創作小説屋

創作小説置き場。BL・R18あるのでご注意を。

BL小説・風のゆくえには〜記念日デート2023(後編)

2023年12月05日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 短編読切
【慶視点】

 11月3日は「初めてキスをした記念日」だ。あれは高校2年生の文化祭の後夜祭のことだった。

 あれから30年以上経った今日。
 浩介と一緒に地域の祭りの手伝いをしたことで気持ちが高揚していた。その上、学生時代に何度も訪れた、みなとみらい地区をふらついていたら、なおのこと昔の感覚が蘇ってきて……

(あー、手、繋ぎたい)

 浩介側の右手がウズウズする。でもまさかこんな人混みで繋ぐわけにはいかず、我慢して横を歩く。

 ランドマークタワーの中を抜けて、桜木町駅方面に向かう。動く歩道の横の通路を、観覧車方向の夜景を見ながらゆっくり歩く。と、

「あ、始まった」

 観覧車のライトアップが変わりはじめたところで、浩介が立ち止まった。

 毎時0分から15分ごとに観覧車のイルミネーションショーが行われるのだ。ぐるぐると光が動いて綺麗で面白い。

「写真撮りたいからちょっと待ってくれる?」
「おお」

 スマホを観覧車側に向けた浩介。何回かシャッターを押したようだけれども………

「? どうした?」

 スマホを下ろし、何か……思い詰めたような表情になった。

「浩介?」
「…………」

 浩介は、スマホを持ったまま、両手で胸のあたりを抑えて、見ていて分かるくらい大きく息を吸った。そしてゆっくりと吐いて………

「…………」

 発作、か?

 久しぶりだ。

 浩介は以前は、過換気症候群の発作を起こすことがあった。ここ数年は出ていないと認識していたのだが……

「浩介」

 驚かせないよう、できる限り落ち着いた声で呼びかけ、そっと背中に手を当てる。

(何がトリガーだ?)

 横顔を見上げながら考える。

 おれと同様に、浩介も学生時代に戻ったような感覚になっていたのだとしたら……

 ぐるぐると思いを巡らそうとしたところで、

「………ごめん、もう、大丈夫」
「え」

 あっさりと言って浩介が振り返った。多少、顔色が悪い気はするけれど、呼吸は整っている。

「行こう?」
「……おお」

 何事もなかったかのように歩きだした浩介。
 そのまま無言で、エスカレーターで下までおりていき、少し歩いたところで立ち止まった。

「ええと……、あっちだと思う」
「…………。そうか」

 浩介が左方向を指さした。事前に行きたい店をリサーチしてあったのだ。
 このまま、店に向かってもいいのだけれども………

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

 何も言わず、じっと見上げていたら、浩介がふっと笑った。そして、降参、というように手をあげると、

「あの………ちょっと、思い出しちゃって……」

 ゆっくりとあげていた手が下がり、おれの右肘あたりを掴んできた。学生時代にも時々、こんなことがあった気がする。

 浩介がうつむいたまま言葉を継いだ。

「……昔ね、うちのハハオヤ、おれたちのデートの後をつけてきたことあったんだよ」
「……そうか」

 浩介の母親は相当な過干渉だったのだ。今でこそ、適切な距離で付き合えているけれど、以前はそのことで浩介はずっと悩んでいた。

「観覧車見てたら、そんなこととか、色々……フラッシュバックっていうか……」
「…………」
「……でも」

 ふっと浩介が顔をあげた。優しい瞳に、今更ながらドキッとする。

「おれには慶との思い出があるから大丈夫」
「…………」

 浩介がにっこりと笑った。

「苦しくなる記憶も、慶との思い出で隠れていくから」
「…………」
「だから…………大丈夫」
「…………」

 切なくなるような、笑顔。

 おれは……本当の意味で、浩介の苦しみを理解することはできないのだろう。

 今も喉元まで、

『でも、今のお母さんは干渉してこないだろ』
『今は良い関係を築けてるじゃないか』
『今、発作が起こらなかったのは、そのおかげなんじゃないのか?』
『その苦しい思い出を、今のお母さんとの新しい思い出で塗り変えられないのか?』

 ……そんな言葉が上がってきている。
 でも、それは決して言ってはいけない。そんな簡単なことなら、こんなに苦しむことはない。これは、ただのおれの願望でしかない。

 昔の苦しい思い出を消すことはできない、と、昔、先輩医師に聞いたことがある。だから楽しい思い出でたくさんにして、辛い記憶を少しでも薄めたいけれど………

(おれは……お前のために何ができる?)

 おれは……おれは。

「浩介」

 ぎゅっと、浩介の腕を掴む。

「…………。愛してるよ」

 するり、と出てきた言葉。
 今日は「愛してる記念日」でもあるので、シラフで言う約束をしてはいるけれど、その約束とは別に、今、心から言いたいと思った。

「え、慶?」
「…………」

 戸惑った様子の浩介の頬を、グリグリと撫でてやる。

「愛してる愛してる愛してる」
「わ、慶……っ」

 おれにできること……できることは……

「これからは観覧車みたら、おれのことだけ思い出せ!」

 おれにできることは、ただひたすらに、お前を愛すること。それだけだ。

「愛してるよ……浩介」
「…………慶」

 ふにゃり、と顔を崩した浩介。グリグリしていた手を上から掴まれる。

「………ありがと、慶」
「…………」
「大好き」

 すっと、その愛しい瞳が近づいてくる。
 大好きな、大好きな、浩介………

 って!

「何しようとしてんだよ!」

 とっさに手を引き抜き、おでこを思い切り押してやる。

 危ない危ない。雰囲気に流されるところだった。
 道路端の目立たないところとはいえ、かなりの人通りだ。

「こんな往来で!」
「えーごめんごめん」

 浩介が、あははと笑った。

「無意識デス」
「アホかっ……って!」

 さっきとまったく同じやり取りに、おれも笑い出してしまう。

 こうして笑っていればいい。おれとお前と二人で。それだけでいい。今はまだ。

「行くか」
「うん」

 本当は手を繋ぎたいけれど、それはさすがに我慢して。

「あー、焼き肉、楽しみだなー」
「だからー!夜景の見えるロマンティックなレストランなんだって!それも楽しみにしてって!」
「分かった分かった」
「もーせっかくの記念日なんだからね?」
「あ、そうだったそうだった」
「忘れてたの!?」
「まさか」

 忘れるわけがない。
 せっかくの記念日、楽しもう。




---

お読みくださりありがとうございました!

マスクに関して。二人、電車の中とかではしてますが、外を歩くときは外してます。いちいちそれを書くのも……と思って割愛しました。
きっと何年も経って読み返した時に「あー、あのときは…」って思うんでしょうね……

余談なのですが……
知り合い(慶たちと同年代)で、仲がとても良い御夫婦がいるのですが……
その御夫婦、高校2年生から付き合いはじめて、そのままずっと付き合ってて、そのまま結婚して今に至るんですって!
最近それを知って、なんかすごく嬉しくなっちゃって。
慶たちも高校2年生から付き合ってますが、あいも変わらず仲良しです!

ということで……
いい加減、長い話も書きたいなーと思いつつ、今にいたりますが、予定は何もたっておりません……

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BL小説・風のゆくえには〜記念日デート2023(前編)

2023年11月14日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 短編読切
【浩介視点】

 11月3日は「初めてキスをした記念日」だ。

 高校二年生の後夜祭。
 校庭の隅っこで、キャンプファイヤーを一緒に見ていた、あの時。

(この人は、おれのすべてだ)

 そう、強烈に思った。そして……

(ああ……綺麗だな)

 慶の美しい横顔に見とれて……それから……



「……って、往来で何しようとしてんだよ!」
「あ」

 グッとおでこを押されて、我に返った。
 あれから32年後の慶が、あの時と変わらない湖みたいな瞳で、こちらを見上げている。 

「あー……ごめん。無意識」
「あほかっ」

 怒っている慶も可愛い。可愛い過ぎて、やっぱりキスしたくなったところを、なんとか理性をかき集めて我慢する。
 せっかくのデートなのに本気で怒らせるわけにはいかない。


 そう。現在、みなとみらいでデート中!なのだ。

 日中は、今住んでいる地域のお祭りだったので、町会で出店する屋台の手伝いをしていた。
 おれはフランクフルトを延々と焼き続ける係。慶は会計係。目が回る忙しさだったけれど、まるで学生時代の文化祭みたいで懐かしかった。20代の若い夫婦から80過ぎのベテランお爺さんまで、みんな揃って学生時代に戻ったみたいだ。

 早々に売り切れて予定よりも早く解散となったので、

「せっかくだからちょっと出かけない?」

 文化祭が終わったあとの高揚したテンションで誘ってみた。

「デートしたーい。夜景の綺麗なところとかー、とにかくロマンティックなところに行きたい!」
「なんだそりゃ」

 そんな歳でもねーだろ、と、慶は呆れたようにいいつつも、

「あ、いいところ思いついた」

と、ぽんと手を打った。

さっき、会計係で一緒だった川崎さんが、写真みせてくれたんだよ。昨日、みなとみらいのクリスマスツリーの点灯式見に行ったんだってさ。あちこちイルミネーションすごいことになってるらしい
「わぁ!いいね!」

 みなとみらいは学生時代のデートコースだった。今住んでいるマンションの最寄り駅からは電車で約30分。
 海辺を散歩したりして、それから夜景の見えるレストランでご飯……

「決定ー!」

と、頭の中では即座に計画を立てたものの、さすがにこのフランクフルトの匂いの染みついた頭と洋服で出かけるのは憚られたため、一度帰宅して、シャワーを浴びて…としていたら、到着がすっかり遅くなってしまった。

「わ、すごい!」

 みなとみらい駅直結のクイーンズスクエアを抜けて、ランドマークタワーに向かうための地上にでたところで、感嘆の声をあげてしまった。
 もう空は暗く、イルミネーションの白い光があたりを包みこんでいた。特に右手に見える並木のイルミネーションが美しい。

「うわ、すげーな。あそこらへんって……って」
「なに?」

 慶がなぜか苦笑して言葉を止めたので、不思議に思って振り返ると、

「あそこらへんって昔はなかったよな……って、日本帰ってきたばっかりのときも言ったなあと思ってさ」
「あー、そうだねえ」

 日本に帰ってきて早々、みなとみらいのホテルに一泊する前に、ここらへんを散歩したのだ。それからもうすぐ……9年!?

「うわ……あれからもう9年もたつんだ……」
「そうだな……」

 あれから、両親と和解して……その翌年の11月3日にはウェディングフォトまで撮った。
 そこで、慶は初めて言ってくれたのだ。

『愛してる』

と。だから今日は『愛してる記念日』でもある。

「…………」

 イルミネーションを見つめている慶。
 32年前に、キャンプファイヤーを見つめていた横顔よりは大人びたけれど、その瞳は少しも変わっていない。

「……浩介?」

 どうした?と、振り仰いだ慶。美しい湖みたいな瞳。

「慶……」

 その白い頬にそっと触れ、その唇に……と顔を寄せかけたところで、

「……って、往来で何しようとしてんだよ!」
「あ」

 グッとおでこを押されて、我に返った。

「あー……ごめん。無意識」
「アホかっ」
「う……」

 慶は、なんとか我慢したおれのおでこを、駄目押しにもう一度押してから、

「飯!混む前に行くんだろ!」

 さっさと歩きはじめてしまった。

「…………」

 あいかわらずムードがない……

 という、文句はお腹にしまい込んで、

「慶ー待ってよー」

 愛しいその名を呼ぶ。振り返ってくれる幸せを噛みしめながら。



後編に続く

---

お読みくださりありがとうございました!

久しぶりの投稿なのに、こんな山も谷もオチもないお話でいいの?うん。いいの。私が読みたいからいいの……といういつもの自問自答をしつつ(^_^;)

本当は「愛してる」も言わなくちゃいけないのに、それまで書いてたらいつまでも更新できなーい。と思ってとりあえずここまでで。(前の投稿であげた写真は後編で出てきます〜)

ちなみに、日本に帰ってきてみなとみらいでお泊りしたお話はこちら→「〜R18・聖夜に啼く
2014年12月23日の夜のお話でした。
書いたのは、2015年10月29日。今から8年も前になるんですね~💦うわあ💦

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BL小説・風のゆくえには〜変わる覚悟とその一歩

2023年09月12日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 短編読切
長編「月光」と「巡合」の間のお話です。

内気で人付き合いが苦手な桜井浩介。でも「月光」の最後で、「おれは変わる!」と心に決めました。親友「渋谷慶」にふさわしい人間になるために。
そんな浩介高校2年生の9月の一コマです。



【浩介視点】

 高校2年生の夏休み、写真部の合宿での経験のおかげで、おれは「変わる」と覚悟を決めることができた。

 できた。はず、なんだけど…………

「あれー?桜井じゃん」
「……………っ」

 ハンドボール部の宇野の声が聞こえてきて、ビクーっと飛び上がってしまった。
 ここは写真部の部室。こんな安全地帯で、なんで……、と思ったら、続けて騒がしい女の子達の声も聞こえてきた。

「すみませーん、華道部でーす」
「もー、宇野っち勝手に入らないでよ!」

 入口の方に顔を向けると、大きな荷物を持った宇野と女の子二人が入ってくるところが目に入った。
 この部屋は、写真部と華道部が共同で使っている。とはいえ、華道部の活動場所は技術室のため、華道部は倉庫としてしか利用していない。こうして時々荷物の出し入れにくるだけだ。

「ここって写真部も使ってんの?」
「そうなの!だから静かにして!」

 そう注意してくれた女の子の言葉なんかお構いなしに、宇野はズカズカと中まで入ってきながら、

「こいつ一人しかいないんだから、静かにしなくたっていいだろ。な?桜井」
「…………」

 今はおれ一人だけど、隣の準備室では、橘先輩と南ちゃんと真理子ちゃんが現像作業をしている。慶は先生に呼ばれてまだ来ていなくて……

(慶……)

 ゴクリ、と喉が鳴る。

 早く来て……

(……って!違う!)

 ハッとして、思ってしまった言葉を慌てて否定した。

(おれは変わるって決めたんだ。だから……だから……)

「……うん。他の部員はこっちで現像作業中だから大丈夫だよ」

 普通の声になるよう細心の注意をはらいながら、普通に、返事をする。

「へー、準備室が現像室になってんだ?」
「うん」

 宇野は興味深そうにキョロキョロすると、半笑いで、言った。

「なんか写真部って暗いよなー」
「………」

 なんでそういうこと言うんだろう……

 なんて返事するべきかも分からず詰まってしまう。
 と、ふと、慶が宇野を評した言葉が脳内によみがえってきた。

(あいつ何も考えてねえから。その時思ったことなんでも言っちゃうバカなんだよ)

 ……そうだな。こちらがそう言われてどう思うかなんて何も考えていない、ただの感想、なんだろう。

 でも……それに対してなんて返せば一番普通なんだろう……

「宇野っち!荷物ここ!」

 迷っていたところに、華道部の女の子の声が入ってきた。助かった。

「ここにのせて!早く!」
「うっせーなあ」

 ムッとしたように宇野は返すと、軽々と棚に荷物を乗せた。さすがハンドボール部のエース。ガタイもいいし、力持ちだし。…って、あれ?

「宇野って、華道部も入ってるんだ」

 思わずつぶやくと、宇野が「入ってねーよ」と苦笑気味にいいながらこちらを振り返った。

「たまたま技術室の前通りかかったら、無理矢理手伝うことにされたんだよ」
「あ……そうなんだ」
「オレが華道部って似合わないだろ」
「そう?」

 そうかな……

「宇野って、着物似合いそうだから、華道も似合うと思って」
「え」
「え、あ……」

 キョトン、とされて、血の気が引く。

(まずい。おれ、また何か変なこと言ってる?)

 まずい、まずい。おれは人とピントがずれているところがあるらしく、時々こうして人を呆れさせてしまうことがあるのだ。だからなるべく話さないようにしているのに……。

(でも……でも、おれは変わるって決めたし……、でも……)

 どうしよう……とグルグルしていたら、

「でしょ?! 去年の応援団の羽織袴も似合ってたもんねー」
「今からでもいいから入部しなよー宇野っちー」

 華道部の女の子たちがはしゃいだ声を上げてくれた。また、助かった。全身から力が抜けそうになる。

 宇野は「うるせーよ」と、女の子たちに追い払う仕草をすると、

「桜井ー!」
「!」

 その力強い手が、おれの肩にバシッと降りてきた。

「お前が変なこと言ったせいで、こいつらまで変なこと言いだしただろ!」

 そのままバシバシと叩かれる。

(痛い。けど……)

 宇野……笑ってる……。おれに笑いかけてる……。

「どのみちハンド部忙しいから無理だけどな」
「そう……なんだ。残念」

 なんとかうなずくと、宇野はあと3回、おれの肩を叩いてから、

「あ、そうそう。今年の応援団は羽織袴じゃねえんだよ」
「そう……なんだ」
「すっげー仕掛け考えてるからしっかり見とけー?」
「う……うん」

 また、なんとかうなずくと、宇野は「じゃーなー」と言って、女の子たちと騒ぎながら出て行ってしまった。

 …………。

 …………。

 できた……かな。ちゃんと、できた……かな。

(慶…………慶)

 思い浮かぶのは、おれの親友、渋谷慶の優しい手。
 慶に会いたい。今すぐ、慶に……慶に。

 と、思っていたら、眩しい光が射し込んできた。

 渋谷慶。おれの親友。

「あれー? お前一人か? 橘先輩は?」
「…………慶っ」

 我慢できなくて、その光の元に駆け寄る。

「慶!」
「わわわっなんだなんだっ」

 ワタワタとしていることにはお構いなしに、ぎゅうっと抱きしめる。

 慶。慶。おれの親友。大好きな人。

「慶……会えて嬉しい!」
「…………。なんだそりゃ」

 さっきまで一緒だっただろ、と慶は呆れたようにいいながらも、ぎゅっと抱きしめ返してくれた。果てしないほどの力強さで。

 そのぬくもりにあらためて誓う。

(おれは、変わる)

 変わるんだ。
 おれは、慶にふさわしい男になる。



---

お読みくださりありがとうございました!

9月10日が浩介の誕生日なので、何かあげたい!と思っていたところ、
月光」「巡合」を読んでくださっている方がいることに気がつき(ありがとうございます涙)(←gooブログさん、どの記事が読まれているか見れるのです)
自分でも読み返していたら、この頃の浩介に会いたくなりまして……。

まだ浩介が慶を恋愛対象としてみる前です。
こうして苦手なタイプの人とも話せるように頑張って。偉かったなあ。頑張ったなあ。と、褒めてあげたい!
この頃の浩介ってひたすら健気で愛しい……

しかし、こんなに可愛らしかったのに、恋を知って、腹黒浩介になっちゃうんだよなあ……

ということで。こんな亀の歩みのブログにお付き合いくださって本当にありがとうございます!
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BL小説・風のゆくえには〜40年記念だった(後編)

2023年07月25日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 短編読切
【浩介視点】


 いつかはなくなる……


 その恐怖から逃れられない。

 こうして慶と一緒に暮らせているのに。「おはよう」も「おやすみ」も、いただきますごちそうさまも、「ただいま「お帰りも、言えてるのに。

 この漠然とした不安感は何だろう。

(…………。暇なのかな)

 そんなことも思う。

 今、仕事が落ち着いている。

 そして、コロナが5類に移行したとはいえ、まだまだ用心して、友人たちとの集まりも控えている。

 なにより、今、慶がものすごく忙しくて、一緒にゆっくりのんびりする、ということもないから、一人の時間が多い。

(だからかな……)

 だから、余計なことを考えてしまうんだ。そうに違いない。
 そうだ。そんな暇があったら、慶をサポートすることを考えよう。

 何があるかな……。

 あ、きっとお昼休みもろくにないだろうから、お弁当を食べやすいように工夫しようかな。

(うん。ネットで調べてみよう)

 そうしよう。
 慶のことを思って、慶のために。
 そうすればきっと、この不安もなくなるに違いない。


 そう、思ったけれど……

 その漠然とした不安感はずっとまとわりついたままだった。

(慶には気づかれないようにしないと)

 心配をかけてはいけない。

 その一心で、細心の注意を払って慶と接していた。

 つもりだったのに。



「元気がない気がするのは、気のせいじゃないよな?」

 慶にズバリと言われてしまった。
 やっぱり慶にはかなわない。

 その美しい湖みたいな瞳は、真実のおれを映し出してしまう。

(ああ……きれいだな)

 吸い寄せられるように、唇を重ね……
 ふっと、初めてキスした時のことを思い出した。

 あの時……
 そうだ。あの時、小学生の時に一緒にバスケをした男の子が慶だったことを知った。そして、思ったのだ。

 この人はおれのすべてだ、と。



「……浩介」
「……っ」

 ゾクッとくる色っぽい声。温かい指先が頬を伝ってくる。

 キスからはじまる情事がこんなにも欲情的だってこと、すっかり忘れていた。
 以前はそれが当然で……、でも、この三年はずっと得られなくて。

 たぶん、慶もそう感じている。
 いつもの何倍も瞳にも声にも熱がこもっている。

「……慶」

 その欲情のまま抱き寄せ、ソファの横にひいた布団の上に押し倒した。コロナ禍になってから、寝室を別にしたため、おれはリビングに布団をひいて寝ているのだ。

 あらためて、唇に唇でそっと触れる。
 震えるほどの愛しい感触。

(……。このままここでしていいかな)

 ベッドに移動した方がいいかな……と思って、一瞬止まる。

 必要なものがベッド脇の棚の引き出しに入っているため、普段は、ベッドですることがほとんどなのだ。

(まあ……いっか)

 3年ぶりの柔らかい感触に、すぐに引き戻される。

(ダメって言われてももう止まらないけど……)

 頬を囲い、慶の完璧な容貌を見つめると、なぜか、ふっと、慶が笑った。

「………なに?」

 なんで笑ってるの? 

 聞くと、慶がまた、少し照れたように笑った。

「……いや」

 チュッと合わさる唇。

「おれ……お前のキスした後の顔見るの好きだったってこと、思い出して」
「え」

 キスした後の顔?

 おれ、どんな顔してるんだ?

 ハテナ?と思っていると、慶がえいっとばかりに起き上がり、あっさりと体勢を逆にしてきた。相変わらずの馬鹿力。

「なんかな…」

 慶の指先が官能的におれの唇をたどってくる。

「求められてるって感じがして、安心する」
「…………」

 安心……ってことは、普段は不安ってこと?

(…………不安)

 ドキリとする。
 最近のおれを纏っているのも「不安感」だ。慶の感じている不安とは違うけど……、というか、安心、というだけで、不安と思っているのとは違うのだろうけれど……

 それでも、ほんの少しであっても、その慶の不安、取り除きたい。

「慶……」
「うん」
「おれはいつでも慶のこと求めてるよ」
「…………そうか」

 ふっと、慶が目を細め、顔を寄せてきた。

「おれも、いつでもお前が欲しい」
「……っ」

 重なる唇。伝わってくる情熱。
 こんなにも、おれは求められている。

「……慶」
「うん」
「ずっと、一緒にいようね?」

 繋いだ手にぎゅっと力をこめて言うと、慶はまた、ふっと笑って、

「当たり前だ」

と、キスの続きをしてくれた。

 おれの不安を吸い込むように。



***



 翌朝……

 目覚めると、目の前に慶の完璧な白皙があって、とてつもない幸福感に包まれた。

 約3年ぶりの、ベッドの上での一緒の朝。

 昨晩、リビングの布団の上でコトに及んだのだけれども……
 久しぶりのキスで歯止めが効かなくなったというか……。結果、羽目を外しすぎて、周りも見えなくて、布団をかなり汚してしまって……。さすがにそこで寝るわけにはいかなくなって、ベッドで一緒に寝ることになったのだ。

「まあ……いいだろ」

 お互い、体調が少しでも悪いときとか、身近で感染者が出たとき以外は、もう一緒でもいいだろ。と、慶が言ってくれた。

 何かのタイミングで、一緒に寝ることを提案したいと思っていたけれど、まさかこんなタイミングで再開できるとは……

「…………おはよ」

 そっと額に口づけると、慶が柔らかく微笑んで、

「おはよう」

と、唇にキスをくれた。

(…………幸せすぎる)

 幸せすぎる……。
 くううっと声のない声が出てしまう。

「なあ………」

 つーっと、その温かい指がおれの頬をたどりながら、心配そうにこちらをのぞきこんできた。

「で、結局、お前の元気がない理由はなんなんだ?」
「…………」

 理由……

 は、不安感、だったけれども……
 なんか……今朝はそんなこと吹き飛んで充実してるんだけど……

 でも、そんなこと、説明できない……

「えーと………」

 分かりやすい説明……分かりやすい説明……

 あ。いいこと思いついた。

「えとね……」
「おお」
「バカバカしいって、思われるかもしれないんだけど……」
「おお」

 嘘はつきたくない。だから、はじめの話だけする。

「慶と小学3年生の時にはじめて会ってから、今年で40年記念だったの」
「え」

 きょとんとした慶。

「ええと……、あ、横浜開港記念日だったっけ。あれ?そういやもうとっくに過ぎてる?」
「うん。3週間ちょっと前。6月2日」
「うわ、ごめん。全然気が付かなかった。……え、もしかして、それで怒ってる……?」

 心配そうにこちらをのぞきこんできた慶。可愛すぎる。

「ううん。違うの。おれが勝手に思ってるだけだから全然。気にしないで」
「じゃあ、なんで……」

 眉を寄せた慶の額をそっとなぞる。

「えとね…、次の日、せっかくだから、あのバスケットゴールを見に行ったんだけど、なくなっちゃってて」
「あ……そうなんだ」
「それが残念だなあと思って……」
「…………そうか」

 そうか。そうか、そうか……と、何度も肯く慶。

「慶……なんか、嬉しそう?」
「あ……いや、もっと深刻なことかと思ってたから……」

 ……そりゃそうだ。
 と、おれも納得してしまったのだけれども、

「あ、いや、ごめん!寂しいよな?だよな!?」

 慌てたように手をぎゅーぎゅー握ってくれた慶。やっぱり可愛すぎる。

「いいよ、慶。無理しないで……」
「いや、無理はしてない。してないけど……」

 今度は、とんとん、と胸のあたりを叩かれた。

「お前がちゃんと覚えてるから、いいんじゃね?」
「え」
「今でも変わらず、ここにあるわけだろ? それって、なくなってないってことじゃねえか」
「…………」

 なくなってない……

「おれも、ほんのりだけど覚えてるし!」
「ほんのり……」

 ほんのり、なんだ……

「あ、いや……、うん!」

 慶は、誤魔化すように笑うと、バサッと布団をはいで、おれの上にまたがってきた。

「だから、なにもなくなってないから、元気だせってこと!」

 すっと、その綺麗な瞳が近づいてくる。

「な?」
「…………慶」

 チュッと軽いキスのあと、軽く噛まれる。愛おしくてたまらない、慶のキス。

「うん……元気でた」

 慶はいつでもおれに元気をくれる。
 40年前もそうだった。

 あの出会いが、おれのその後を変えた。

 あの日のバスケットゴールは、おれの心の中に存在している。

 だから、大丈夫。なくならない……

「……ありがと、慶」

 おれは慶がいてくれるから、大丈夫。





 
---


お読みくださりありがとうございました!

長くなったー
翌朝前で切ろうかとも思ったのですが、さすがに4回に分ける内容じゃないでしょ……と思って。
長々とダラダラとした文章をここまでお読みくださり、本当にありがとうございました!!

いやー、キスすることは知ってたんですけど、まさか、これで一緒に寝られるようになるとは、びっくりだよ。
私的には、ベッドで一緒に寝ることを、浩介の誕生日(9月10日)のプレゼントにする?って思ってたんですけどねえ……

ちなみに、朝目覚めてキスされて(幸せすぎる)って2回あるのは、打ちミスではありません。マジで幸せすぎるからです!

ということで、
読みに来てくださった方、ランキングクリックしてくださった方、本当にありがとうございます。
また今度!


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BL小説・風のゆくえには〜40年記念だった(中編)

2023年07月04日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 短編読切
【浩介視点】

 3年以上ぶりの慶の唇は、記憶していたものよりも、もっと柔らかくて、もっと優しくて……

(……おれのすべて)

 この人はおれのすべてだ、と、初めてキスした時のように、あらためて、思い知る。


「元気がない気がするのは、気のせいじゃないよな?」

 そう断言されて、何も言い返せなかった。普通にしていたつもりだったのに、慶にはかなわない……

 慶と一緒にいられて幸せで、これ以上を望んだらバチが当たる、というくらい、今、幸せで……

 だからこそ、余計に……怖い。


 きっかけは、今から数週間前の6月2日。横浜開港記念日。
 慶とおれが初めて出会って、数時間だけ一緒に過ごしたのが、この日だった。

(今年は40年記念だし、せっかくだから何か特別に過ごしたいなあ)

 そんなことを呑気に思っていた。あの出会いは小学校3年生のことだったので、ちょうど40年前になるのだ。

 でも、あいにく今年のこの日は、警報級の大雨で、朝からずっと気忙しくて、言うことができなかった。慶は記念日を気にする人ではないので、たぶん気がついていないと思う。

 翌日の土曜日は、慶は仕事。
 おれはいつも通り、休日に行う家事を順調にこなし、13時すぎには昼食を取り終えた。

(午後、何しようかなあ……)

と、窓の外を眺めていたら、ふいに、あの日の光景が浮かんできた。

 団地の近く。バスケットゴールのある小さな広場。走り回っていた元気な男の子。
 
「……行ってみようかな」

 実はあれ以来、今まで一度もあの場所に行ったことはない。
 小学生時代といえば、慶たちと遊んだあの数時間は楽しかったけれど、それ以外は思い出したくないのだ。だから、あの頃の記憶をよみがえらすようなことは極力避けていた。

(でも、もう40年も経つんだし……)

 それに、悪夢の元凶ともいえる両親とも、慶のおかげで和解した。

(もう、大丈夫……)

 おれには慶がいるから、大丈夫。

 そう、思ってた。


***

 久しぶりに、電車で実家の最寄り駅へ行った。いつも実家へは車で行くので、この路線に乗ることも久しぶりだった。

 改札を出て、右に行くと実家。あのバスケットゴールのある広場は、左の方の町にあったと記憶している。

 コンピューターとは違い、人間の脳とは便利なもので、町並みがずいぶん変わっていても「懐かしい」と思うことが出来る、と、何かで読んだことがある。

(懐かしくはないけれど……、覚えてはいるな……)

 その広場への道の途中にあったスイミングスクールに、小学校低学年の時に通っていたことがあるのだ。

(だからこっちに歩いてみた…ってところもあったんだよな)

 学校に居場所がなく、家にも帰りたくなく……どこかに行ってみたいと思って、家とは反対方向に行ってみたあの日。そうは言っても、少しだけ土地感のあるスイミングスクールの方角を選んだのは、臆病だったからというか……

「…………あれ?」

 途中で立ち止まった。
 確か、ここらへんにあったはずの、スイミングスクールが、ない。

「ここらへん……だったよなあ」

 記憶にあった場所には、マンションが建っている。

「……なくなっちゃった?」

 スマホで検索をかけて、ずいぶん前に閉鎖されたと書かれた記事を見つけた。

「知らなかった……」

 水泳は、クロールの級の途中で、母の意向でやめてしまった。あのまま続けていたら、少しは慶と競争したりする楽しみ方ができるようになってたかな……

「…………無理か」

 運動はどれも苦手だった。体の機能を上手く使いこなすことができないのだ。

 月に一度の進級テストで、周りの子が順調に合格していく中、一人歩みの遅い息子の姿に耐えられなくなった母。

『どうして出来ないのっ』

 テストに落ちたことを報告する度、そう詰られ……

 どうして、どうして、どうして………

「…………っ」

 母の苛立った声を思い出してしまい、慌てて頭を思い切り振る。

 母は、いつも、『どうして』と言って、おれを責めた。勉強で間違えた時も、クラスメートとトラブルがあったときも、いつも、どうして、どうして、と……

(思い出すな。思い出すな……っ)

 頭があの声に支配される。
 違う。楽しいことを思い出そう。楽しいこと。楽しいこと……
 そうだ、あのバスケットをした日のこと。あの時の慶は、小さくてかわいくて、同じ3年生なのに、幼稚園生かと思ったんだ。元気いっぱいで、めちゃくちゃで……

(早く……早く)

 あのバスケットゴールを見つけにいかないと。早く、早く、早く………

 そう思ったのに。

(あれ……?)

 なんで……

 記憶の場所にバスケットゴールが、ない。
 記憶違いかと、その先にも行ったけれど、バスケットゴールは出てきてくれず……

(団地……おわっちゃった)

 団地群の終わりまで行ってしまい、引き返す。

(道路から慶たちを見た、というのは記憶違いで、実は中に入りこんでた?)

 そう思って、団地群の中にも入ってみたけれど、見つけ出すことはできず……

「あの……すみません!」

 恥じらいもなく、買い物帰りと思われる親子連れを呼び止めた。

「ここらへんに、バスケットゴールがあったと思うんですけど……」
「バスケットゴール?」

 きょとん、とした若い母親。
 隣の父親もハテナ顔。
 手を繋いだ小学生の兄弟がはしゃいだように声を上げた。

「見たことなーい」
「ここらへんには絶対ないよーあったら遊んでるし」
「ねー」

 …………。

 …………ない。ないんだ。

 なくなっちゃったんだ。



 答えてくれた親子連れに頭をさげ、その後ろ姿を見送る。

(仲良さそうだな……)

 笑い声がこちらまで聞こえてくる。おれには存在しなかった子ども時代の姿……



「…………慶」

 ゾワリ、と指先から血の気が引く。

 あったはずのバスケットゴール。閉鎖してしまったスイミングスクール。

 いつかはなくなる……

 なくなるんだ。



後編に続く

---


お読みくださりありがとうございました!

く、暗い…。前後編のはずが、終わらなかった……。

いや、いつか言及しておきたいな、と思っていたのです。
記念日大好き浩介君が、慶との本当の初めての出会いの日のことをあまり話さないのは何故かってことを……

日本に戻ってきて、渋谷家に出入りするようになってから、日にちの割り出しだけはしたのですが(短編「〜平成の終わりに」)、それだけです。

高校生になって慶と出会ってからは、辛い記憶を上回る楽しいことがたくさんあるのでいいのですが、小中学校の時は……ね……。学校も家も辛かったもの。浩介よく頑張ったよ(涙)

と、いうことで。
性懲りもなく、後編に続きます。そのうちあげます。
もしお時間ありましたらお付き合いいただけますと幸いです。

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コメント (2)
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