「幸せになってくれ」
別れ話の最後にそういわれた。
あなたと一緒にいるだけで幸せだった。それ以外何も望まなかった。それなのに、幸せになってくれ? あなたがいないのにどうやって幸せになれるというの? もう、この世界からいなくなってしまいたい。
私達はそのまま美音子さんが働いているという花屋に向かった。
「ところでこのMD、何が入ってるの?」
『プロポーズするときに渡そうと思って作った曲なんだよ。完成したその日に事故にあっちまったからな』
「でも今さらそれ渡したってあんた死んでるんだから結婚なんてできないよ? まさか、美音子さんのこと連れて行く気?」
『まさか。このMD渡す時に伝言してほしいんだ。オレはいつでも見守っているから、幸せになれって』
「……やなセリフ」
『なんでやなセリフなんだよ』
「別に。あ。あの店だ」
花で飾られた木の看板がぶら下がっている。店の外にも大量の花や木があふれだしていて、七人の小人の置物があちこちで迎えてくれている。その小さな店内に、お姫さまがいた。
「いらっしゃいませ」
お姫さまが微笑んだ。ふわふわのパーマがかった髪を軽く一つに結っている、薄いピンクのエプロンがよく似合うお姫さま。
『美音子』
ジェイクの声が震えている。予想通り、いや予想以上に素敵な人だ。
『そのピンクのスイートピー買ってくれないか? 美音子が一番好きな花なんだ』
美音子さんのイメージにぴったりの、かわいらしい花がこちらを見上げている。
「それ、ください。二千円分」
「はい。ありがとうございます」
美音子さんがふわりと笑った。細い首。白い手。はかなげな瞳。案外とそうかもしれない。この人なら亡くなった恋人を忘れず、悲しみを抱きながら生きているのかもしれない。【永遠の約束】を守っているのかもしれない。【永遠の約束】が本当にあるのなら……。
「あの」
MDを渡そうとカバンを探った時。
カランカランとドアについている鈴の音がなり、背の高い男の人が入ってきた。その胸で赤ん坊が泣き叫んでいる。私の姿をみるとすまなそうに頭を下げた。
「すみません。うるさくて。ちょっと美音子。何やっても泣きやまないんだよ。みてくれないか? 店番変わるから」
「オムツはかえた?」
「替えたばっかりだよ。ミルクも飲ませたばっかり。なんだよ、シュンスケ。パパに抱っこされるのがいやなのか?」
男の人が困り顔でいって赤ん坊を美音子さんに渡した。すると魔法のように赤ん坊が泣くのをやめた。美音子さんがフフと笑う。
「ママが恋しかっただけかな。シュンスケ?」
「ママあ?」
思わず叫んでしまった。
「あなたがママ? それじゃパパは……」
さっきこの男の人がパパだといっていたではないか。その証拠に赤ん坊の目元は美音子さんに、口元はこの男の人にそっくりだ。
「あの……赤ちゃんいくつですか?」
「もうすぐ六ヶ月なんですよ」
「六ヶ月……」
ジェイクが死んだのはニ年前。ということは、彼が死んでから一年もたたないうちに子供を作ったということになる。
「おまたせしました。二千円になります」
ピンクのスイートピーが目の前に出される。
「私、この花が一番好きなんですよ」
聖女が笑う。胸に抱かれた赤ん坊はおとなしくあたりを見渡している。私はカバンの中からMDを取り出した。
「あの、私、あなたに……」
『お嬢、待て!』
今まで黙っていたジェイクが突然叫んだ。
『渡さないでいい』
「だって」
『いいから。……いいんだ』
「…………」
「あの?」
「さよなら!」
小首をかしげた美音子さんに二千円を押しつけ店を飛び出した。びっくりしたように赤ん坊が泣き出す。
「あらあらシュンスケ。泣かないの。ほらいい子だから。シュンスケ」
あやす声を背中に、私は駅に向かって全力疾走した。幸せな声から逃げ出すために。
別れ話の最後にそういわれた。
あなたと一緒にいるだけで幸せだった。それ以外何も望まなかった。それなのに、幸せになってくれ? あなたがいないのにどうやって幸せになれるというの? もう、この世界からいなくなってしまいたい。
私達はそのまま美音子さんが働いているという花屋に向かった。
「ところでこのMD、何が入ってるの?」
『プロポーズするときに渡そうと思って作った曲なんだよ。完成したその日に事故にあっちまったからな』
「でも今さらそれ渡したってあんた死んでるんだから結婚なんてできないよ? まさか、美音子さんのこと連れて行く気?」
『まさか。このMD渡す時に伝言してほしいんだ。オレはいつでも見守っているから、幸せになれって』
「……やなセリフ」
『なんでやなセリフなんだよ』
「別に。あ。あの店だ」
花で飾られた木の看板がぶら下がっている。店の外にも大量の花や木があふれだしていて、七人の小人の置物があちこちで迎えてくれている。その小さな店内に、お姫さまがいた。
「いらっしゃいませ」
お姫さまが微笑んだ。ふわふわのパーマがかった髪を軽く一つに結っている、薄いピンクのエプロンがよく似合うお姫さま。
『美音子』
ジェイクの声が震えている。予想通り、いや予想以上に素敵な人だ。
『そのピンクのスイートピー買ってくれないか? 美音子が一番好きな花なんだ』
美音子さんのイメージにぴったりの、かわいらしい花がこちらを見上げている。
「それ、ください。二千円分」
「はい。ありがとうございます」
美音子さんがふわりと笑った。細い首。白い手。はかなげな瞳。案外とそうかもしれない。この人なら亡くなった恋人を忘れず、悲しみを抱きながら生きているのかもしれない。【永遠の約束】を守っているのかもしれない。【永遠の約束】が本当にあるのなら……。
「あの」
MDを渡そうとカバンを探った時。
カランカランとドアについている鈴の音がなり、背の高い男の人が入ってきた。その胸で赤ん坊が泣き叫んでいる。私の姿をみるとすまなそうに頭を下げた。
「すみません。うるさくて。ちょっと美音子。何やっても泣きやまないんだよ。みてくれないか? 店番変わるから」
「オムツはかえた?」
「替えたばっかりだよ。ミルクも飲ませたばっかり。なんだよ、シュンスケ。パパに抱っこされるのがいやなのか?」
男の人が困り顔でいって赤ん坊を美音子さんに渡した。すると魔法のように赤ん坊が泣くのをやめた。美音子さんがフフと笑う。
「ママが恋しかっただけかな。シュンスケ?」
「ママあ?」
思わず叫んでしまった。
「あなたがママ? それじゃパパは……」
さっきこの男の人がパパだといっていたではないか。その証拠に赤ん坊の目元は美音子さんに、口元はこの男の人にそっくりだ。
「あの……赤ちゃんいくつですか?」
「もうすぐ六ヶ月なんですよ」
「六ヶ月……」
ジェイクが死んだのはニ年前。ということは、彼が死んでから一年もたたないうちに子供を作ったということになる。
「おまたせしました。二千円になります」
ピンクのスイートピーが目の前に出される。
「私、この花が一番好きなんですよ」
聖女が笑う。胸に抱かれた赤ん坊はおとなしくあたりを見渡している。私はカバンの中からMDを取り出した。
「あの、私、あなたに……」
『お嬢、待て!』
今まで黙っていたジェイクが突然叫んだ。
『渡さないでいい』
「だって」
『いいから。……いいんだ』
「…………」
「あの?」
「さよなら!」
小首をかしげた美音子さんに二千円を押しつけ店を飛び出した。びっくりしたように赤ん坊が泣き出す。
「あらあらシュンスケ。泣かないの。ほらいい子だから。シュンスケ」
あやす声を背中に、私は駅に向かって全力疾走した。幸せな声から逃げ出すために。