不覚、だった。
いつもならば、いつ人が通るか分からないこんな場所で!と、断固拒否するのだ。
しかし、現在自動車免許合宿に一緒に参加していて一週間寝食を共にしているのにもかかわらず、何もできない、というこの状況のせいで、かなり欲求がたまっていて、その上、宴会でアルコールも入ったものだから、精神的にも肉体的にも通常の状態ではなかった。
それに、自動販売機の横の小さなベンチは、背の大きな観葉植物が目隠しになっているし、誰か来たならスリッパの音で分かるだろうと、思い込んでいたせいもあるかもしれない。
浩介に強引に引き寄せられた瞬間、理性が吹っ飛んだ。
ベンチに座る浩介の膝にまたがり、本能のまま唇を求め、舌をからませ、浩介の固くなったものに手を伸ばそうとした、その時だった。
「見ーーーちゃった♪」
「!!!」
転がるように浩介から飛び降りる。振り返った先にいたのは……
「あかねさん……」
女優オーラ満開の、木村あかねさん、だった。
・・・
話は春にさかのぼる。
高校時代の友人、安倍康彦、通称ヤスから、アルバイトをしないかと電話がかかってきた。
場所は、おれがこの春から通うことになった大学の最寄り駅近くにある、ヤスの伯母さんが経営している喫茶店「アマリリリス」(「リ」が一つ多いのはこだわりポイントらしい)。従業員の一人でもある娘さんが7月末まで産休に入るため、復帰までの間の短期アルバイトということだった。
浩介から、夏休みに車の免許を合宿で取りにいこうと誘われていて、それまでに金をためなくてはと思っていたので、この話はまさに渡りに船だった。
アマリリリスは、ケーキがおいしいと評判なためか、客は近所のおば様達か、うちの大学の女子のグループか男女カップルがほとんどを占める。なので、男一人でやってくる浩介は少々浮いている(浩介は自分のアルバイトがない日は必ずアマリリリスにやってくるのだ)。
浩介の通学電車の路線の途中におれの通う大学はある。この校舎に通うのは一年次だけで、二年次からは浩介の大学と近くなる。
「お兄ちゃん、わざと?」
と、妹の南に突っ込まれたが、けっしてわざとではない。途中まで路線がずっと同じというのも偶然だ。本当に偶然なんだって!…ということにしてある。
大学生活にもアルバイトにもだいぶ慣れてきた、五月の連休明けのある日のことだった。
「いらっしゃいま……」
せ、を言う代わりに、3秒ほどポカンとしてしまった。
カランカランという軽やかな響きのドアチャイムの音とともに入ってきた長身の女性……。
スポットライトを浴びたかのように彼女の立っている場所にだけ、明るく日射しが差し込んでいる気がした。
「な、何名様で……」
すぐに我に返り、案内に向かうと、彼女はニッコリと「3」と指を立てた。
大きなアーモンド形の瞳が印象的。背はおれより10cmは高い…。
奥のテーブル席に案内すると、彼女の後ろにいた小柄な女の子達がはしゃぎながらついていった。
「慶、今、見とれてたでしょ……」
カウンターの一番端に座っている浩介が、おれが通り過ぎる時にボソッとつぶやいた。
………正解。よく見てる。
浩介はむーっとした顔をしている。これはフォローしておかないと帰り道が面倒だ。
「………」
次に浩介の前を通り過ぎる瞬間、まわりから見えない角度で、ポンポンと浩介の太腿をたたいてやる。途端にふくれていた頬が緩んだ。単純な奴だ。
でも、この数分後、浩介の頬は最大限に膨れ上がる。
なぜなら、注文のケーキセットを運んだ際に、おれが彼女から声をかけられたからだ。
「私とデートしない? 渋谷慶君」
極上の笑みを浮かべた彼女は、まるでテレビCMか街角のポスターの中の女優のように美しかった。
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慶と浩介は横浜市民です。自宅の最寄り駅は隣同士です。
この2人の通う大学は、20年前から決めてありました。
今回書くにあたり、浩介に関しては違う学校にしようかと調べなおしたりしたのですが、やっぱり20年前の私の意見を尊重することにしました。
慶が通っている大学は、知ってる人が読めば分かるかも?
慶が一年次だけ通うキャンパスは自宅から結構近いですが、二年次からのキャンパスは都心にあるので少し遠くなる。
けれども、浩介の通う大学とわりと近い。電車も途中までずっと一緒です。
今回調べてみてちょっとビックリした。駅探見てニヤニヤしちゃった。本当に偶然なんだけど。
設定、20年以上前なので、もしかしたらその当時はキャンパス違ったりするかもしれませんが、
フィクションなので細かいところは目をつむっていただければと。
携帯なしのポケベルの時代で、駅に伝言板があったころのお話です。
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