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BL小説・風のゆくえには~翼を広げて・一年目

2017年09月12日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~  翼を広げて


2003年9月10日



【浩介視点】

 今日は、20代最後の誕生日だ。

 子供の頃は、誕生日には必ず、外食に連れていかれたり、豪華な食事を用意されたりした。
 でも、毎年、父は明らかな迷惑顔でその席にいて、母は「お父さんみたいな弁護士になるために、もっともっと頑張りなさい」と飽きもせず言ってきて……
 おれは誕生日が来ることが、毎年嫌で嫌でしょうがなかった。

 でも、16歳の誕生日から変わった。

『誕生日おめでとう!』

 キラキラした笑顔。

『何が欲しい? 何が一番嬉しい?』

 毎年、そう言ってくれた慶。苦痛でしかなかった誕生日は、温かい気持ちになれる日に変わった。

 慶。答えはいつも同じだよ。


 慶が欲しい。
 慶が一緒にいてくれるだけでいい。


 でも………
 5ヶ月前、おれはその温かいぬくもりを自分から手離した。

『おれのことなんか、忘れていいよ』

 そう言ったけれど……、でも、きっと慶は忘れないでくれるだろう。慶がどれだけおれのことを好きでいてくれたか、おれは知っている。

『おれはおれのやるべきことをここで頑張る。だから、お前も頑張ってこい』

 揺るぎない強い光。昔から変わらない力強いオーラで、慶は言ってくれた。

 だから………

『それでいつか……いつか、また会える時がきたら、その時は……』

 その時は………


「浩介?」
「!」

 いきなりトンっと肩を叩かれ、ビクッとしてしまった。振りあおぐと、シーナがいつもの穏やかな瞳で微笑んでいる。

「どうしたの?ボーッとして」
「あ………いや」
「ママ、そんなの決まってるじゃない」

 シーナの娘のアマラが、呆れたように言いながらコーヒーを差し出してくれた。アマラは8歳年上のおれに対してもまったく容赦がない。

「浩介はどうせ、日本に残してきた恋人のことを思い出してたんでしょ?」
「……そんなことないよ」

 言いながらも、コーヒーの匂いで、また慶との思い出がよみがえる。

『コーヒー飲む』

 おれの腕をぎゅっと掴んだ慶……かわいかったな……。
 慶は、おれが就職したばかりの頃、『置いていかれた気がして寂しい』と言って、『だからコーヒーも飲めるようになる』と、ずっと避けていたコーヒーを飲むようになった。

『でも、慶、コーヒー飲めるようになっても、おれのことたくさん頼ってね?』

 おれはあの時、言ったのだ。

『おれ、強くなるから。ずっと慶と一緒にいられるために強くなるから』

 あれから6年……
 おれは、その約束を叶えることができなかった。強くなれなかった。

(でも、でも、慶……)

 おれ、頑張るから。頑張るから。慶、だから、いつか…………


「ほら、またボーッとしてる」
「あ……」

 アマラに言われ、我に返る。彼女のいう通り、おれは何かにつけて慶のことを思い出してばかりだ。今日は特にひどい。

 アマラが口を尖らせて言う。

「そんなに恋しいなら連れてくればよかったのに」
「…………」

 静かに首をふってみせる。

「彼女には彼女の進む道があるから……」
「じゃー忘れなさいよ」
「…………」

 アマラ、手厳しい。苦笑してしまう。

「……忘れないよ。だって、ここにくる勇気をくれたのは彼女だし……」

 背中をおしてくれた手の温かさ。穏やかな笑みを浮かべ、見送ってくれた、愛しい人。

 慶がいるから、飛び立てる。慶がいるから、翼が広がる……

「そんなの……」
「じゃあ、いつか迎えに行けるように、頑張らないとね」

 何か言いかけたアマラの言葉にかぶさるように、シーナがにっこりと言ってくれた。

「…………はい」

 すっと心に入り込むシーナの声。

 シーナが元々運営していたボランティア団体は、おれの所属する団体の傘下となり、今ではシーナはケニア支部の責任者をしている。
 その関係で、日本支部の事務局長から、おれが勤め先の高校と方針が合わなかったことや、親と折り合いが悪いことも聞いたらしい。逃げるようにケニアにやってきたおれを、優しく見守ってくれている。何も詮索しないでくれる心遣いが有り難い……

(いつか迎えに……)

 コーヒーを飲みながら、慶の温もりを思い出す。

 おれは「待ってて」なんて、そんな図々しいことは言えなかった。だから、勝手に思ってるだけだけど……

 いつの日か、あなたにふさわしい男になるから、だから、そうしたら…………

 今度こそ、ずっと、ずっと、一緒にいたい。




【吉村さん視点】


(あ!)

 ラッキー!って、思わずぐっと拳を握ってしまう。
 うちの病院のアイドル・渋谷慶先生が、食堂の一番奥の席に一人で座っているのを発見したのだ。

(珍しい)

 いつもはもっと手前の席にいるのに。そして大抵誰かしらと一緒なのに。あんなところで一人、隠れるように座ってるなんて……

(これはチャンス!)

 数ヵ月前、渋谷先生は長年付き合っていた彼女と別れたらしい。本人は「別れてない。遠距離恋愛中」というけれど、ずっと連絡も取っていないし、再会の約束もしていないというんだから、それは、世間一般的に「別れた」ということだ。いい加減、その事実を認めろっての。

 ウキウキしながら、お盆を片手に近づいていき(今日は可愛らしくオムライスにしていて正解!)、後ろから声をかけようとして、

(え?)

 おもわず立ち止まってしまった。渋谷先生の前……チーズケーキが置いてある。そして渋谷先生はなぜかそれを腕組みしながらジッと見ていて……。
 声をかけにくい雰囲気にどうしたものかと突っ立っていたら、

「うわっ、吉村!」
 視線に気が付いたのか、渋谷先生が振り返りながら叫んだ。

「なんだよ、びっくりさせるなよっ」
「そんなびっくりしなくても……、ていうか、渋谷君がケーキ食べようとしてることの方がビックリなんだけど? 珍しいよね?」

 いいながら、勝手に前の席に座る。

 渋谷先生は、仕事中は私のことを「吉村先生」と呼ぶけれど、仕事外では「吉村」と呼びつけにする。だから私も「渋谷君」と呼ぶことにしている。同期、というだけでなく、私達は特別仲が良い。看護師連中にもすごく羨ましがられている。患者の親に「お似合いですね」なんて言われることもある。

 なんて思い出して、うふふ、となったのに。

「いや……今日さ、あいつの誕生日なんだよ」
「………え」

 ちょっと恥ずかしそうに言った渋谷君のセリフに、ゴンッとハンマーで打たれた。

(あいつ……あいつって……)

 別れた彼女かよっ。

「………。別れた彼女の誕生日に一人でケーキって、すっごくキモイんだけど」

 思わず、シラーッと言うと、渋谷君がムッとしたように口を尖らせた。

「だから、別れてないって」
「誕生日も一緒に過ごせないような人は恋人とは言いませーん」
「それは………っ」

 もにょもにょ、と渋谷君は口の中で何か言ってから、

「あーおいしー」

と、やけくそのように、チーズケーキを食べはじめた。

「……………」

 なんなんだろうなあ……と思う。
 こんなにかっこよくて、性格もよくて、医者で、患者にもその親にも人気があって、先輩方にも可愛がられていて……って、非の打ち所のない人なんだから、相手なんていくらでもいるのに。例えば私とか。

 それなのに、こんな風に別れた女のこと思い続けてるなんて……

「……さみしい男だねえ」
「ほっとけ」

 ちょっと笑った渋谷君。強がっちゃって……。私だったらそんな思いさせないのになあ……

「ねえ……渋谷君さあ、最近アホみたいに仕事しまくってるのって、さみしさ紛らすためでしょ?」
「は?」

 渋谷君が、眉を寄せた。

「なんだそりゃ」
「みんな言ってるよ?」
「…………なんだそりゃ」

 渋谷君、引き続き眉を寄せたまま、最後の一口を大切そうに頬張ると、真っ直ぐに視線を向けてきた。

(…………。ほんとカッコイイよな……)

 こんな美形、そうそうお目にかかれない。見慣れているはずなのに、こうして正面から見られると、なんだか恥ずかしくなってくる。……なんて、こちらの心の葛藤なんて全然知らない渋谷君は淡々と言った。

「おれはただ、一日でも早く、一人前になりたいだけだ。そのためだったら、アホみたいでもなんでもいいから、とにかく経験を積みたい」
「…………真面目だねえ」

 言うと、渋谷君は「いや」と言って軽く首を振った。

「約束、したからさ」

 カチャ、とカップを置いた音が効果音のように響く。

「約束?」
「うん……、おれ、約束したんだよ。あいつと」
「………」

 渋谷君の瞳に輝きが灯っている。

「おれはここで頑張るって」
「…………」
「ここで、一人前の医者になるって」

 息を飲むほどの、まぶしい光……

「それで、いつか、おれもあいつも、一人で立っていられるようになったら……」

 ふわりと幸せそうな笑み……

「そしたら」
「…………」

「今度こそ、ずっと一緒にいる」
「…………」

 …………。

 …………。

 …………。

 …………なにそれ。

 そんな………そんなの……

「そんな……」

 何か、言おうとしたんだけど……

「わわわっ!」

 かああああっと赤くなって叫んだ渋谷君の声にかき消されてしまった。

「わー、何言ってんだおれっ」

 渋谷君、頭抱えてる。

「ちょ、忘れて……忘れてくれ……」
「忘れてって……」

 そんなこと言われても、聞いちゃったし……

 言うと、渋谷君は、だよなーだよなーと言いながら引き続き真っ赤になって顔を覆った。かわいい……。

 渋谷君はしばらくそうして顔を隠していたのだけれども、今度はこちらをチラッとみて、はああっと大きくため息をついてきた。

「あー……やっぱ、吉村似てんだよなあ……」
「え……」

 その言葉に期待が高まる。

 似てるって誰に?! も、もしや、その彼女に……

 でも、渋谷君はアッサリとその期待を裏切った。

「妹。だからついつい気が緩んで、本当のこと言ったりしちゃうんだよなあ……」
「…………」

 妹かよ……

「なんつーか、雰囲気とか、しゃべり方とか……」
「………。妹さんと仲良いんだね」
「いや、別に、普通だけど……」

 引き続き照れたように頬をかいた渋谷君。

「むしろ、妹とはあいつの方が仲良かったんだよなあ……」
「………………」

 あいつ、あいつ、あいつ……って。
 渋谷君の頭の中は、彼女のことばっかりだ。

「………うらやましい」
「え?」
「あ、いや……」

 思わず出てしまった言葉を速攻で誤魔化す。

 ああ、うらやましい。うらやましい……

 こんなにまで渋谷君に思ってもらえる彼女がうらやましくてたまらない。
 同期、同僚、友達、妹。渋谷君にとっての私はそれ以上でもそれ以下でもなくて……

 もういい加減、私も変わらないといけないのかもしれない……

「じゃ、経験つみたい渋谷先生、今晩の当直代わってくださいよ」
「別にいいけど……どうかしたのか?」

 きょとん、とした渋谷君を前に、ガツガツとオムライスを食べ始める。

「週末合コンあるから、美容院行きたかったのに、昨日も行けなかったからさ」
「ああ、お前、昨日も結局、夜までいたもんな」
「そうそう」

 お前、と呼ばれる女性も職場では私だけだ。それだけ仲良しの私達。でも、渋谷君の心は彼女でいっぱいで、私の入る隙なんかなくて……

「バッサリ切っちゃおうかなあ。イメチェンイメチェン。どう思う?」
「あー……いいんじゃね?」
「適当に答えるなっ!ちゃんと興味持ちなさいよっ!」

 テーブルの下で足を蹴ってやると、渋谷君はケタケタと笑いながら、

「別に髪の毛なんか、切って気に入らなくても、すぐ伸びるからいいだろ」
「そういう問題じゃなーいっ」

 ムーっとして言ってから、ふと、思いついて聞いてみる。

「彼女は? 髪、長い? 短い?」
「え」

 渋谷君、なぜか少したじろいでから、「あー……」と答えた。

「短い。……けど、今頃、伸びてるかもしんねえな」
「……………」

 また、ふっと上に目をやった渋谷君……彼女のことを思い出しているのだろう……

 くそー……

「……やっぱ切るのやめた。揃えるだけにする」
「? なんで?」
「それは……っ」

 渋谷君の彼女と同じ髪型になるのが嫌だからだよ!っていう本音は押し込めて。

「長い髪の方が男ウケするからだよ!」
「ふーん?」

 そんなもんか? なんて首をかしげている超美形の男に、イーッと鼻に皺をよせてやる。

 こんな、一人の女を馬鹿みたいに思い続けてるアホな男、こっちから願い下げだ!



 その後……
 私は、偶然再会した高校時代の元彼となんだかんだでヨリを戻すことになり、そして、春には結婚して、今の病院を辞めて、地元の病院にうつった。

 だから、全然知らなかった。

 この約一年後、渋谷君が壊れてしまったことを……




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お読みくださりありがとうございました!

浩介が思い出している慶の「コーヒー飲む」発言は、読切「~一歩後をゆく」からでした。猫慶かわいい^^
そして、今までちょこちょこ名前だけ出ていた吉村さん。ようやくまともに出せて満足満足。でも、結婚して地元静岡に戻ったので、たぶんもう出てきません。

次回は二年目。慶君が壊れた後の話、になると思われます。
15日(金)更新予定です。どうぞよろしくお願いいたします。


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コメント (2)
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