me faire oublier
https://youtu.be/rFX9RsGUp4c



ヴィヤン ム フェー ルーブリエ
Viens me faire oublier

  A. Amurri, B. Confora, Mya Simille

ヴィヤン
Viens
ヴィヤン ム フェー ルーブリエ
Viens me faire oublier
カヴァン  トワ ジェ エメ
Qu'avant toi j'ai aimé
ジェ コニュ  ランフェ  セ トゥールマン 
J'ai connu l'enfer ses tourments
ジェ タン スフェル  ドゥ ラムー アヴァン トワ
J'ai tant souffert de l'amour avant toi

ヴィヤン
Viens
ヴィヤン ム フェー ルーブリエ
Viens me faire oublier
トゥー ル マル  ケル  マ フェ
Tout le mal qu'elle m'a fait
ス ソワール ジュ ヴー ヴィーヴル
Ce soir je veux vivre
ウーブリエ ジュ ム サン ズィヴル
Oublier je me sens ivre
プレ ドゥ トワ
Près de toi

モン クー ア ウー ミル  ペーヌ
Mon coeur a eu mille peines
テュ ヴー ドゥ リュイ
Tu veux de lui
プラン ル イ レ タ トワ
Prends-le il est à toi
メ  レヴル  ノン  ク デ ジュ テーム
Mes lèvres n'ont que des "Je t'aime"
ドゥピュイ タン ドゥ ジュール
Depuis tant de jours
エル  トゥ ディロン プールコワ
Elles te diront pourquoi
セ  モ  セ  モ アン プー フー
Ces mots, ces mots un peu fous

カル テュ プー シャッセ マ トゥリステス
Car tu peux chasser ma tristesse
デュ スーリール ドゥ タ ジューネス
Du sourire de ta jeunesse
スィ テュ ヴー
Si tu veux

アンファン
Enfin
ヴォワ テュ ジュ メヴェイユ
Vois-tu je m'éveille
ジューヴル レ ズィユー
J'ouvre les yeux
スュル ラ ヴィ エ スュル トワ
Sur la vie et sur toi
エ スィ ジュ トゥ ディ ジュテーム テュ エ ラ プルミエール
Et si je te dis: "Je t'aime, tu es la première"
オー ジュ タン プリ クロワ モワ
Oh, je t'en prie crois-moi
ジュ ヴー ジュ ヴー ウーブリエ
Je veux, je veux oublier
カヴァン  トワ ジェ エメ
Qu'avant toi, j'ai aimé
タン ピ ジュ ヴー ヴィーヴル 
Tant pis, je veux vivre
プレ ドゥ トワ ジュ ム サン ズィーヴル ス ソワール
Près de toi je me sens ivre ce soir


来て忘れさせて

来て
来て忘れさせて
君の前に 僕が愛したことを
僕はその苦痛の地獄を知っている
僕は君の前で 愛にとても苦しんでいるんだ

来て
来て忘れさせて
彼女が僕にしたすべての悪事を
今夜は生きたい
忘れて
僕は酔っ払っているんだ
君の近くで

僕の心には千の悲しみがあるんだ
君は彼が欲しい
彼は君のものだよ
僕の唇はもはや「愛してる」とは言わない
何日もの間
彼女らは君のために繰り返すんだ
これらの言葉を これらの少し狂った言葉を

君は 君の若々しい笑顔で
僕の悲しみを変えることができるから
もし君が望むなら

最後に
君は僕が目を覚ますのを見るんだ
僕は目を開く
人生と君に
そして 僕が君に言うならば「愛してる 君が初めてなんだ」
ああ、僕を信じて
望んでいるんだ 忘れたいんだ
君の前に 僕が愛したことを
仕方がないんだ 生きたいいんだ
君の近くで 僕は今夜酔っ払っているよ



 ただ強いだけのヒーローよりも、傷ついて弱っている時のヒーローに魅力を感じてしまうシマ姉は、この歌詞の様なルネを見たら、岩崎宏美さんの『聖母たちのララバイ』な気分になってしまうなぁ・・・と思ってしまいました(爆)。ちなみに『聖母(マドンナ)たちのララバイ』は、カラオケで歌うレパートリーの1つです(笑)

♪YouTube「岩崎宏美 『聖母たちのララバイ』(1982 OA)」 https://youtu.be/J7Vlb518Mc4
♪岩崎宏美 聖母たちのララバイ 歌詞 - 歌ネット
https://www.uta-net.com/song/4269/
※聖母たちのララバイ出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%81%96%E6%AF%8D%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%AE%E3%83%A9%E3%83%A9%E3%83%90%E3%82%A4

 ちなみに、こちらはちょっとお酒(シャンパンとワイン?)が入ってほろ酔いのルネ(2019年12月)。


 コロナ渦の現在、このようなお酒の席や食事会を開くことはできません。早くコロナが収束して、オフ会やカナダ旅行がしたいシマ姉です。


     ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

    cloverシマ姉のグリーン・ライフclover


 去る8月11日に、「わが家のグリーンカーテン大作戦」に応募しました。

 今年は濡れ縁のみに絞りました。写真は下のものです。濡れ縁の外側(左)と内側(中央と右)から撮った写真を編集しました。ちなみに『曜白朝顔』は、朝(中央:青紫)と夕方(右:赤紫)の同じ花の写真を並べています。


 今年は濡れ縁に、私が植えたアサガオとユウガオに加え、父がキュウリの苗を植えました。朝から夕方まで咲く『曜白朝顔』は、朝は青紫で夕方には赤紫に変化して目を楽しませてくれます。『白花夕顔』は甘い香りを放ち、キュウリの実が次々と生って、新鮮な朝撮りを楽しんでいます。

 グリーンカーテンの涼しい葉陰は、目隠し効果もあり、夜も安心して網戸にしておくことができます。外気を入れることで、エアコンの使用を減らすことができるため、環境にも優しいと思います。また、花や葉陰を求めてやって来る昆虫やアマガエルを見るのも楽しみの一つ。穏やかな気持ちで過ごすことができました。


▲左から、胡瓜(かっぱめし)、曜白朝顔(朝)、垣根朝顔、白花夕顔

 余談ですが、西の出窓の網戸の隙間からカメムシが涼しさを求めて侵入してきます★ あれからヤモちゃんが、夜ヒョコヒョコ姿を現すようになりました。ミンミンゼミに加え、ツクツクボウシが鳴くようになり、秋の気配が感じられるようになりました。お盆明けまで雨が続き、多少涼しい日が続きますが、豪雨による災害も心配です。早く暑さもコロナも収まって、安心して虫の音や紅葉狩りが楽しめる秋になって欲しいです。


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