【哲成視点】
『オレは、仲良しのつもりはない』
と、村上享吾に言われて、自分でもビックリするくらい、落ち込んだ。その落ち込みの波は、ジワジワと広がって、昼休みには弁当を食べる気にもなれなくて、机に突っ伏してしまうくらい大きくなった。
(仲良しのつもりはないって………)
オレは結構仲良しのつもりだったのにな……。
村上享吾はオレの前では笑ったり、弱音を吐いたりしていたし、オレも奴の前では素になれていたし、それに……
(抱きしめて、くれたのに……)
思い出して、胸がぎゅっとなる。
オレが辛かった時、奴は優しく抱きしめてくれた。奴が辛そうな時、オレが手を握ってやると、奴は安心したような顔になった。
(それでも……)
それでも仲良しじゃないのかよ? そんなのアリかよ? あれはなんだったんだよ?
恨めしく思いながら、机に頬をつけたまま村上享吾を睨んでいたら、奴ははじめは無視していたけれど、しばらくして観念したように、こちらにやってきた。
「なんだよ、ずっとこっち見て。何か用か?」
「………………別に」
ムッと口を尖らせて返すと、村上享吾はちょっと笑って、ポンポンと頭を撫でてきた。反射的に「嬉しい」と思ってしまって、ますますムーッとしてしまう。
「やっぱりさあ」
「なんだ?」
笑いをこらえた村上享吾。ほら、やっぱりオレの前ではこういう顔するんじゃないかよ。だから、やっぱり……
「やっぱり、オレたち仲良しだと思う」
ムクッと顔を上げて断言してやる。
「絶対、仲良しだろ」
「は?」
途端に眉を寄せた村上享吾に、ビシッと人指し指を突き立ててやる。
「オレたちは、仲良し、だ」
「………………」
「………………」
「………………」
村上享吾は、呆気にとられたような顔をしていたけれど………
「………………バーカ」
小さく笑って、また、ポンポンと頭を撫でてくれた。胸のあたりがポカポカ温かくなってくる。
ほら、やっぱり。オレたちは仲良しだ。
………とは言っても。
村上享吾が松浦暁生を殴ったという事実は変えようがない。
本来ならば、親友を殴った村上享吾に対して怒るべきなのかもしれないけれど、どうしても怒る気になれない。絶対に正当な理由があると思うからだ。
でも、そんなこと、村上享吾を嫌っている暁生には、言えるわけがない。村上享吾と仲良くしているところも、絶対に見られるわけにはいかない。
「テツ?帰るぞ?」
「………うん」
放課後、うちの教室の前で待ってくれていた暁生に声をかけられ、村上享吾に手を振るのを我慢して、目の前を素通りすぎた。奴も何も言わず、こちらを見もしなかった。
(なんだかなあ……)
モヤモヤする。でも、暁生と親友を続けるためにはこうするしかなくて……
最近、オレに対する態度が変だった暁生は、村上享吾が自宅謹慎で休んでから、以前の優しい暁生に戻ってくれた。だから、また変になられるのは嫌だから、だから、だから……
いつもの帰り道。小学生のときからずっとしてきたように、今日の学校での出来事とか昨日のテレビのこととかを話しながら歩いていた。いつものように。だから、
(やっぱり、いつもの暁生に戻ってくれた)
なんて安心していたのだけれども……
「ああ、そうだ。テツの家、明日使わせてもらってもいいか?」
「え」
あっさりと、テレビの話の続きのように言われて、背中がヒヤリとなった。でも、暁生はいつもの笑顔を浮かべている。
(…………。オレの部屋、使うなって言ったら、また怒るのかな)
あの時の暁生の冷たい目を思い出して怖くなる。それに……
(言っても、どうせ使うんだろうな。それで例の高校生マネージャーと……)
ドア越しに聞こえてきた女の喘ぎ声を思い出して、吐き気がしてくる。でも、必死に、それを飲み込む。オレが我慢すればいいだけの話だ。オレが我慢すればいい。我慢すれば……
「……うん。明日は田所さんもこない日だし、オレも塾だし、大丈夫だぞ」
「おお。サンキューな」
ポンッと頭に手をのせられた。昔から何度もされてきた仕草。それなのに。
(……こわい)
反射的に、そう思ってしまった。昼休みに村上享吾にされたときは「嬉しい」ってなったのに。
(でも……でも)
暁生はオレの親友。オレのヒーロー。オレをずっと助けてくれてた。だから……だから。だから、だから……
(………助けて)
叫びだしそうになり、ぐっと手を握りしめた。そうしたら、なぜか、村上享吾の手の温もりを思い出して、少しだけ、落ち着いた。
【享吾視点】
『オレたちは、仲良し、だ』
そう断言されて、笑ってしまった。村上哲成のクルクルした瞳も、よく変わる豊かな表情も、ニカッとした笑顔も、見ているとどうしても、笑ってしまう。どうしても、胸の奥の方が温かくなる。どうしても、頭を撫でたくなる。抱きしめたくなる。
(ペットとか、ぬいぐるみとか?)
そんな感覚だろうか。自分でもよく分からない。分からないけれど、とにかく、村上が嫌な思いをすることが嫌だ、と思う。だから、松浦の前ではオレと話さないというなら、それはそれでいいと思う。しょうがないことだと思う。思うけど……
(正直、面白くはない)
だから、塾で隣の席なのは良かった。ここでは絶対に松浦の目に触れることはないので、安心して村上と話せる。けれども……
(また、元気がない)
村上はため息ばかりついている。また、松浦と何かあったんだろう……
「…………キョーゴ」
「なんだ?」
塾の帰り際、案の定、オレの洋服の裾を引っ張ってきた村上。
「今日の帰り、うち寄ってって」
「いいけど……」
また、ピアノか?
そう聞くと、村上は下を向いたまま小さく首を振った。
「ピアノも聴きたいけど……それは2番目の理由」
「2番目?」
って、なんだ? じゃ、一番目は?
「うん………」
村上はオレのシャツの裾をぎゅっと掴んだまま、ゆっくりと顔をあげた。
泣きそうな………瞳。
「一番目の理由はさ」
「……………」
「ただ……もうちょっと、キョーゴと一緒にいたい」
「……………」
……………。そんな顔をされて、NOと言えるわけがない。
「…………分かった」
返事と一緒にポンポンと頭を撫でると、村上はふにゃりと笑った。
(ああ……………)
抱きしめたい。
けど、そんなことは、しない。
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