創作小説屋

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永遠の約束の果て(4/5)

2009年11月21日 22時00分00秒 | 永遠の約束の果て(一部R18)
 ジェイクに頼まれ、電車とバスを乗り継ぎ、木々に囲まれた霊園にやってきた。ここにジェイクの墓があるそうだ。
 青い空に縁取られるように、墓石の群れが行儀よく並んでいる。平日の昼間なだけあって、人っ子一人いない。うっとおしいほどの蝉の声と森のざわめきがあたりにこだましている。
『ここにくるの三年ぶりだ。前にきたときは、美音子体力無いからこの坂の途中でバテちまってさ、オレがおぶってあがったんだよ。そしたら墓についたときには今度はオレの方が足がくがくになっちまって……』
「ねえ、なんで?」
 こらえきれずジェイクの声をさえぎった。
「なんで美音子さんの話、平気な声でできるの? あの人はあんたが死んでから一年もたたないうちに子供作ってあんたのことなんて忘れて幸せになってるんだよ? あんたは二年も【永遠の約束】信じてたのに」
『オレは美音子を愛してるんだ』
 きっぱりとした声。
『美音子には幸せになってほしいんだ。それがオレの望みだ』
「そ……んな、きれいごといわないでよ!」
 思わず叫び声をあげた。
「あんた何とも思わないの? 彼女が他の男を愛して他の男と家庭を作ったっていうのに。私は耐えられないわ。自分の好きな人が他の人に微笑みかけるなんて! 私を抱きしめたのと同じ腕で彼女を抱くなんて。同じように頭をなでるなんて。私を見たのと同じまなざしで『大好きだよ』って彼女にいうなんて……そんなこと想像しただけで気が狂いそうだわ! 気が狂うわ!」
 最後は悲鳴になっていた。胸の中にしまいこんでいた言葉が破裂していく。
「『幸せになってほしい』? 冗談やめてよ。彼女は他の男に抱かれていたのよ? たえられる? 私はたえられない。私がこうして胸がつぶれそうに苦しくてご飯も食べれなくて眠ることもできない時も、〈彼〉は新しい彼女と笑っているのよ。愛しあっているのよ。たえられないわよそんなの。私達が一緒に過ごしてきた三年はなんだったのよ。あの約束は? 信じろっていった言葉は? 全部全部消えたとでもいうの? 私は変わらずここにいるのに。なんでなんで離れて行くのよ! もう……死にたい……」
 しゃがみこみ膝をかかえる。涙が地面に落ちて黒いシミをつくる。肩で息をする。蝉の声がきこえる。思い出がかけめぐる。
『……お嬢、お前さ』
 五分近くたったところで、やさしいジェイクの声が耳に直接響いてきた。
『そいつに会わなかったほうが良かったと思えるのか? そいつを好きになったこと、三年つきあったこと後悔してるのか?』
 三年間本当に楽しかった。毎日輝いていた。
『後悔なんてもちろんしてないだろ? だったらつきあっていたその時の思い出まで否定することはないだろ』
「でも、こんなにつらい思いをするなら、こんなに好きになるんじゃなかった。もうこんな気が狂うような思い嫌だよ。もう誰も信じられないよ。信じるのがこわい」
『でも、三年間そいつがお嬢に言ってきたことにウソはないと思うぜ。わかってんだろ?』
「…………」
 三年間にウソはない……。
 おもむろに、私は立ち上がった。
「お墓どこ?」
『ああ、すぐそこ。長澤家の墓』
 灰色の長方形の墓石。掃除がよく行き届いている。枯れかかっていた花をとり、持ってきたスイートピーを代わりに生ける。縁もゆかりもない人のうちのお墓に花をいけるなんて変な感じがする。
『ああ。ここ眺めがいいな。風が気持ちいい』
 かなり高台にあるので町が一望できる。模型のようだ。空が近い。風が運ばれてくる。
『オレは美音子に出会えて本当に幸せだよ。あいつがいたから夢を追いかけることができたし、あいつが人を信じること教えてくれた』
「でも、美音子さんは」
『オレが死んだせいで美音子が一人ぼっちさみしく生きていたらオレは死んでも死にきれないよ。あいつ幸せそうだったよな。あいつの笑顔きれいだったよな。本当に良かった』
「MDは? 渡さないでいいの?」
『ああ』
 ジェイクのため息は雄弁だった。
『オレはただ、聞いて欲しかったんだ。オレがどういう思いで美音子を見続けていたか。オレのことずっと忘れないでいてほしかったんだ。でも、もういいんだ』
「もういいって……」
 あきらめの言葉かと思った。でも違う。ジェイクは満足そうだ。なぜ?
『なあ、MDここできいてくれないか』
「うん。いいけど」
 納得がいかない。なぜジェイクはこんなにおだやかなのだろう? なぜ?
「あ」
 ふいに目に止まった。墓石の横、眠っている人々の名が刻まれた石。その一番端。日付は二年前。享年二十三才の男性の名前。
「長澤……俊一?」
『そ。オレの名前』
「しゅんいちって……あ!」
 そうだ。美音子さんの赤ちゃん。『シュンスケ』と呼ばれていた。『シュンスケ』と『シュンイチ』。同じ『シュン』が付いているのは偶然だろうか? いや、偶然なわけがない。
『MDはお嬢が聞いてくれればいいんだ』
 ジェイクの笑顔が見えた気がした。

コメント
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